4-3



 ……私、リベット・アルソンは昏闇の洞を行く。


 足元の感触にゴツゴツとしたものが増え、洞窟内の空間が少しずつ拡大していく。

 洞の中の空気感は一歩進むごとに様相を変えているようで、しかし緋色の混ざったトーチは弱々しく、景色の全てを判然とさせるには至らない。



 ――

 



「……、……。」


 湿気の強い土であるせいで、痕跡を消すのが難しかったんだろう。それらは半ばあきらめたように、綺麗に靴底の形を保って地面に埋まっていた。


 形を見る限り、洞窟の奥(むこう)から入口へと向かうものだった。また、足元をよく見てみれば、小石なども不自然に洞窟内の端の方へと寄っている。

 これならば間違いなく、ここが黒幕の拠点と見ていい。



「……、……」



 周りの壁には、未だ湿った土が多い。


 それが音の反響を吸って、辺りは、手元のトーチの燃える音が聞こえてきそうなほどに静かだ。

 

 しかしながら、

 ……索敵をするには、その程度である方が都合がいいかもしれない。


 そもそもこちらは地図も知らない侵入者であって、挟撃や潜伏者のリスクを考えればトーチを切るわけにはいかない。

 敵がいれば、光でこちらの大まかな位置情報は筒抜けなわけで、せめて音源ぐらいは曖昧にしておきたいところだ。



「(とはいえまあ、とんだ綱渡りなのは間違いないけれど……)」



 先手を取られるのは覚悟をしておいた方がいい。それも、それなりに致命的な先手だ。


 ただの強襲挟撃でさえ怖気が奔るが、向こうが例えば、虎ばさみか何かで私の足が止まるのを待っているとすれば戦慄モノだ。最悪、こちらが「そんな凡ミスに引っかかるほど」疲労するまで延々と観察放置という可能性もある。



「……。」



 汗が頬を伝い、胸元に落ちた。


 嫌な考えが、凄惨な「私の終わり」が、冷たく思考を埋め尽くす。


 見えない凶器に囲まれているような、致命的なイメージが、私を貫く。

 この、詰み半歩手前ともいうべき状況で。


 ……私に出来るのは、濡れ土に吸われた音の欠片さえ聞き逃さないことと、敵の本拠の兆しを、わずかでも見つけ漏らしがないように祈ることのみであって、



 そこで、

 ――ふと、



「……、」



 


 トーチを手のひらで隠してみても、向こう、音の方向に明かりは見えない。



「……、……」



 一人分の足音だ。それもかなり、不用心なものに聞こえる。


 私のように「出来るだけ音の鳴らない土を選んで足運びを行っている」というわけではないらしい。コツコツと、靴底が小石を叩く音が不規則に聞こえる。


 私は、ひとまず周囲を見分する。ここまでの道は全くの一本道であって、身を隠すのに適した岩陰なども記憶にない。


 ゆえに、トーチを消して、息を潜める。

 しゃがむように上半身を落として、両手で地面を掴み姿勢を安定させる。ただし、いつでも走り出せるように下半身のバネには余裕を持たせて、


 そして、耳に全神経を集中して、その「見えぬ人影」の到達を待つ――。



「(狂信者の連中にしては様子がおかしいな。まあ、仮に一般人だったとしても、こんなところに一人でいる意味が分からないし結局不穏なんだけども……)」



 しかしさてと、それで言えば最も不穏なのは、この「推定黒幕の拠点」である。


 外にはあれだけいた『熾天の杜』が全く影さえ見せないことも、あれだけの人手がありながら、ここに侵入者を迎え撃つような「人工の脇道」が見当たらないことも、そもそも先ほどは向こうから積極的に分断を狙ったはずなのに、敢えてここで迂遠に私を対処しようとしていることも、どれをとってもあまりにも不穏だ。


 ……どう考えたって、時間稼ぎなどする必要はないはずである。

 この洞窟はここまで全くの一本道であって、仮に私が敵方なら、侵入者など素直に物量を使って「人と土の壁で圧殺」する。そうでなくても、少なくとも拠点を迷路状にするなどして侵入者の進行を阻害するべきだろう。


 或いは、


 ――これではまるで時間稼ぎですらないようではないか?



「……。」



 だけがぽっかりと存在しないような感覚だ。

 先ほどはあれだけ熾烈に攻撃を行ってきた存在が、ここに至ってどこまでも無害を貫いている。



「(……理由が、あるな)」



 私は、率直にそう思う。

 しかしながら、その先については全く憶測さえ立てられない。


 思えばこの一件が、そもそも全部、爆竜の飛ぶ姿を見て以来どれをとってもちぐはぐだ。遠まわしと言うべきか、不自由なやり方をしているというべきか――、



「(――?)」



 その言葉が、私の疑問に対して最も近い表現な気がした。

 さてと、


 ――足音が、そろそろ近付いてきた。



「……。」



 息を殺す。


 木々や土くれと同じ速度で、

 緩慢に、薄く、長く、息を吐く。


 ついぞ忘れていた土の匂いが、今になってようやく私の鼻腔に舞い込んだ。

 

 ……人影は無論、姿は見えない。


 暗視の護符でも用意があればよかった、と思うのは後の祭りだ。私の「スキル」を使えば敵の素性くらい難なく確認が出来るが、人影がある程度の水準の魔力感知を持っていたとすればこちらの存在が即座にバレることになる。


 ゆえに、……私はただ気配を殺す。


 そうして、その正体不明の人物が通り過ぎた後にでも、改めて後ろから羽交い絞めにした方がずっとリスクの少ない方法である。


 のだが、



「(――いってぇ!?)」


「お? なんか柔らかいものを踏んだ……」



 こと私の「右手」に奔る痛み。


 悲鳴を上げなかったこと自分を褒めてやりたいってくらい、その人物は盛大に私の手を踏んだ(怒)。





「……、…………誰か、います?」





 ――それは、男の声であった。


 聞こえた位置からすれば、身長は私やハルよりも頭半個分高いだろうか。

 芯のない、優男じみた印象の声である。


 私は、



「……いまーす(憤怒)」



 私の足を踏んだままとぼけているその男に、観念して所在を明かした。






 ……………………

 ………………

 …………






 ……その優男は、レブ・ブルガリオと言う名前らしい。


 彼の唱えたトーチで照らされるその姿は、私のイメージ通りにそれなりの長身である。

 女性好きされそうな柔らかな面持ちと、長めの金髪と青い瞳。こんな地の底でなければ間違えて貴族にでも見えたかもしれない好青年である。


 ただし、そんなものは外面だけだ。

 なにせこいつは私の手をおもっきし踏んだのである。



「(がるるるる……)」


「……ごめんって」



 私的には当たり前の警戒心が、更に私怨も乗っての敵意マシマシな初対面。

 ……彼はまず、そんな私の戦闘準備態勢を解くために、聞かぬ端から自分の素性をこちらに説いた。


「僕自身は冒険者だけど、今は『熾天の杜』っていう宗教団体抱えの交渉役でここに来てる」


「……交渉役?」



「君も、ここにいるってことはアイツらがどれだけ迷惑な連中かは分かるだろ? あんなんでも人だから、衣食住は出先の街で確保しなきゃいけないんだよ」


「……、はあ?」



 一応は雇い主であろう『熾天の杜』を、彼はそのように皮肉気に言った。


 ただ、私としては分からないことでもない。

 私たちのような身分では、いけ好かない連中に取り入るというのも少ないケースではなかったからだ。


 ……冒険者は大抵、それなりの時間をかけて二級に進み、そこで日夜をその日暮らしで営む。

 一応で三級とは違い「任務受注の足切り」や「ギルド証のパスポート能力における制限」などとあらゆる面で不自由が解除されはするが、その先は全くの実力主義、固まったカネや安定した給金などはあって困ることもない。



「とはいえ僕は交渉役だからね、今回みたいな有事には役目がないんだよ。……というかしゃしゃって妙な恨みを買うのこそ御免だし」


「よく言うわね。あの狂信者どもが暴れまわった街かどっかで、あれはアンタがエスコートしたレディだったらしいってバラしたらどうなるかしら?」


「僕が逃げておしまいだよ。君もほら、怪我がないようなら水に流してくれよ」



 お詫びにこうして案内してるんだろ? と彼は臆面もなく私に言った。



「……案内も何も、どこまで行っても一本道」


「…………サービスでほら、トーチも付けてる」



 優男的ではあるが、それ以上に妙に肝の太い印象がある。


 ……まあそもそも、そうでなくては冒険者などやってはいけないだろう。

 端からして冒険者とは、英雄などはごく少数、大抵は命を切って張ってしなくては金を稼げない半端モノの集まりであるからして。



「案内をしてくれるのはいいけど、この先には何があるって言うの?」








「――。? ……と言うかアンタしれっと言ったけど、あんな頭に血が上った連中のど真ん中に連れてかれて、本当に大丈夫でしょうね?」





「僕の案内があれば、たぶん?」



 適当な調子で言って先行する彼に、――





 






「――――。」



 否、刺さったのではない。


 ……のだ。私の右手が、私の意識を離れて一人でに私を刺した。

 腹に短刀を突き立てたまま、を、私はどうしようもなく左手で撫でて……、



「あ?? あぁ??!! ぎ、っぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!????」



 嘔吐を止められないような感覚を伴って、私の喉が野獣のように悲鳴を上げた。


 ……対し、男、レブ・ブルガリオは、



? ? ?(笑)」



 倒れ伏すこちらを覗き込むようにして、そう言った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る