4-2
――私は、森を奔る。
「……ッ!!」
――それは、敗走だった。
こうして距離を取って時間を稼いで、そうして得た猶予を私は、何よりもまず戦力分析に費やす。
木立を避け、追随する雑魚どもを穿ち切り裂いて、そして奔る。戦力差を思う。
アレはなんだ、と。
あの英雄は、狂信者なのか? と。
「……ちっくしょう!」
『テンプレート・ワン
男・(レベル不足により閲覧不可)歳 (レベル不足により閲覧不可)種
体力・魔力・筋力・耐久・魔法素養・魔法耐性
――アベレージ_A
幸運・知能・技能・身体操作
――アベレージ_C
スキル
魔法耐性〈Ⅳ〉
物理耐性・遠距離耐性〈Ⅳ〉
近接武器〈Ⅳ〉四元素魔術〈Ⅳ〉三元素至高魔術〈Ⅱ〉
(レベル不足により閲覧不可)
エクストラスキル
(レベル不足により閲覧不可)
ユニークスキル
(レベル不足により閲覧不可)』
それが、生成魔術で作り出したステータス看破モノクルによって確認できた、あの男のステータスであった。
……練度不足によってステータスの詳細とスキルの大半が確認できない状況ではあるが、確認できる限りでさえ私に迫る性能値だ。
さらに言えば、先ほど交わした一合での所感で考える限り、
――閲覧不可部のスキルによるものか、或いはステータスの詳細で凌駕されているのかは不明だが、少なくとも彼は私よりも格上であった。
「……、……」
雑魚の群れを、私は捌く。
腕で、足で、額で弾き飛ばす。それでも後続は延々と続く。
先ほどのように有象無象が列をなしているのではない。あの「男」が、狂信者どもの傷を癒しているのだ。
否、それだけではない。
私が彼らを無力化した数だけ、彼らは明確に「強く」なっていた。
「(経験値増加スキルによる耐性獲得だとでも言うのか? 破格が過ぎる! 分速単位でそんなものを得て良い訳がない!)」
――スキルには、例えば、
あのテンプレート・ワンなる「男」が持つ物理、遠距離耐性のような、耐性スキルというものがある。
物理耐性であれば「死ぬほど」物理攻撃を受ければ得られるだろうし、遠距離耐性であればそれも同様に。
どちらであっても、歴戦の猛者が「歴戦」で以って培う破格のスキルだ。
……スキルとは元来称号のようなものであって、槍の名手が「槍の名手足り得る身体機能を持つ」ことを明文化して証明するもの。それがスキルである。
それで言えばそう。耐性スキルとは、例えば「何某耐性の名手であること」を証明する称号と言っていい。
そこには「それを成し得る身体や経験」がなくては成立せず、このように、致命傷を一度受けた程度で簡単に得られるものではない。
そうとも。
こんな、世代を経ずに進化を行いその場で
これが成立することとは、つまり「歴戦」の否定に相違ない行為だ。
「……、……」
私は、
――憤慨せずにはいられない。
あの「男」、テンプレート・ワンなる彼は、決闘の名乗り合いに応じることもせずに、あまつさえ私の口上を鼻で笑った。
彼はそう、……戦士と戦士の殺し合いを軽んじていた。
狂信者と言う笠で身を隠して、そして卑怯な手段で、爆竜と『熾天の杜』を使った自分の手を汚さない方法で公国首都を狙ったのだ。
「貴様」
私は言う。
「貴様に、誇りはないのか?」
彼は、――ふわりと哂った。
「――――。」
ならば、いい。
と、私は思う。
誇りがないのなら、そいつは人ではない。人の
ゆえに、
私は彼を軽んじようではないか。
「――起動。剣聖よ」
私は言う。
彼はなおも、哂うだけだ。
私は、
――剣を造り、それを構えた。
「来なさい、雑魚一絡げ風情が。
――全く、分かりませんか?
言うと、
……「男」はただ、もう一度私を哂った。
/break..
――男はなおも、ただ哂う。
舞台役者が一番の口上を流暢に言うように、胸を張り手を鷹揚に広げて虚空に酩酊し、そして哂う。
その一挙手の度に矢じりのごとく殺到する狂信者どもは、どれも私の攻撃に耐性を得た強者であって、しかし、
「本当に、私の言うことが分からないと見える」
旋風一陣。
ひとつながりの剣戟が、それらを全て討ち伏せる。
――剣聖。
それは、一言で言えば武器練度を証明するスキル全ての上位互換だ。剣聖である私は全ての「武器」を一流の練度で運用することが出来る。
この光景は、――その災禍である。
「――――。」
一拍遅れて破裂する、狂信者どもの喉元の「断面」。
ただ一つの剣戟にて、周囲の
それは、群衆を捌くために剣を振る擦傷とは違う明確な絶命だ。先ほどのような耐性を得たうえでの蘇生は起きえない。
「……」
男が、
鷹揚な態度を解いた。
徒手空拳のまま、彼はこちらに前傾を向ける。
「……、……」
――疾駆。
動き出しを見出させない疾走が来る。加速など皆無の瞬間最高速度だ。それゆえに私はただ一瞬彼の姿を見失い、
「だから、獣だと言っている」
しかしその腕を正確に刈り取る!
「――――! ッ!??」
彼が飛び退る。切り飛ばされた片腕は、まだ空中で弧を描いていて、
……とすり、と。
あまりにあっけない音を立てて、それが墜ちた。
「……舐めすぎですよ。名乗り遅れましたが、私は公国騎士のエイリィン・トーラスライトだ」
――言う。
そして、携えた剣の切っ先で、虚空にふわりと円陣を描く。
舞うようなターン。或いはそれこそ、舞台役者のように饒舌なステップで以って切っ先を弄ぶ。
そうして描いたのが、――私の制空権であった。
「さあ。――来なさい、格上」
私の口上に、男は激高を返した。
胃の腑の奥から絞り出した抜身の感情のような声だ。それで以って男の腕が、巻き戻し映像のように再生する――。
「(やはり、
時空魔法と言えば、それを使える時点で国勤めの賢者や準一級冒険者に名を連ねられるような破格のスキルである。
時を操作し、つまりは「時の経過で変化する空間」をも掌握する。男は察するに、時間を削除し片腕を斬り飛ばされたという「
「(陳腐すぎるな。ハルと比べれば型落ちだ)」
彼はそう、どうあっても「損なわれない」。
損なわれた事実を削除するような迂遠なものではない。なにせこの狂信者は、「殺せば死ぬ」のだ。殺すも死ぬもないようなふざけた存在ではない。
問題は……、
「(――相手が格上であるという一点だけか。制空権に招いた『先の先』であれば問題なく切り飛ばせるけれど……)」
しかし、まっとうなぶつかり合いであればそうはいかない。
先を取れなければ、――同時に鞘から剣を抜くのであれば、私は即座に首を跳ねられるだろう。
技術も何もない。男はその身体能力一つのみで以って、私の倍の速度で剣を振っている。
「……。」
それは何も「真正面からの打ち合い」のみで発揮される性能差ではない。私がどれだけ布石とフェイントを潤沢に用意したとしても、男はその一合目で私より早く剣を振るのだ。
私が仮に一手目を空振らせたとして、それでも男は問題なく二手目を間に合わせる。
それを私がいなしたとすれば男は、確実にその頃には体勢を取り直している。
つまりは、そう。どうしようもない。
剣と剣をぶつけ合わせる戦いにおいて、私は彼にただただ敵わないだけだった。
「――何かがあると、したなら」
それは、膂力を凌駕するほどの技術による一手だ。
そもそも男が私の倍の速度で剣を振れるなら、――私の倍の手練れであるのなら、あんなふうに腕を斬り飛ばされることはない。
男はただ、――早く、堅く、強いだけだ。
先を取っているわけでも、堅実なわけでも、強かなわけでもない。そう言った意味であれば、男はそう、――人ではなく、本当に野生の類と見るべきらしい。
「……、……」
制空圏を、イメージする。
それは、相手に殺気を送るのと同じプロセスだ。意図を顕在化し、それを可視化させる。
「見えたと思わせるほど」の強い意志を込めて、相手を睨む。
殺気というものが、相手に「死を連想させる
――ここに来れば、
貴様は死ぬぞ、と。
制空圏の不可視のドームを強く空間に「思い」描き、そして私は剣を構える。
「――――。」
左半身を、前に、
そして右足と右手を引く半身刺突の構え。腰を落とし、しかし踵は軽くして、意志一つで相手に向かえる重心を作る。
弓を引き、それをギリギリに保つように。「膂力の決壊」の間際に身を落とす。
そうしながら、しかしわたしは、
「(――……、さてと)」
敵の喉元に至るための術を、いくつも脳裏に思い描いては白紙に戻す考察に没頭していた。
「……。」
野生の虎が相手なら、突進の軌跡に切っ先でも置けばいい。
野生の竜が相手なら、翼関節の非稼働部分を死角として、背面から骨髄を穿つ。
ならば果たして、――野生のヒトが相手なら、どうやって殺すべきであろうか。
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