3-2



 ――俺を呼ぶ声がした。



「(幻聴かな?)」



 どうやら働き過ぎたらしい。俺の倒した的の数こそ、その殆どが初めの自爆で稼いだものではあるが、それでも俺は一応その後もちゃんと頑張ったつもりでいる。


 ゆえに、ここは一度レクスに任せて戦線離脱というのも考えるべきかもしれない。

 なにせこの後には、大群引き連れての大脱走という大役が控えている。ちょっと魔が差して岩陰に隠れたところで誹られるような謂れはないはずだ。



 が、……更にもう一度、


 今度は確実に、



「……エイル?」



 聞き覚えのある声に、俺はそう呟く。

 見れば『熾天の杜』の群れの、そのまた向こうの遥か彼方に、


 なんだか、




「ハルぅううううううううううう!!」


「ハルがいぎてだよぅうううううううううううううううううう!??」




 土煙の接近に順じて、その嵐の目が判然とする。

 そこにいたのはエイルと、謎に泣きじゃくってるリベットだ。


 ……というかエイルも割とヤバい。周りの狂信者が彼女の突進の衝突でさっきのレクスにも負けず劣らずの高さまでカッ飛んでいるように見える。本気出してアレだけ出来るなら多分俺『赤林檎討伐』に出張る必要なかったと思うんだけど。


 と、少しだけ遠い目をする俺へと、


 ……エイルはそのまま突進を続けて、




!」


「――ごォッ!?」




 全く減速ゼロの体当たりをぶち込んできた……ッ!



「(なん、で……っ!?)」



 いやなにせコイツは胸が薄くて堅い。勢いも相まっての衝撃は、殆どそのままロードローラの投擲である。


 ってことで視界が明滅するほどのに俺がなすすべなく倒れると、更にそこにリベットが縋り付く。



「ハルぅ……っ! ハルぅ! ハルっハルぅうう! どうして生きてるのよぉ!(錯乱)」


「……、……」



 どう意味だろうか。泣いて悔しいってくらい俺に死んでおいてもらいたかったのだろうか。さては遺産目的だろうか。やっぱり初対面のアレは美人局だったんじゃないかふざけるな!



「……いや、まあ俺は生きてるけどな? どうしたんだよお前ら?」


「聞いてください私は剣聖です!「さっきの爆発で私ハルが死んだって思ってぇ!」今日から私のマイネームイズはパワーでしてっ「怖いのよぉエイルがぁアタマブットんでぇッ!」異教徒を屠るために私はこの世に生をッ「死屍累々が血の海地獄でぇ!」今私ッ、最高にハイですよぅ!「生きてたならコイツから助けてよぉ……ッ!」」


「わーお」



 全然分かんない。分かんないことが分かったまである。ゆえに一生分かんない。



「良いからな? 落ち着けほら、リベットもな? 次テメエ俺の服で鼻水を拭ったら叩っ切るぞ?」


「優しくしてぇ! 優しくしてよぅ! ぅばああああああああああああああッ(泣)」



 あまりの惨状に向こうのレクスさえこちらを気にかけるようなそぶりを見せている。見てねえで助けろって思う。


 ――と、



「――鹿! 鹿!?」

 


 その怒号で俺は、遅れてエイルとリベットの背後に気付く。


 ――狂信者だ。数は六人。

 どれもやはり露骨な致命傷狙いの一撃だが、奇襲で受けるならその脅威度は段違いだ――。



「ッ!!??」



 俺は来るべき「最悪」に目を背けそうになって、しかし、



「見つけたぞぉ異教徒こらぁ……、なに二足歩行してんだ豚がよぉ?(悪鬼)」


「……あんたらのせいだ、私が辛いのもエイルがヤバいのも、全部……、全部ッ!(羅刹)」



 が、正確に強襲者を無力化した……っ!?


 俺は、どうしようもなく彼女らを見る。

 そこに俺は、――何か、彼女らではないモノを見た気がした。



「…………ッ。ゆる、さない。ゆるさないんだからぁ……ッ!」


「だあっはっはっはァ右に同じィ異教徒討つべしィ!」


「(絶句)」



 ……とかしてる場合じゃない。いつのまにやら混戦も熾烈を極め、気を抜けば俺もいつ顔を踏んずけられるか分かったものではない。


 ゆえに、――俺は立ち、



「と、とにかく、……戦えるってことで良いんだな?」


「誰に聞いてる? 私は剣聖!」


「戦うんじゃない。……んだ」



 ……ということで、


 全く意図しなかった形及び精神的コンディションではあるが、

 俺たちにとっては初めての共闘戦が今、始まったッ! 






 /break..






 ――さて、


 良きところで『熾天の杜』をエイルとリベットの二人に擦り付けた俺は一つ、考え事の為に戦線を離脱していた。



「……、……」



 先ほどのレクスの分析で言えば、


 ――この一群の中には、先の投擲を行い専守防衛プログラムの隙をついた「黒幕的存在」がいたはずだ。


 とはいえ、察するにもう黒幕は身を引いているだろう。

 馬車での作戦会議からこっちまでにはそれなりの時間が経っているし、その間には十分にこちらの脅威も露呈した。これで相手が不穏を感じて距離を置かないようなら、多分そいつは適当にしてても見つかる雑魚だ。


 ということで、

 俺は考えをまとめて改めて、混戦の中からレクスの姿を探し出す。



「レクス! おーい!」



 絶賛ちぎっては投げてる彼だったが、大声で呼ぶと乱闘の最中にもジェスチャーでの反応が返る。


 ただ、このまま続けて大声でのやり取りというのも面倒に思えて、俺はひとまず人垣薄めの右舷を通ってレクスのもとへ。


 近づくごとに、『熾天の杜』どもの地獄のような悲鳴と威嚇が俺の耳元で炸裂する。

 途中で何人か爆撃で吹き飛ばしながら俺が往くと、



「なんだ! わざわざ! 向こうはいいのかよ!」



 レクスも俺の意図を組んでか、敵をさばきながらもこちらへ近づいてきた。



「あっ、テメエ鹿住ハルっ! 女の子二人残してきやがったな!?」


「いやお前、アレ見てもまだ心配か?」


「…………うわ。」



 ――エイルの剛腕が、技術が、剣筋となって閃くたび敵を血煙に変える。

 リベットの知略が狂信者どもを誘導し、エイルという暴虐の圏内に誘い込む。


 その様は旋風などと呼ぶには荒々しすぎた。それは大嵐か、いっそ見えないシュレッター機器の顕現のようである。



「な?」


「な? って言われても……」



 ということで俺たちは、そのままお互いに背中を預け、隊列もなく襲い来る狂信者どものシンプル過ぎる剣筋をさばき、いなし、そして会話をする。



「それで。よう、元気?」


「テメエはそれを聞きに来たのか、鹿住ハル?」



「いや、冗談だよ。それよりさ、そろそろこいつら引き受けるから、お前は離脱していいよ」


「あん? まだ全然へばってねえって」



「そう言うことじゃないよ。お前さ、爆竜は、墜ちてきさえすれば倒せるって話だろ?」


「そりゃ、……そうだけど?」



「なるほど、じゃあ、力になれるか分からないけど、俺はに行くよ」


「はぁ!?」



 混戦にも関わらずこちらを振り向いたレクスの首筋に、狂信者の大口が迫る。

 ただ、彼が当然のようにその側頭部を殴り飛ばすのを、俺は半ば呆れのように確信していたけれど、



「邪魔だテメエッ! ……それでアンタ、アテでもあるのか?」


「皆無なんだよな。ぶっちゃけ拠点の方に異邦者がいれば、撃ち落とすのにはそっちを頼った方が確実だ」



 ――保険だよ、と俺は続ける。



「爆竜を倒す、爆竜を墜とす、『熾天の杜』連中を何とかする。ほら見ろお前、これでもう三人必要じゃないか。『熾天の杜』の方にはアテが出来たからさ、お前はお前の仕事をしに行けよ」



 そう言うと、

 彼は、返事の代わりだとでも言うように手ごろな一人を弾き飛ばし、



「アンタ、そんな風にってタイプには見えなかったけどな。……まあ、いいよ、わかった。ここは任せる」



 と言ってから、



「…………。……アンタにはさ?」


「うん?」



「もう、三つめの願いを教えたし、――なら、?」


「……うん? あ、うん、そうだと思う」


 何言ってんのかよくわかんなかったけど多分俺に損はなさそうなので首肯で返す。


 すると彼は更に、



「良いノリだ! わかってるじゃん!」



 と、殆ど一喝するような声を上げて、



 ――


「んなッ!?」



 幾ら彼のラフファイトが全身兵器の代物でも、それは最低間の制空域動くスペースが成立する前提の話だ。

 今まさに彼の首筋を狙う凶刃は、彼のあの体勢では絶対に捌けない……!



「おいおいどうした馬鹿!?」


「馬鹿じゃねえ俺は。……ほら、せっかくだからな、アンタの仕事にも景気を付けてやろうって言う話だよ」



「……はっ?」





 その言葉に、

 ――



 怒号と悲鳴と剣戟が響く、四対群衆の戦場の中心へ、


 ――



 






 /break..






 群衆が、

 ――左右に割れた。

 

 その最中の空白では、抉れた岩盤が一直線に続き、災禍など何もなかったかのようにただ一瞬だけ音が消滅していた。


 そして、

 打ち波が戻るように、戦場にはまた絶叫が響く!



「チャンス! チャンスだお前ら! 撤退だ!」


! ! !?」


「いいえ私は退きません二人とも! 剣聖にして公国騎士の私が退くわけにいかない!」


「違うよ後ろに進軍するんだよパワーさん!」


「なるほど合点!」


「それでいいんだッ!?」



 ということで撤退戦である。


 が戻る前に、俺たちは安全経路を探り、またそこに到達しなくてはならない。

 とはいえ相手は馬車と並走するようなインチキ揃いだ。逃げるにしたっていつまでもは続かない。


 だからこそここで、最低限のやり取りで最的確な方針を、俺たちは定める必要があった。

 ――ならばこそ、



「――――。」



 今が、例のを開示する最大の契機に違いあるまい。



「おい二人ともよく聞け!」



 とにかく走りながら逃走経路を模索する二人は、振り向きこそせずとも視線で俺に先を促す。



「お前ら、『熾天の杜』に違和感を感じたんじゃないか!?」


「――――。」



 反応は、あまりにも明確であった。


 ならばつまり二人は『熾天の杜』が傀儡である可能性と、そうであれば傀儡を操る人形師くろまくがいることも理解していることになる。


 ゆえに――、



「さっきのから聞いた! そもそも『熾天の杜』って団体どころか、!」


「――――、それは、どういう」





 ここで俺は、「二つだけ言葉を選ぶ」。





! !」




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