〈intercept..〉
(Prologue_00)
――風が一つ、瓦礫を揺らす。
「 」
未だ燻る火の粉を揺らす。
灰を揺らして、空に撒く。
森の空白地帯にて。
彼方の地平まで広がる文明の名残の最中を、俺は歩いていた。
「 」
この傷跡は、どうにも生傷じみて見える。ついたばかりの傷だ。火の手こそなりを潜めているが、それは、火の燃え移る余地がなくなったからというだけのことのように見える。
燃え残りの散らばる空間は広大であった。
街を一つ丸ごと飲み込んで然るほどだろう。
それだけの空間が、本当に空白になったものだから、今夜の風は立ち入るのを遠慮しているようだ。
風鳴りを遮るものなどないはずなのに、風の音が一向に聞こえずに、
静かに、
――星が、揺れていた。
焦土の最中を歩く。
ここは、本当に広大であったらしい。どれだけ歩いても、向こうに森が見当たらない。
永遠と夜の地平が見えるばかりである。
とはいえ俺は、別に森の兆しを探してここを歩いているわけではない。
この正体不明の廃墟を探るために、俺は、進む路に逐一目を凝らす。
……だけれど、
いつまで行っても、俺の靴に風に乗った灰がかかるばかりの道中であった。
進行方向を遮る炭塊を蹴押すと、それは、パラパラと風に溶けていく。
空気の流動一つで以って、街の名残が消えていく。
やみくもに歩くのでは際限がないと気付いた俺は、燃えずに残った家屋の不燃物を、試しに一つ、頼りにして歩くことにした。
「……、……」
石材。
鉄筋のようなもの。
武具のようなシルエット。
俺は、それらを辿って歩く。すると徐々に、灰の山の密度が上がった。
燃え残りの山積が、風に押されて雪崩を起こしている。目前にあった塊を蹴ると、それは崩れずに向こうに転がっていった。見ればそれは、子供用の玩具のようであった。
俺は、それらを押しのけ踏み砕きながら、なおも灰の多い方へと歩いていく。
すると、その先には、
「……、……」
火の手の浴びていないふうの瓦礫が散見されるようになる。
ぼろぼろに崩れてなんの体裁も保ててはいないが、その辺に倒れた石材造りの「板」は、間違いなく建物の構成物だろう。
他にも、石畳の路にクレーターのできた様子や、半ば以上潰壊した噴水なども目に入ってくる。少しずつ、この街の「生前」の様子が分かる風景になってきていた。
そこで、さてと、
――俺は、「彼女」を見つけた。
「……、……」
灰や瓦礫に足を取られながらも、俺はそちらに急ぐ。そこにいたのは、倒れた石壁に、まるで叩きつけられたまま張り付いたようになっている女性のシルエットだった。
或いは、一見だけしたなら、彼女がそこに伏して休んでいるようにも見えるだろうか。
しかしながら、俺がこうやって近付いていけば行くほどに、破滅的な血の跡が見えてくる。
――後頭部が割れているのだろう、そこから、致命的に中身が散乱している。
背中も破裂したようになっていて、粘ついた血が未だにこぽこぽと零れ落ちている。
グロテスクであって、そこには不思議な芸術性があった。
その、倒れ切らない家屋の壁に背中を預ける彼女の姿は、いっそ貼り付けの聖女のようでさえある。
その異様に、それでも俺が駆け寄るのは、
「――……、う、ぁ」
彼女がまだ、それでも生きているようだったからである。
――俺は、
「……、……」
一瞬だけ言葉に迷い、しかし即座に言うべきことを言った。
「君、楽になっておくか?」
「……、?」
彼女は、しかし、
「み、つ、……き?」
「……。」
「ぶ、じ?」
そう言った。
みつき、――ミツキというのは人名だろうか?
いや、人名で間違いないだろう。彼女はその彼の、無事を憂いているということらしい。
で、あるならば、
「ああ、無事だ」
「…、…、」
「目を閉じて。もう寝た方がいい」
「あぃ、……が、と」
俺は、彼女の首に短刀を当てて、
そして、体重をかけて首を落とした。
/break..
あの「彼女」を見つけてから、俺の往く先には頻繁に亡骸が見つかるようになった。
四肢がぐちゃぐちゃになった死体。そもそも四肢の数が合わない死体。頭部のない死体。千切れ飛んだ誰かの足。
人のものもあり、人ならざる異様のものもある。顔のある死体は、どれも自身の死を理解した時の表情そのままで横たわっていた。
俺は、それを見つける度、その瞼をそっと下ろしてやる。
この行為それ自体は偽善で間違いない。なにせこれは、俺が彼らの表情を見たくないがために行っていることだ。
一つでも「手向け」てやらない亡骸を残せば、その表情が俺の脳裏にこびりついたままになるから、俺は彼らの死に顔を整えるだけだ。
人も、人でないものも、
死に顔の瞼を下ろしてやれば、それだけで愛おしいほど穏やかな表情に変わった。
「……、……」
そうしているうちに、俺は、
俺と似たようなことをしている人物に出会った。
「――ああ、初めまして?」
「……。そうだよ。初めましてだ」
彼の妙に能天気な挨拶に、俺はそう返す。
「――――。」
俺の返事は一度いなして、彼はそのまま、抱きしめるようにして手繰り寄せていた亡骸を、そっと地面に伏せさせた。
その亡骸も、人の姿はしていなかった。
俺のイメージで言えばゴブリンだろうか? 矮小で、身長は俺の胸の位置にも至らないように見える。
そしてその死に顔は、やはり抱きしめたくなるほどに幸福そうであった。
「クスノキだ。そっちは?」
「……、鹿住ハルだよ」
「へえ? そりゃ、もしかしたら君。――同郷だったりする?」
「……、……」
沈黙を返しておく。
この一手で以って俺と、察するにあのクスノキも、互いの事情を理解したのではなかろうか。
彼は――、
「……こんな場所ではじめましてもなんだろ? 良かったら、ついてこないか?」
そう、俺に言った。
/break..
「狭くて、申し訳ないけれど」
そう言って、彼は俺をその小屋に通す。
場所で言えば、例の焦土とは多少離れた立地だろうか。案内の道中では、一度森を潜ってここまで来ていた。
さてと、
「……いや、いい場所だよ」
通されたのは、こぢんまりとした小屋であった。
外観で言えば、殆ど荷物置き場とも変わらない。
しかしながら内装は丁寧であって、ログハウス風の温かな設えだ。
――ガスライトの暖色が天井を灼き、窓の外の風景を一段暗くしている。
家具の配置には、バーのような雰囲気があるだろうか。
酒棚があって、バーカウンターがあって、それと円卓がいくつか。
それから、棚に並ぶ酒瓶の装丁は、どことなく俺に見覚えのあるようなシルエットをしていた。
「ああ、それ?」
「……、……」
俺の視線の方向に気付いたのか、彼がそう言って、視線で酒棚を指した。
「どれもパチモンだよ。味を似せてみようと思ったんだけどね。うまくいかなかった」
「……ああ」
「むしろ、オリジナルで作ったヤツの方が出来はいいんだよね。よかったらこれ、どう?」
言って彼はカウンターの向こうにいって、棚から瓶を一つ取る。
そして、そのままそれをカウンターに置いた。
「……。」
ガスライトの暖色が、その黄金色をいっそう輝かせて見せる。
見た目で言えば、ウイスキーかブランデーのような輝きだ。
「強いやつなんだけど、飲めるかな?」
と言って、
しかし、俺の返事は待たずに彼は、
「ああ、いや。お互い素性も知らないんじゃ酒も交わせないか」
「……先に入っておくが、俺は何も知らない。飛行船に乗ってたのを撃ち落とされたんだ」
「……。」
そうか。と彼は一人ごちる。
「いやね、とんだ偶然だと思って、そっちには緊張を強いているかもしれないね」
……『信じられなくても当然だ』ってふうに。と続けて、
「だけど、この『国』はそれなりに航空輸送に頼ってるから、君の言い分には理がある。それどころか、君が乗ってきた貨物輸送はたぶんこっちが注文したのと同じダイアグラムだね。それで辻褄が合う」
「……。」
だから、敵とは思ってないよ。
そう彼は続けて、
「――ようこそ、『英雄の国』へ。
歓迎は、そこの酒棚にあるものでさせてもらうよ。
俺はクスノキ・ミツキ。この国の長で、君と同じ異邦者だ」
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