第34話手作りマヨネーズだ

「そんなことより、リオン君、何か用があるんじゃないの?」


なんて、用向きの理由はだいたい想像できる。建前として一応、聞いてみる。

リオン君は手に木製の円柱形の入れ物を握り締めていた。その入れ物の中身はきっとアレだろう。


「その、マヨーズ、ですか?料理場を借りてレシピ通り作ってみたんで、持ってきました」


やっぱりね。


「マヨネーズ、ね。もう、作ったんだ………って、うおっ」


後ろにいた夏芽がまるで瞬間移動したかのように前に移動した。

速すぎて、見えなかった。ここからじゃ、顔は見えないけどきっと期待に満ちたキラッキラとした目で入れ物を見てるんだろうね。


「それ、マヨネーズ?」


「はい、味見してみてこれで合っていると思いました。とっても、美味しかったので」


リオン君は入れ物と一緒に小さな木製のスプーンを差し出した。夏芽はそれを無言で受け取り、被せてあった蓋をぱかっと開けた。私も中身を確認してみる。


「おお、すっごいちゃんとしたマヨネーズだ」


この色、この匂い、間違いない。

手作りマヨネーズだ。

夏芽はさっそくとばかりに、スプーンで入れ物に入ったマヨネーズをひとすくいして、口の中に入れた。


「!!!」


おお、見える見える。

口に入れた瞬間、ぶわぁっと咲いた花が夏芽の全身を覆っているよ。そんな錯覚を起こしてしまうほど、夏芽は嬉しそうにちゅぷちゅぷとスプーンを口に含んでいた。すでにスプーンにマヨネーズが残っていなくても、その感動を噛みしめるようにスプーンを口から離そうとしない。表情筋がほとんど動いてないように見えるが、あれはかなり喜んでいる。


とりあえず、一時的だけど夏芽の「マヨネーズがなくてイライラ問題」は解決ってことかな。


「ありがとね、リオン君。わかりにくいかもしれないけど夏芽、めちゃくちゃ喜んでるよ」


「い、いえ、そんな、お礼なんていいです。そもそもそれは僕が台無しにしてしまいましたので」


リオン君は照れくさそうに笑った。あららら、ほっぺだけじゃなくて耳まで赤くなってる。

なんだ、この可愛さは。わざとやってるんじゃないよね。顔がいいって特だ。


「その、マヨネーズ、ですか?癖になる優しい酸味をしていますね」


「おお、今度はちゃんと言えたね。そうだね、夏芽ほどじゃないけど私もけっこう好きだよ。野菜とかにけっこう合うんだよね」


「そうなんですか」


「うん、レシピ覚えたんだったら今度試してみたら?きゅうりとかじゃがいもとかが合うと思うよ」


「はい、試してみます」


にこっとリオン君は笑った。うん、やっぱり、可愛いわ。

子供の笑顔や笑い声なんてちょっと前まではうざいだけだと思っていたけど、リオン君は別格かも。


「よかったね夏芽、手作りマヨネーズは市販のものより、絶品って聞くし」


ピクッと夏芽の肩が動く。私のほうに振り向いた夏芽はすでに口からスプーンを離し、再びマヨネーズをすくっている。そのまま、口に入れるのかと思いきや、なぜがマヨネーズをすくった手が止まった。止まったまま、私をジト―とした目で見つめてくる。


普段のジト目とはちょっと違うジト目。

この目は何か言いたいことがあるけど、なかなか言えないような目だ。

それはわかるけど、その言いたいことまではわからない。

わからないから、直接聞いちゃおう。


「どしたの?双子と言えど、言ってくれないとわからな、むぐ!?」


言い終える前に夏芽にマヨネーズを掬ったスプーンをぐいっと口の中に入れられた。


「いきなり、何………って、おいしいね、これ」


油っぽくもなく酸っぱすぎでもない、まろやかな口当たり。この舌触りは完全によく知っている市販のマヨネーズだ。いや、このクリーミーな味わいは市販のものなんかでは比べ物にはならない。

すごいな、リオン君。初めてで、ここまでのものを作れるなんてある意味才能だと思うわ。

私もやみつきになりそう。還ったら、お手伝いさんに作ってもらおっかな。


口の中に広がっていたマヨネーズがなくなるまで、そう考えた。


「ていうか夏芽、いきなり何すんの」


私がそういうと、夏芽はふんと私に背を向けてしまった。

自分の意図が伝わっていなくて拗ねてしまったみたい。


「そういえば珍しいね。夏芽が自分のマヨネーズを私にくれるなんて………………あ、そゆこと?」


自分で言ってピンときた。夏芽なりの仲直りの印ってことかな。

ふぅん、私はもう、気にしていなかったことだけど夏芽は夏芽なりに気にしていたんだ。


私はふふふ、とした声を隠そうとせずに夏芽の隣に立った。


こういう夏芽の面倒くさいところも私、好きなんだよね。


「どうもね、マヨネーズ美味しかったよ」


こそっと耳打ちすると年不相応な子供っぽいむすっとした顔のまま、一歩私から距離を取った。


どうしよう。この滅多に見られない夏芽の面倒くさくてかわいい顔、写真に収めたい。

収めちゃおっかな。いやいや、それはやめておこう。

さすがの私でもそこまで空気読めない人間じゃない。


………………でも、一枚くらい。


スマホを掲げようと思った時、夏芽の顔はむすっとした顔から普段からよくしているイライラ顔にいつのまにか変わっていた。


ありゃりゃ、残念。


「………ベッドが」


ぽつりと呟く声が聞こえた。夏芽が不機嫌顔に変わった原因はベッドにあるらしい。

私もベッドを見た。


「あ~、なるほど」


「汚い」


「だね」


夏芽、王宮の中で唯一このベッドは気に入っていたからな。私もだけど。

ふかふかでとっても心地よかったベッド。そのベッドが無惨にも切り裂かれ、物が散乱している。

部屋に入った時も目にしたけど、改めて見ると汚いな。このベッドも、この部屋も。

夏芽が不機嫌になるのもわかる。


「汚いから、綺麗にしないとね。このベッドもこの部屋も」


私はにこっと笑いかけると、夏芽はまるで頷くようにはっ、と声と共に息を漏らした。


「僕も、手伝います」


後ろにいたリオン君が声をかけてきた。


「マジで?どうもね……………そこのメイドさんももちろん、手伝ってくれるよね?」


私はベランダにいるメイドたちに向けて言い放った。メイドたちは突然、自分たちに話を振られるとは思っていなかったようで、大げさなほど体を震わせた。


私と夏芽はつかつかとベランダのほうに進んだ。


「どうしたの?その反応。まさか、私たちが君らの存在を忘れる間抜けな聖女だって思っていた?」


夏芽はメイドたちに近寄り、勢いよく足ドンをするとメイドたちは声を揃えて「ひっ」と悲鳴を上げた。そういえば、コロネ令嬢大人しいな。ちょっと気になったので私はメイドたちに守られているコロネ令嬢の様子を窺った。


ずっと縮こまっているコロネ令嬢は体をずっと揺らしたまま、ぶつぶつと何か言っている。

ありゃりゃ、トラウマ植え付けちゃったかな。可哀想に。


可哀想だから、謝っておくよ、心の中で。

ごめんね。君のメイドさんたち、ちょっとの間借りるよ。


「まさか、掃除しないなんてことは言わないよね?」


「「「………………」」」


「ねぇ?」


「「「………………はい」」」


おお、ハモッたハモッた。


「じゃあ、さっそく取り掛かってくれる?私らは応援してるよ。心の中で。」


掃除してくれるって言ってくれて本当によかった。

だって、私ら掃除なんて人生で一度もやったことがないから。


「ま、そんなに長くかからないかもね。そろそろ、従者やら神官やらがここに来ると思うから。その人たちにも手伝ってもらってさ」


色々聞かれると思うけど、なんとかなるでしょ。

今日はいっぱい写真を撮った。とりあえず、掃除が終わるまで写真の整理をしよっと。




――それ以来、私たちに絡んでくる貴族は全くといっていいほどいなくなり、飛び交っていた噂も一切なくなった。

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