第80話 再会の従者(26)
アルシファードさんが戻ってきたのを契機に昼食を取ることにした僕らだったが、ここで問題が起きた。
「まあ、入り切らねえよな、人」
「よく全員で机一つで作業してたわよね」
アルシファードさんとヒルグラムさんの言葉にアナイさんが頷く。僕も、作業が手狭だと感じはしていたが口にはしなかった。そも作業に使う場所がそう大きくなかったせいでもある。
「じゃあ、俺達は船に戻るか。一時間ぐらいしたら戻ればいいだろ」
「そうね。そのまま船で作業させたいところだけど連絡できないのも面倒だし」
ガンドルマイファさんの提案にアルシファードさんが頷くと、彼の部下たちもぞろぞろと小屋から出ていこうとする。
と、ヒルグラムさんが立ち上がってそれを止めた。
「まあ待て待て。そう簡単に船に戻るって言うが何されるかわかんねえだろ?一回襲われてんだし。だからここはほら、周りも広いし小屋の外で食えばいいじゃねえか。ラングも、慣れてるだろ?」
はて、と違和感は感じながらも頷く。普段なら、こういうところを疑うのはアルシファードさんで、ヒルグラムさんはまるで気にしないような気がしていたが。
「おいおい、まあ信用しろってのも無理な話かもしれねえがな。俺たちは構わねえが、あいつは嫌がるんじゃねえか?」
「別に。視界に入らなければそれでいいわ」
冷たい言葉が聞こえて、ヒルグラムさんは苦笑しながら僕の方を見る。
「てなわけだラング。お前も外でいいよな?」
「え?あ、はい……」
曖昧に頷くと、ヒルグラムさんは先んじて外へ向かう。小屋にはアナイさんとアルシファードさんだけが残り、僕も食料を持って慌てて追いかけた。
*
「さて、と。何作るか。いや俺はなにも作れないんだがな?」
「作れねえのかよ!しかたねえな……おい、お前ら。飯だ飯!」
外へ出たヒルグラムさんは大きく伸びをするとくるりと後ろを振り向いて笑う。ガンドルマイファさんもつっこみつつ部下に号令を送る。
「ほれ、貸してみろ。俺たちが作ろう」
僕の前に大きな掌が差し出される。僕の持っていた食料を受け取ったジョンベータさんはスキンヘッドをキラリと輝かせると材料を抱えて部下たちへ指示を飛ばしはじめる。
「さて、俺達はしばらく見学、と。ほらラング、こっち座れよ」
そう呼んでくるヒルグラムさんは少し離れたところにいつの間にか持ち出してきた折りたたみイスを並べている。ガンドルマイファさんなどはもう椅子に座り込んでタバコを吹かしていた。
「いいんでしょうか、僕何もしなくて……」
「下手に手を出すと邪魔なだけだ。あいつらは航海中、毎日料理してるしな」
なるほど、と納得しつつヒルグラムさんの隣に座る。小屋の周りは背の低い草が一面に生えていて、ちょっとした草原のようになっている。風が吹くとわずかに草の葉がこすれる音がして、妙に落ち着く。こうやって座って空を見上げていると気が緩んで、全部忘れてしまいそうになる。
「なあ、ガンドルマイファさんよ。あんたはさっき、自分のやったこと後悔してるみたいな言い草だったが。俺は間違いだとは思わねえよ」
「……なんだ、ヤブから棒に」
目を閉じたままヒルグラムさんはガンドルマイファさんに続ける。
「あんたは、アルシファードもあんた自身も生き残る道を選んだ。もしかしたら、アルシファードを自由にするだけならその場で抵抗してアイツを逃がすことも出来たかもしれない。でもあんたは、生きる道を選んだ。その結果どんな立場になっても、だ」
ヒルグラムさんの言葉に、ガンドルマイファさんは煙草を深く吸い込み、吐き出す。
「どういう形でもいい、まずは生きてないとな。でないと何も言えねえし会うこともできない。言いたいことも伝えたいことも胸に仕舞っとくしかなくなっちまうからな」
それは多分、ヒルグラムさん自身の抱える後悔なんだろう。それを知ってか知らずか、ガンドルマイファさんはヒルグラムさんへ向き直る。
「……生きてなくちゃ、か。そうだな」
「ああ。で、生きて再会出来たんだ。言いたいことは言っとけよ。若輩者だが、後悔はそれなりに知ってる身だ」
それだけ言って、ヒルグラムさんは立ち上がると食事の準備に加わった。ガンドルマイファさんと僕は、ジョンベータさんたちに呼ばれるまでその背中をしばらく見つめていた。
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