第76話 再会の従者(22)
工房を確認した僕たちはアルシファードさんの指示の元、作業を始めた。魔術のことがわからない僕とヒルグラムさんは単純な物理作業を、アルシファードさんとアナイさんは魔術による加工作業を担当する。
のだが。
「なん、で……こんな……地味なことを……」
ヒルグラムさんが指先を震わせながらぼやく。言葉にはしないが僕も正直同じ気持ちだった。
「必要だからよ。説明したでしょう」
アルシファードさんに命じられた作業。それは大量に買い集めてきた指先ほどの小さな金属棒を、丸めて輪にしてつなぎ合わせるというものだった。
「その金属には一つ一つ魔術を込めてあるわ。それもすべて違う種類のものを。それで作った鎖の鎧……チェーンメイルを派遣される王都騎士団には付けてもらう。それでマコト先生と接触して導師の力を受ければーー」
「ああ、どれが有効かわかるって寸法か。確かにそいつは効果的かもしれないが……どうやってその結果を確認する?」
「この工房に観測機があるから、それで遠隔地でもわかるわ。さ、意義と必要性を理解したなら手を動かして。騎士団の出発に間に合わなかったらすべて水の泡よ」
ヒルグラムさんとアルシファードさんの話を聞きながら、工具を使って金属棒を丸める。丸めたらそれに棒を通してまた丸めて、縦横に一つづつ、輪をつなげていく。……ひたすら、つなげていく。
「あの……アルシファードさん、これ、一着作るのに何個くらい使うんですか……?」
あまりに先の見えない作業に、つい疑問を口にする。と、アルシファードさんは僕たちに背を向けたまま答える。
「大体一万五千くらいね。それを三十人分。つまり総計四十五万個程度よ」
聞かなきゃよかった。心底そう思った。
*
「今日はこのあたりにしましょう。そろそろ魔術のリソースも切れてきたし」
アルシファードさんがそう声をかけたときには、日も暮れきって夜中だった。僕とヒルグラムさんは工具を置くと同時に深くため息を吐く。結局半日ずっと作業を続けて、二人合わせて腕一つ分も組み上がっていない。このペースではとてもじゃないが先生が着くまでにだって完成しないだろう。
「あ、アルシファードさん……二人でやってもこれは、終わらないですよ……」
「だなあ、なんとか速度上げる方法を考えねえと」
ヒルグラムさんも同意して頷く。が、アルシファードさんは腕を組んでため息をついた。
「あのね、私とアナイだって半日ずっと作業して終わってないの。割ける人員がない以上地道にやるしかないでしょう。今のところは」
そう言われてふと、アナイさんの姿が見えないことに気づいた。昼間の作業のときもアルシファードさんとは別で作業をしてたみたいだし。
「あの、アルシファードさん。アナイさんはどこに……?」
「ああ、奥の部屋にいるわよ。お互いの魔術が干渉しないように距離を置いてるの」
言われて、指さされた工房の奥の扉を見ると、丁度アナイさんが出てきたところだった。一見して疲れ果てている。
「お疲れ様。今日はこの辺にしておきましょ」
アルシファードさんの言葉にもなんとか頷くのが限界と言った感じで、ふらふらと歩くアナイさんはそのまま広間の一角にあったソファーに倒れ込むと寝息を立て始めた。
「さて……私達も寝ましょうか。部屋、いくつかあったから、そこを使ってーー」
言い終える前に、ヒルグラムさんがアルシファードさんを手で制する。
「ーーどうにも寝るには早いらしい。お客だぜ」
ヒルグラムさんの言葉に僕たちは声を殺して聞き耳を立てる。確かに、複数人の足音が聞こえてくる。
「さて……どうするか」
そういったヒルグラムさんの横顔は戦う人間独特の緊張感があった。
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