第75話 再会の従者(21)

 玉座の間での一件が終わり、僕らが魔術工房へ送られたのは昼頃だった。工房は王都の西側にある工場・工房の集まった生産地帯の真反対、王都の東の外れにぽつんと建てられた小さな小屋だった。道の舗装も途切れた土の道を歩いた先にあるそれは、城壁の中になければ王都の外と間違えてしまいそうなほど孤立していた。僕たち四人を連れ立った兵士たちは罪人には似合いの場所と笑っていた。


「しかし、実際周りに何もねえなここは……」


 ふう、とため息をついたヒルグラムさんは見慣れた鎧姿をしている。工房での労働は仕事のうちだからと装備を返却してもらえていたのだ。もちろん口実でしかなく、先生との戦いに備えるためだ。


「うう……まさかこんなことになるなんて……」


 呟くアナイさんの言葉にヒルグラムさんが悪いな、と苦笑する。


「や、ヒルグラムさんは何も悪くないですよ!ただ話が大きすぎてついてくのが大変というだけで……!」


 慌てるアナイさんを尻目にアルシファードさんが小屋の入り口に近寄る。


「無駄話してないで行くわよ。時間は有限なんだから」


 なんとなくいつもより不機嫌そうだ。言われて後ろをついて部屋へ踏み入る。小屋は外観通り狭く、中にもテーブル一つに椅子が四つと小さな暖炉があるくらいだ。仕事の内容は表立っては植物の採取や見張りということになっていたはずだから、部屋に仕事道具らしいものはない。窓も一箇所しかなく、暗い部屋に居るだけで肩の辺りが重く感じる。


「こんな狭いところが拠点かあ……寝るとこすらまともにとれねえな……」


「さて、どうかしらね。外観だけじゃ判断できないわよ……」


 ぼやくヒルグラムさんに答えながらアルシファードさんは注意深く周囲を見回している。アナイさんも同じように何やら部屋の中をあちこち見ていた。まるで何かを探しているようだ。


「ああ、あった。これだわ。アナイ、だったわね。手伝って頂戴」


「あ、は、はい!アルシファード様!」


 テーブルの下を覗き込んだアルシファードさんはそう言って腰のポーチから白い棒状のものを取り出すとテーブルの上に何やら書き記しはじめる。呼ばれたアナイさんもアルシファードさんの説明を受けてそれに加わり書き込みを始めた。


「……いま、様って呼んでましたよね」


「おう、呼んでたな。王都だとよくあるぞ」


「そうなんですね……」


 二人が作業をしているのをただ見ているだけの僕らは手持ち無沙汰で、立っているだけしか出来ない。なんとなく間抜けな感じがしてしまう。


「できたわ。あなた、結構理解が早いわ。しっかり勉強をしているのね」


 そうしているうちに作業を終えたらしい二人が戻ってくる。褒められたアナイさんは顔を赤くして口元を隠す。アルシファードさんはその様子にふ、と柔らかい笑みを浮かべるとテーブルに向き直って手をかざす。


「離れてなさい。どこまで開くかはわからないから。ーーオルハ・ペルドロ・ナハト」


 唱えられた言葉に反応して、テーブルに書かれた白い文様が輝く。と、その光がテーブルの下、床に向けて伸びたと思うと床に光の線がいくつも走る。そうして、僕らの立つ入り口近くの床の一角を残して、小さな揺れを伴いながら小屋の床が窓側に引き込まれるように開いてゆく。


「こいつは……!」


「隠し部屋、ですか……」


 ヒルグラムさんと僕は息を呑む。床の開いたその先は大きく開けた空間が地下に広がっていた。アルシファードさんが先頭へ立って地下への階段をゆっくり下っていく。慌ててそれに僕たちも続いた。

 地下の空間はざっと小屋の十倍は広くつくられていて、いくつもの部屋の扉が見て取れる。大広間となっている小屋の真下の空間には見たことのない設備がいくつも置かれていて、ここがまさしく工房であることを物語っていた。


「ふう、ん。王都の最新設備……だけじゃないわね。これ、見たことのないものも混ざってる。多分王の言ってた別世界のもの、でしょうね」


 アルシファードさんが値踏みするように設備を見て回る横で、アナイさんも目を輝かせている。どうやら相当のものらしい。


「これが私達に与えられた拠点の正体てわけね。さあ、ここからが忙しいわよ……」


 アルシファードさんの言葉に、僕たちは頷く。気を引き締めてかからなければならない。先生との再会に向けて。

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