第70話 再会の従者(16)

 玉座から立ち上がったレコンキングス王の右手から放たれた魔術は、一条の雷となって僕へまっすぐ伸びてきた。

 目の前を、閃光が埋め尽くす。思わず顔を手でかばうが、そんな動きで何が変わることもない。

 圧倒的な熱と光、室内に響く轟音に包まれ、同時にとんでもない衝撃が体を襲い、後ろへ転ぶ。自分の立っていた絨毯が焼け焦げる匂いがした。

 そうして、一瞬で僕を吹き飛ばした雷が止み、レコンキングス王が腕を下ろす。


「……なるほど」


 呟くレコンキングス王の言葉が聞こえる。ゆっくりと、顔を上げる。視線の先にはレコンキングス王が僕を見下ろしていた。震える足に力を入れて起き上がる。ピリピリとした僅かな痺れと、衝撃で転んだ痛みがあるだけで体は全くの無傷だった。

 僕は、賭けに勝った。契約書の力は絶大で、レコンキングス王の魔術ですら僕に傷を与えられなかった。


「加減したとはいえ、見事だ。だがその力を持って何故海賊に囚われた?自力でどうとでも出来たろうに」


「いいえ、レコンキングス王。この力は僕の力ではありません。この力こそはあなたを狙う反逆者のものです。この力は、反逆者がたった一晩で作り上げた契約書の効果なのです」


 立ち上がって声を張る。王は鋭い視線を僕へ向け、口を開く。


「ーー成る程、確かにその力は強大だ。お前たちの危惧は理解した。ラング、だったな。その反逆者の名は。なんという」


「……わかりません。僕はあの人と五年間毎日会っていました。けど一度も、誰にも名前を明かすことはありませんでした。ただ、自分を先生とだけ言っていました」


 王はふぅー……と長くため息をついて再び玉座へ座り直す。


「名前もわからん相手と五年も毎日共に居た、か。あまりに怪しい話だな。他に特徴はないのか」


「あります。先生は自分のことを、世界にただ一人の導師と言っていました。そして、レコンキングス王、あなたに魔術を与えたのは自分だ、とも」


「ら、ラングさん!?それはーー!」


 後ろでアナイさんが慌てて声を上げる。そう、確かに打ち合わせた話ではこの情報は伝えない予定だった。力を見せつけ危険性さえわかれば準備はしてくれるだろうと。でも、それでは足りない。僕は王様を殺してほしくないだけじゃない、先生が何をしてきたのかを知りたいから。今その話を知っているのは、目の前のレコンキングス王だけだから。


「ーー戯言を。余に魔術を与えた人間などおらん。そのような虚言をこれ以上申すのなら貴様を生かしておくわけには……」


「教えて下さい、レコンキングス王。僕は、なぜ先生があなたを狙うのかを知りたい。僕は先生を止めたいんです。理由さえわかれば先生を止めることが出来るかもしれないんです!」


「くどい!そのような話余は知らぬ!魔術は余が自ら作り出した産物、それを民草に貸し与えているに過ぎぬ!」


 ダン、と肘掛けを叩くレコンキングス王にはじめてはっきりと怒りの表情が見えた。しかしその怒りはどこか空虚で、芯がない。嘘を塗り固めるための方弁であると感じた。でも、その証拠は僕にはない。


「あら、それはおかしな話だわ?そうであるなら魔術の系統がばらつきすぎているもの」


 言葉につまりかけた時、玉座の間に響いた声が割って入る。


「ーーお前、は」


 レコンキングス王の視線が、僕の後ろへ注がれる。コツン、コツンと靴音が静まり返った玉座の間に響く。

 振り返って、その姿を見た。紺のローブと流れる長い黒髪。彼女は靴音を鳴らして僕の隣へと並ぶと王へ視線を向けた。


「ご機嫌麗しゅう、レコンキングス王。アルシファード=ヴォウハルシータ、只今王都へ戻りました。何やら楽しくご歓談されていたようで、よければ私も加えていただけます?」


 見間違うはずもないその姿に、僕は思わず叫ぶ。


「アルシファードさん!」


 目深に被った三角帽子をゆっくりと外した彼女は優雅に一礼をして、ニコリと微笑んだ。

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