第62話 再会の従者(8)

 騎士団の詰め所から出発したヒルグラムとアナイは駆け足で港へと向かっていた。大通りを一気に駆け下りる最中、アナイが足をもつれさせて転びかけた。その体が倒れ込む前に、前を走っていたヒルグラムがすぐさま抱き止める。


「だいじょぶか、アナイ。無理してついてこなくてもーー」


「い、いえ!私のしごと、ですから……ッ」


 首を振るアナイの顔にはしかし、隠しきれない不安の色が見えていた。しかし同時に、どうあっても引き下がらない硬い意思も見えた。

 ヒルグラムは思案する。この人攫い事件に対処するのは騎士団である自分の役割ではあっても、魔術師見習いの彼女の仕事ではない。彼女の力では荒事になったときに対応は出来ないだろうし、魔術の経験も浅い。それは彼女の着ているローブがまだ魔力の反射をろくに受けていない純白であることからもわかる。


「……なあアナイ。これはお前の仕事じゃない。無理についてこなくたって誰もお前を責めねえよ」


「で、でも!ちょっとでもお役に立てたらって思うし、あの、そう、魔術が必要なこともあるかもしれませんし!」


 ヒルグラムの言葉にアナイはすぐに言い返す。予想通りの反応にヒルグラムは肩を竦めると、また港へ向き直る。


「わかった、口論してる時間も惜しいしな。無理はすんなよ」


「!は、はい!」


 再び駆け出した二人はしばらくして波止場へとたどり着いた。数人の通行人や漁師に声をかけるとすぐ、人攫いの概要はわかった。


「ええとつまり、あの船に拐われていった人が居るけれど誰も手が出せないと……」


「っていうか見たことないやつだったしなあ。内輪揉めかもわからんから手を出したりしてないってとこだなあ」


 アナイの言葉に漁師は答えると仕事があるからと離れていった。


「あの船、か」


「知ってる船なんですか?ヒルグラムさん」


 黒塗りの船を睨むヒルグラムの様子にアナイが尋ねると、ヒルグラムは頷き、深刻そうな表情で何やら考え込む。


「あの船はブラックサンライズ。この港に駐留してる海賊船だ」


「か、海賊!?なんで王都にそんなのが……」


「……さてな。だが不正に場所を占拠したとかじゃない。王都で許可をして入れてる船である以上下手に手は出せねえ」


 ヒルグラムはそう答えたが実際は理由を知っていた。あの海賊は王都へ入ってくる数多の商人たちへの交渉のカードであり、海軍では行えない裏の仕事を請け負う存在だ。もちろん王都はそんな事を公言はしないが、王都騎士団を含め多くの王都市民が知っている事実だ。


(王都騎士である以上は迂闊なことは出来ねえ。が、あまり時間もねえ……)


 毎日ここで仕事をする漁師たちが見たことのない人間だったという以上、王都の人間でない可能性が高い。海賊たちが王都の人間に手を出すことはほぼないが、外の人間であれば彼らは遠慮しない。身の安全が危ぶまれる状況だ。

 しかしヒルグラムが答えを出すより先に、事態が動いた。


 ドンッ!


 派手な音を立てて、黒塗りの船ブラックサンライズの一角が煙を上げる。


「考えてる時間ねえなこれは!いくぞアナイ!」


「わ、わ!待ってくださいい!」


 ヒルグラムはあとのことを考える前にブラックサンライズから降ろされている梯子に手をかけた。

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