第27話 研鑽の魔術師(10)

 食事を終えた僕たちは街道を抜けて、山の麓近くまで進んでいた。


「ほら、早くしなさい?そんなペースじゃ一週間で着かないわよ?」


 アルシファードさんの言葉に答える気力もなく、僕はただただ足を前へ前へと押し出す。昼食を終えてから、アルシファードさんの歩速が明らかに早くなっていた。僕だって足が遅い方ではないはずなのだけどそれでもついていくのがやっとで、それも一時間もすれば歩くのがやっとになるくらいに疲れ果てる。


「あ、アルシファードさん……ちょっと、ペース落としませんか……」


「あら、もう音を上げてるの?これでも遅くしている方なのに」


 その言葉にゾッとする。一体どんな鍛え方をしたらこの移動速度になるのか。これで速度を落としていたとなると普段の彼女の歩行はどんなーー……


「あ、もしかして魔術使って……!」


「え?当たり前でしょう。なにも言わないから平気なのかと思ってたわ?」


 考えてみれば町の中では置いていかれるような速さで歩いていたりしなかった。それが突然早くなったのだからすぐ気づけたろうに、追いつくのに必死で全然考えていなかった。

 しかしアルシファードさんもアルシファードさんだ。素知らぬ顔をしているが口元が笑ってる。僕が必死になるのを見て内心楽しんでいるに違いない、意地の悪い。


「魔術で足速くされてたら追いつけませんよぉ……」


 ぼやく僕を見てアルシファードさんはため息をつくと腕を組む。


「魔術無しで移動したら山超えるのに日が暮れちゃうわ。かと言ってあなた本当に追いつけなさそうだしねえ……」


 ふむ、と考え込んだ彼女はしばらくして僕を見ると、にんまり、としか形容できない邪悪な笑みを浮かべてこう言った。


「坊や、バッタとかお好き?」





「う、わあぁぁぁぁぁーーー!!」


 視界が、急速に開けて、すぐに真上に流れていく。周りの音が風の音しか聞こえない。体が落ちる感覚と跳ね上がる感覚が不定期に交互に繰り返されて、悲鳴を上げることしかできない。


「ほら、口を閉じなさい!舌噛むと死ぬわよ!」


 アルシファードさんにそう言われて必死に歯を食いしばって耐えるが、声が出せない分恐怖感が余計に増す。目をつぶって耐えようと思ったが景色が見えなくなるといよいよ耐えられなさそうなので必死にアルシファードさんにしがみつく。

 自分でも驚くくらい情けない悲鳴を、僕が何故上げているのか端的に説明すると。僕は今、アルシファードさんに横抱きにされていた。そしてそのアルシファードさんは、手足に身体強化魔術をかけた上で重量軽減を行っている状態。彼女はそのまま地面を蹴って走る……のではなく。

 

それも十メートル以上の高さまで一息で飛び上がっては山の斜面に着地してまた飛び上がるを繰り返している。なるほど確かに走ったり歩いたりするより圧倒的に早い移動方法なのだろうが。


(怖い!そして寒い!)


 自分でコントロールできない高速がこんなにも怖いものだとは。そして吹き付けてくる風の冷たさも尋常ではない。手足がしびれる感覚がしてきたところで、何度目かの跳躍を終えた彼女が不意に立ち止まった。


「はい、山頂に到着。ちょっと休憩したら降りるわよ」


 ゆっくりと地面に降ろされた僕はよろよろと数歩後ろに下がるとそのまま座り込んでしまった。足が地面についているだけでこんなにも安心するのは、人生でそうはないだろう。そんな僕の様子を見て魔術師はニヤニヤと笑った後、手を差し出してくる。


「ほら、座るならあのへんの石とかの上になさい。服汚れるわよ」


 言われて手を取ろうとして、気恥ずかしくなって顔を背ける。流石に従者をしていてこれでは情けなさ過ぎる。


「じ、自分で立てます……」


「あら、なんならさっきみたいに抱っこのほうがいいかしら?」


 顔が熱くなるのを感じながら立ち上がって移動する。本当にこの魔女は、意地が悪いのだ。

 結局休憩を終えて山道を飛び降りるときも、アルシファードさんは終始ニヤニヤしていたのだった。

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