第22話 研鑽の魔術師(5)
アルシファードのとっている部屋に食料品を置いてくる頃には昼になっていた。鍛冶屋に行こうとしたが、魔女は食事を優先した。うちでは昼の時間帯の食事はできないので、必然外の店に出ることになる。
「さて、と。あまり期待してないけどどこかいいお店知ってるかしら?せっかくだから郷土料理とかが食べられるところがいいんだけれど」
「郷土料理、ってほどのものもないので……あ、東門の近くに食事処は集まってるのでそっちで探すのがいいと思います」
そう答えた僕に彼女はなぜか楽しそうに笑って頷いた。十分ほど歩いて東門の方へ向かうと、いくつかの店が並んでいるのが見えてくる。近づいていくと美味しそうな料理の匂いが漂ってくる。
「気になるお店とか、あります?」
「そうね……あそこがいいわ」
並んだ店を眺めたアルシファードはそう迷わずに店を決めた。特に意見もなく店に入って席につく。十席ほど並んだテーブルと広々とした店内は装飾こそ簡素だが綺麗に整えられていて、昼になったばかりなのにテーブルもほぼ満席だった。
席についたアルシファードはふう、と小さくため息をつくと紫のローブを脱いで自分の右隣に置く。露になった肩口から反射的に目をそらしてしまう。
「さてメニューは……なるほど……」
そんな僕の様子を気にすることなくアルシファードはメニューを決めるとさっさと注文をはじめる。僕がなにか頼む前に注文を済ませた彼女はこちらへ向き直ると目を細める。
「じゃ、料理が来るまで話をしましょう。話題はあなたの浅慮について、とかでいいかしら?」
良いわけがない。なんで食事前に自分の悪口を聞かされなければならないのか。
「私の話がただの悪口にしか聞こえないなら別にいいけど。ちゃんと聞かないと、あなた死ぬわよ?」
「それは……あなたに殺されるっていう脅迫ですか……」
僕の言葉に魔女は深くため息をつくと冷たい視線で答える。
「そんなわけないでしょ。できるかといえばできるけど理由もないわ。あなたが死ぬのはあなた自身の考えの至らなさのせいよ、坊や」
言われて、黙って視線を返す。浅慮だと言われてはそうかもしれないが、それにしたって言い方とか色々とあるだろうと思ってしまう。僕なりに考えてはいるわけで……。
「先に結論から話すけど。今のあなただと旅の途中で必ず命を落とすわ。ええ、間違いなく」
「それは……」
確かに今の僕ではできないことが多すぎるから、トラブルに遭えば最悪死んでしまうかもしれない。とはいえそれは直ぐにどうこう出来る話でもないだろうと思う。僕が言葉を続けるより先に、また彼女が話し出す。
「経験不足から来る対応力のなさも、もちろんあるけれど。それ以上にあなたには決定的に視点が足りてないわ」
「視点……?」
頷いた彼女は振り返って店の窓の方を見る。視線の先には町の東門へ続く道が見える。
「例えば。なぜこのあたりに飲食店が集まってるか、わかる?」
「え……っと……」
「このあたりの店の窓が多い理由は?」
「……わかりません」
首を横に振って、また視線が下を向く。木のテーブルの木目だけが見えて、その光景に数日前の教室を思い出す。僕を見る魔女は一度息を吸ってゆっくりと吐き出すと、静かに僕に言葉を続ける。
「下を見ても、答えは転がってないわ。わからなければ視界は広く。常に理由を探しなさい。ちゃんと周りを見て聞いて、考えればわかるはずよ」
言われて、視線を上げる。周りを見回して、確かに店の窓が多いのに気づく。席と席の間には必ず一つは窓があって、天井近くにもいくつか見受けられる。でも窓の多い理由なんて日の光が入れるため以外には思いつかない。
顔をしかめる僕の前に、どんっと焼きたての肉が置かれる。
「はい、一番人気のフロガラの一枚焼き定食ね!」
ニッコリと笑う店員さんがテーブルに二人分の定食を並べるのを見送りながら、焼き立ての肉と香辛料の香りが食欲を掻き立てて思考を邪魔する。これに手を付ける前に彼女の問の答えを見つけないとーー。
「あッーー」
焦る頭の中で、気づいたことを確認しようと顔を窓に向ける。
「もしかして、煙の換気のため……」
確認すると、店内の窓はすべて大なり小なり開いてあった。大きく窓を開くのを避けるために窓が多いのだ。アルシファードは初めて会ったときのように微笑みながら頷く。
「惜しいわね、それだけじゃないわ?換気は煙だけ外に逃がすわけじゃない」
「匂い、ですか……?」
「ふふ、正解。じゃあ東門に店が多いのは?」
「外から帰ってくる人や旅人がたくさん通るから……でしょうか」
アルシファードは満足げに頷く。自信は正直なかったが、彼女の反応にどっと緊張が解けて脱力してしまう。
「そう、正解。だいたいどの町でもそうだけど、飲食できる場所は人の多く使うところと出入り口に建てられることが多いわ。町に入った旅人はお腹好かせてることが多いしね。窓を開けて料理の匂いが周りに漂ってれば自然と人も来やすくなるというわけーー」
頷きながらも視線は料理に向いてしまう。肩を竦めた彼女がフォークを渡してくれたことで、とりあえず話より食事が先になった。
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