第13話 誉れの騎士(10)

 日の登りはじめた山頂で、ぼんやりと目を覚ました。毛布を捲くって、体を起こす。見慣れない、山の中の景色に寝ぼけた頭が徐々に覚醒する。


(そうだ、僕は従者になってヒルグラムさんと山に登ってーー)


 昨日のことを思い出す。一日の間にあまりに出来事が多すぎて、全部を思い出すと頭が痛くなりそうだった。

 日の差しはじめた風景から目をそらして、焚き火の跡に残していた炭を掘り起こす。空気を送って火をつけてやると、眠っていたヒルドラコがうっすら瞼を開けた。こちらに視線を向けて僕止めが合うと、また瞳を閉じる。


(安全だと思われてる、ってことなのかな……)


 ヒルドラコは身の危険に敏感で、眠っていても獣が近づけば起きるし大きな音にもすぐ反応するらしい。この山頂に野営を決めた後にヒルグラムさんが教えてくれた。逆に安全なものにはどこまでも気を許すとか。


「よう、起きたか。早かったな」


「ヒ、ヒルグラムさん!おはようございます……!」


 後ろから声をかけられて飛び上がりそうになりながら振り向くと、ヒルグラムさんは水いっぱいの桶を片手に下げていた。どうも川に水を汲みに行っていたらしい。


「お、火起こしてくれたか。ありがたい、川の水がちっと冷たくてな」


 そう言ってヒルグラムさんは焚き火に手を翳す。足元に置かれた桶ノ水が揺れて、跳ねた。バチャリ、と大きく揺れるそれに違和感を覚えて中を覗く。


「いやあ、ちっと苦戦したぜ。けどこれで朝飯はバッチリだな」


桶の中で泳ぐ三匹の魚を見て、苦笑した。果たしてこの魚は誰が捌くんだろう。



 朝食の川魚の丸焼きを食べ終えると、僕らはヒルドラコに荷物を乗せて出発する支度をはじめた。


「よし、行くとするか」


 そう言ってヒルグラムさんが手にしようとした手綱をヒルドラコが咥えて、僕の方に渡してくる。戸惑いながらそれを取ると、ヒルドラコは鼻先で僕の背を押す。その様子を見てヒルグラムさんは少し驚いて、すぐに「任せた」というとヒルドラコの背中に乗ってしまう。


「ーーはい!」


 大きく返事をして山頂から続く山道をゆっくりと、歩き出す。今日も空は晴天、明るい森の中を進んでいく。ちょっとだけ誇らしい気持ちを抑えながら、下り坂を下りて、やがて開けた山の麓へとたどり着く。昨日のことが嘘のように何事もなく、進めていた。

 一面の緑を見ながら、その中心に通った広い一本道を歩いていく。ヒルグラムさんはずっと静かで、僕のところからだと様子は見えなかった。

 風が草を揺らす音と僅かな足音だけが聞こえて、時間の進みが遅くなったような、ゆったりとした感覚になる。なんだかずっとこの時間が続きそうな、そんな感覚。

 ゆるやかに日は傾いてきて、やがて平原の緑もオレンジに覆われていく。


「今日はこんなとこか。順調だったな、ラング」


 身軽に背中から下りてきたヒルグラムさんはそう言って、野営の用意を促す。僕も頷いて野営の支度をはじめた。たった二日だというのに、なんだか一緒にずっと旅してきたようなやり取りに感じて嬉しくなる。こういう感覚は初めてだった。


「明日にはつけるだろうな、よろしく頼むぜ」


 だから、その言葉で我に返った。言われて顔を上げる。ざあ、と風が吹いて、日の沈みかけた平原の地平に、僅かに持ち上がった町の城壁が見えていた。

 旅の終わりは、すぐそこだった。

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