第12話 誉れの騎士(9)
「あとはそうだな、遅れてアイスレフに来た騎士団たちに報告をして、俺はヨルンドラコ討伐を認められた。そうして晴れて王都配属になってその途中ってわけだ」
そう語ったヒルグラムさんは明るい表情を作っていたけど、とてもそれには応えられなかった。
「……笑えません、そんな話聞いて。だってそれ、最近の話じゃないですか。そんな軽く扱える話じゃないですし……」
「まぁ、最近だな。けどだからこそだな、現実感も薄い。夢みたいにどこかで覚めるんじゃないか、なんて思うこともある」
肩を竦めたヒルグラムさんは僕を見つめて、続けた。
「けどまぁ、そうはならんのだよなあ。もしそうならお前には会ってないし、まだ冒険者だったろうな。騎士になろうとも思わなかったはずだ」
「……騎士には、自分から?」
「ああ、そうさ。代わりにヨルンドラコの報酬は全部騎士団に持ってかれたがな。がめつい連中だ」
苦笑いするヒルグラムさんに頷きながら、尚更気になった。ヨルンドラコ討伐の報酬となれば破格のものだろう、それこそ町を建てられるほどの。それを投げ出してまでなぜ、騎士になったのか。剣を、取り続けるのか。
「なんでそこまでしてって顔だな?不思議か?」
素直に頷く。だってその報酬は、彼に残った唯一のものだ。家族も相棒も失った彼の手に残ったものはそれだけのはずだ。
「ああ、不思議だよな。その報酬があれば一生食うには困らんだろうし。でもなぁ、それがあっても手に入らんものがあったのさ」
そう言って空を見上げたヒルグラムさんの視線の先へ、僕も合わせて上を向いた。
「守りたいものだ。俺が守るべき、守るはずだったものだ。失われたそれは、もう手に入らん。新しく作るしかない」
見上げた先には、星。いくつも輝く光点に、彼が何を重ねたのかは想像に容易い。
「けど、そう簡単に代わりなんぞ出来ないからな。俺は、誰かの守りたいものを代わりに守ることにしたんだよ。自分の分が見つかるまでな。その為に、騎士になって街を守ることにした」
「……」
理解はできた。理屈の上では、わかった。けどその上で、わからなかった。
「なんで、そうまでして何かを守ろうとするんですか……?傷ついて、失ってまでーー」
ヒルグラムさんは腕を組んで、一度息を吸い込んでゆっくりと吐き出すと答えた。
「それが俺の生きてる実感、やりたいことってことなんだろうな。誰かを守り、一緒に生きる。笑い合ってるときに生を感じる。だから、それを続けてる」
まっすぐそう答えた言葉には、決意や覚悟は感じなかった。ただ、そうあることが自然なのだと、悟ったような。そんな感情が滲んでいた。
「……やっぱり、まだわかりません」
だって、そんなものは僕にはなくて、想像だってつかなかった。何かのために尽くすことに喜びも感じはしない。
「ん、だろうな。お前の年ではまだ早いさ」
正直な言葉にもヒルグラムさんはなにか吹っ切れたように笑って頷く。話し終えたことで少しは気が晴れたりしたのだろうか。
「まあ、一生わかんないやつもいる。そう気にするもんじゃないさ。気にしとくべきことは、自分がどうしたいのかを感じ逃さないことだ」
「感じ、逃さない……?」
「ああそうさ、自分のやりたいことってのはあんまり普段意識しねえからな。感じててもわかりにくいもんさ。そういうのをいちいち見逃さないことだ」
「……なる、ほど」
曖昧に頷いた。それこそ実感がわかない。
僕の反応に騎士はバツが悪そうに苦笑して肩を竦めた。
「っても受け売りなんだがな、相棒の。まあなかなか難しいよなあ……妙に説教ぽいし……」
「受け売りなんですね……」
苦笑が思わず浮かんだ。彼の言葉らしからぬ感じだったのでなんとなくそうだろうとは思っていたが。同時に、彼の中に染み付いた相棒の存在の大きさも感じ取れた。
「さ、て。聞いてもらって悪かったな。おかげで少しスッキリもした。明日も早いしそろそろ寝ようぜ」
「あ、はい。あの、ありがとうございました」
そうして横になった騎士の姿を見ながら、僕もいつか、なにかになれるだろうかと、思う。
「どうしたいかを感じ逃さない……か」
口に出してもまだ他人の言葉でしかないけれど。大事にしようとは、思えた。そうして僕も横になって、目を閉じる。ようやく、旅の一日目が終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます