第11話 誉れの騎士(8)

 パチパチとはぜる焚き火の炎を見つめながら、ヒルグラムさんは話しはじめた。


「俺が冒険者をはじめたのは十四のときだ。アイスレフには他に冒険者なんてやるやつ居なくてなあ、変な目で見られたが。ともかくオンボロの武器と鎧だけつけて冒険者はじめたんだよ。相棒とあったのはアイスレフを出てすぐくらいだな、十年くらい前か?」


 黙って聞きながら考える。アイスレフは北の僻地、人口も少なく冒険者が相手どるような生き物も少ない。依頼を受けたり戦利品を売って生計を立てる冒険者たちにとって、人も少なく危険もない土地は活動しにくい。それでも冒険者になった、というのには理由がありそうだが、とかく話の続きを聞くことにした。


「あいつは初めて会ったときは森で狼に囲まれててなあ。食われそうだったところを俺が割って入ったのさ」


「昔から強かったんですね……」


「いや?アイツを引っ捕まえてそのまま逃げた。とてもじゃないが戦えなかったし、怖かったからな」


あっけらかんと答える彼に、不思議と落胆は感じなかった。むしろ親近感すら覚える。


「んで、聞いたら同じ駆け出しだっていうんでな。近くの町まで逃げ延びて、そこで本格的に冒険者として活動しはじめたわけだ。あいつは魔術師で俺は剣士、バランス良かったしな。討伐に手を出すまでは結構時間かかったがそこそこ順調に、冒険者やってたわけさ」


「ヨルンドラコ討伐にいくまでは……?」


「ん、まあ、そうだな。ってもあれは、討伐に出たわけじゃねえんだがーー」


そこで彼は言葉を切って、しばし焚き火の燃える音だけが聞こえた。


「ヨルンドラコはな、俺のいた村に出たのさ。アイスレフにな」


 ガラ、と。組んであった薪が燃え崩れる。


「ヨルンドラコのことは知ってるか?」


「ーーはい。夜行性の大型竜種、大陸有数の危険生物。性格は獰猛で、火炎を吐き空を飛ぶ……」


「ああ、そうだ。そんなのが出たことのないアイスレフは、あっさり壊滅した。まあ、城塞だって壊滅させるやつだ、当たり前だな」


 乾いた笑いを浮かべた彼の後ろで静かに眠っているヒルドラコの背中を見る。積まれた荷物は袋に詰められた道具類が殆どで、家具らしきものは見当たらない。王都に配属になるのなら住居も用意されるだろうから必要ないのだろうと思っていたが、多分、あの荷物の中身はーー。


「じゃあ、ヒルグラムさんはそのヨルンドラコを追って……?」


「ああ、そうだ。ただの里帰りだったんだがな、一緒に来てた相棒とヤツを追った。山間に飛んだのは見れてたから、そう苦労せずに見つけ出せたよ」


 彼の声はゆっくりと、重くなる。先んじてその結末を知っているからこそ、僕も体がこわばるのを感じた。


「やつは雪山の谷間で巣を作ってた。体はそう、俺の三倍はあったか……昼間を狙ってな、二人で襲ったんだが……まるで歯が立たなかったよ。剣もすぐ歯溢れしてな、相棒の魔法だけがやつの鱗を貫通できた」


 崩れた焚き火を整えながら話を聞き続ける。聞き続けることしか、できない。


「そのまま押しきれればよかったが、やつもタフでな。戦いは長引いて、日が暮れた。日が落ちるとヨルンドラコは体に魔力を帯びるんだ。そうなりゃもう、魔法も効かない。無敵だったよ」


「じゃあ、どうやってーー」


 ヒルグラムさんは、転がっていた枝を薪に放り込んで、答えた。


「生き埋めだよ。谷を爆破して、ヤツごと生き埋めにした」


パチン、と音がして、枝が焔に巻かれて弾けた。


「あとは俺が、動けなくなったやつの魔力がなくなってから止めを刺した。そうして俺は見事、ヨルンドラコ討伐の勲章を得たわけだ」


「そんなーー」


 だって、それは。あんまりじゃないか。ヨルンドラコは日が落ちている限り無尽蔵に魔力を生む。その魔力が切れるのを待っていたということは、生き埋めになっている相棒を目の前にしながら一晩を過ごしたということで。


(正気の沙汰じゃないーー)


目の前の騎士の壮絶な過去は、僕にあまりに重すぎて。体の震えを止めることができなかった。

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