第10話 誉れの騎士(7)

 山頂での野営を決めてから大慌てで準備をした僕は、夕飯を摂る頃にはクタクタだった。テントの設営、焚き火起こし、夕飯の支度と走り回っている間、ヒルグラムさんは本当に一切手を出さなかった。割り切りのしっかりしている人だとは思ったがここまでとは。

 なんとか日が落ちきる前に夕飯の支度をはじめられてが、もう手の込んだものは作れそうになかった。


(まあ、下手に難しいもの作るよりいい、よね……)


 そう言い訳しながら、背嚢から缶詰を取り出して鍋に移し替える。少量水を足して、いくつかのスパイスとひき肉を加える。焚き火の上で沸騰するまで煮込んでやると周囲に香辛料とトマトの香りが広がった。


「ん、うまそうな匂いだ。なんの料理なんだ?」


「え、ああ、豆とトマトのスープです。簡単なのしか作れないので……」


 焚き火を囲んで座るヒルグラムさんが顔を上げる。テントの横で伏せて寝ていたヒルドラコものそりと頭を持ち上げた。

 スープを煮込む鍋の下で、火の中に直接炊き込み飯盒を並べる。あとはしばらく待つだけだ。


「出来上がりまでちょっとかかるので、少し待ってくださいね」


「ああ、わかった。お前もちょっと休憩だな」


 そういうとヒルグラムさんは僕に毛布を渡してくれる。焚き火の周りにいると気づかなかったが、だいぶ冷えてきた。ありがたく毛布を羽織ってヒルグラムさんの正面に腰掛けた。


「見事なもんだ。俺には到底できんな」


「え、そんなことは……。火起こしも遅かったし、道具の用意も足りてなくて……」


 首を横に振る。今日の僕の野営準備は到底褒められたものじゃなかった。今回ここまで用意できたのは日頃実家の宿屋でやらされていたあれこれが偶々役に立ったからで、それも手際のいいものではなかった。今考えるだけでも手順を間違えたと思えるところがいくつもある。


「はは、お前からしたらそうなのかもしれんがな。全くできん俺からしたら到底文句など言えんし、何が悪かったのかさっぱりだ」


「そんな、これくらい誰でもーー」


「とはよく聞くがな。生憎と本当に、俺はまるでできないんだ。火起こししようとしたら薪が吹っ飛んだし、料理は鍋に穴が空いたしな。家にいる妹にも、二度と手を出すなと言われた」


「え、それはーー」


 流石に絶句した。何をしたらそうなるのか。だが本当に不思議そうな顔をする彼を見るに、、嘘をついてるわけでも誇張してるわけでもなさそうだ。


(だとしたら手を出さなかったのは正解かも……)


「まあそんなわけなんでな、俺からすれば大助かりだったわけだ。お前は自分がなんにもできないと思ってるかもしれないが、結構器用に色々できるんじゃあないか?」


 そう言って笑うヒルグラムさんを見て、少しだけそうなのかもしれない、と自身が持てた。


「っと、鍋がだいぶいい音立ててるが大丈夫か?」


「え?あ、わわわ……!」


言われてみると、吹きこぼれそうなほど鍋の中身が沸騰していた。慌てて立ち上がって鍋に水を足したり焚き火を弱めたりと、再びてんてこ舞いになる。

 そんな様子をヒルグラムさんは楽しそうに笑ってみていた。





「ふう、食った食った。いやあ、思ったより満腹になっちまったな」


 豆のスープの最後のひとくちを飲み込むと、ヒルグラムさんは満足そうに空を仰いだ。鍋の中身はきれいに空になり、炊いた麦飯も残らず食べきっていた。ヒルドラコにも肉を除いてスープを与えてみたら、お椀一杯分しっかり食べきってくれた。


「お口にあったようで何よりでした。食べられなかったらどうしようかと……」


「いやあ、うまかった!一人で旅してたときはまともに食えなかったからな、旅の途中で食う飯がここまで美味いのは久しぶりだ!相方と冒険してた時依頼かな」


「相方、ですか?」


 首を傾げた。騎士が冒険、というのも聞いたことがないし、相方を連れるというのも聞いたことがない。だからつい口に出てしまった。


「ん、俺は騎士の家系でそうなったわけじゃないからな。今回の討伐成功があったから声をかけられて騎士になる、いわば成り上がりなんだよ。もとは冒険者だ」


「成り上がりなんてそんな。ヨルンドラコ討伐なんて滅多にないことですもん、声が掛かるのも納得です」


 僕の言葉にヒルグラムさんは、小さく首を振った。その横顔はひどく寂しそうで、僕に話をしながら僕のことを見てはいないようだった。


「いや、ヨルンドラコを討伐できたのは偶然だ。それも俺がしたことなんてのはほんのわずかで、殆どは俺の相棒の手柄なんだ」


「え、じゃあ相棒さんも騎士にーー」


「……死んだんだ。ヨルンドラコに殺された。生き残ったのは俺だけだ」


 言葉が出なくなった。無神経に興味本位で聞きすぎた。彼の顔を見ればただ事でないことはわかったろうに。


「す、すいません!僕無神経にーー」


「いいさ。どのみち騎士団にいけば何度も話すことになるだろうし。よかったら、聞いてくれないか。その時の話を」


そうしてヒルグラムさんは、ヨルンドラコ討伐の話をゆっくりとはじめた。

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