サキュバス、家族旅行時の父親のテンションにマジついていけない感じでした3

 まったく可愛げがない。目を瞑っての移動など本来お前らがやるべき愚行ではないか。それを逆に咎めるなど言語道断ではないか。子供らしからぬその姿勢はなんだ。




「あ、見て見てお兄ちゃん。このお店、なめろう定食やってるんだって。美味しそうだねぇ」


 

 ……



「ピカ太様、沖縄料理屋がございます。とうふようもございますよとうふようも」


 

 ……



 なめろうにとうふようだ? お前ら子供だろう!? そんな酒のアテみたいなもんに興味を示してんじゃねぇよ! 子供といったら三段重ねにした頭の悪そうなハンバーグとかハッタリきかせた無駄にデカイエビフライとか無暗に厚いステーキとかそういうもんに喜ぶだろ! ガード下の飲んだくれじゃねぇんだからさ! 戻せ! 本来の無邪気さと子供心を! お子様プレートについてくるおまけに歓喜する純粋さ持て!




「ねぇお兄ちゃん。今日のお昼はなめろう定食にしよ~~?」


「ピカ太様。とうふよう。とうふようでございます。とうふよういただきたくありませんか? いただきたいですね? なめろう定食をお召し上がりになって、デザートでとうふようをいただきましょう。あとチャンプルーとうみぶどうも」


「……駄目だ」


「え? なに? なんて? お兄ちゃんなんて?」


「よく聞こえませんでしたピカ太様。なんと仰ったんですか?」


「駄目! なめろう定食もとうふようも却下! 本日の昼食は洋食屋でなんか洒落たもん食べてやたらとテンション張ってくって決まってんだよ! 異論は認められねぇ!」


「え~~~~~~~~~~~? 洋食~~~~~~~~~~~~~~~~~? 私、新鮮なお魚にひと手間加えた職人の目利きと技が光るご飯が食べたいんだけど~~~~~~~~~~?」


「déçu.私、せっかくなので日本特有の物をいただきたいのですが……」


「だまらっしゃい! 洋食だって職人スキルを発揮して作ってるわ! それにコロッケとんかつオムライス等の料理は日本が発祥! 明治の風を感じる事ができる由緒正しい歴史的料理だ! 近代史の勉強と思って存分に味わえ!」


「え~~~~~~~~~~?」


「je ne comprends pas.屁理屈な気がします」


「いいんだよ! 今日のお昼ごはんは洋食! 夜は好きなもの食べさせてやるから! それでいいだろ!? な!?」



 これで折れろよお前ら! でないともう次にどうしていいか分からんからな俺は! 

 というかこれ普通は逆だからな! 本来は子供連中が「えぇ~~~~? 和食~~~~~~?」って不満気な顔をするところなんだからな! 



「……はぁ……いいよお兄ちゃん。飲んであげるよその条件。どうせ私達子供には経済的自由が与えられてないわけだし、財布を持っているお兄ちゃんに優先権がある事を認めなければならないんだから。あーあ。早く大人になって自由を手にしたいな~。そしたら遠慮せず好きなものを食べられるのに」


「同意見ですマリさん。世界で長く議論されていた子供の権利が徐々に浸透し始めてきているというのに、アジアの大国である日本には未だ理解が及んでいないようで、正直、私残念に思います。様々な技術や様式がガラパゴス化している島国故にその独自路線は尊重すべきとは存じますが、個人への人権意識を蔑ろにするような風潮は一刻も早く改善されていただきたいと、僭越ながら腐心いたします」





 ……


 ……耐えろ俺。


 ……


 ……なぁに、子供の言う事じゃないか。なんやかんや御託を並べているが、どうせ配信者か何かの受け売りに決まってる。なにせ、最近はとにかく権利だ自由だ平等だと盲目的に個人が尊重される時代。子供向けのチャンネルの中でもその流れを取り入れ扇動する輩もいるだろう。

 だが現実はそう理想通りにいかない。どこかで傷つく事もあれば一方的に尊厳を踏みにじられる経験もする。それが人生ってもんだ。

 無論そういった理不尽を肯定するわけではないが、必ず起こってしまう事象に対処の仕様などあるはずもない。webの海にカチカチと正論をタイプしたところで覆しようもないし対策にもならん。是非もない沙汰に吼えたところで好転するわけもなし。インフルエンサーと呼ばれる連中の大半は価値無き言葉を吐き出しているに過ぎないのだ。

 しかしマリとプランがそれを理解するのにあと十年は必要であるわけだからして、ここで諭すよりも黙って意見を聞きながら俺のやり方で進めていくのが正解に近い。幸いにして二人とも納得しているかどうかはともかく承諾はしてくれたのだから、これから先に経験する事に対してポジティブな思い出を作っていただきたい。それが今後の成長に繋がるのだから……!


 うーむ。昼食選びを含めた此度の旅行、失敗するわけにはいかなくなったぞ。大変だ。

 だがここで怯んではいけない! 明るい日本は俺の教育にかかっているのだ! というわけでいくぞお前ら! 準備はいいか!? これからの三泊四日! 全力でエンジョイ&エキサイティングしていくからなぁ!




「お兄ちゃ~~~~~~~~~~ん! ホテルこっちだよ~~~~~~~~~~~」


「ピカ太様。相変わらずのんびりされていらっしゃいますね」


「……」




 だから! 早いんだよお前ら! 子供が勝手に行動するんじゃねぇ! 煽げ! 大人の指示を!



「お兄ちゃ~~~~~~~~~~ん! まだ~~~~~~~~~~~~~~!?」


「まだでございますか~~~~~~~~~~~~~~ピカ太様~~~~~~~~~~~~」



 あぁもううっさい! 今行くよ今! 奥義! 社畜ダッシュ!



 ドン。





「あ、すみません……」


「……チッ!」





 また舌打ちだよ! 都会の奴はほんとクソだな!

 

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