サキュバス、世界の中心でアイを叫んだけものでした3

「もういいから出てけよお前。お呼びじゃねぇんだよ」


「まぁまぁそう言わず! せっかくお見舞いに来たんですから! 存分に甘えてもいいですよ! 私の胸の中で!」


「てめぇさっき既成事実がどうのこうのっつってたじぇねぇか」


「そうでしたっけ? まぁ昔の事は水に流して今を生きていきましょうよ。過去に捕らわれているとろくな人生歩めませんよ? 昨日の自分はもう他人! 明日の自分も似ているだれか! 今を生きる自分だけが自分と認識できるんです! 桜木花道も言っていました! ”俺は今なんだよ!”と!」


「桜木花道といえば、スラムダンクの新しい映画、声優変わると思う?」


「どうですかね。皆様現役ですけどメガネ君の中の人なんてもう七十代ですし、ホーチューさんも高校生は厳しいんじゃないでしょうか。セーラームーンも主人公以外は総入れ替えでしたし、スラムダンクもそうなるんじゃないですかね」


「一理ある」


「それに、変に継続して思い出を上書きするよりも、一新して新たなイメージで売り出した方が今後のためにも過去の自分のためにもなると思うんですよ。旧作を至上としてそれ以外を排斥するなんてのはよくないです。次世代の声優さん達によって作られる、新しいスラムダンクの可能性を感じたいと思いませんか? ビバ! ニュー花道! ビバ! ニュー流川! そしてカムヒァニューみっちゃん! ちなみにみっちゃんについては私の中で是非この人でっていう声優さんがいるんですけれど今はまだ内緒にしておきますね! 理由は解釈違いで戦争になりかねないから! カップリングとCV予想は血の雨が降るでぇ……」


「……」


「? どうしたんですかピカ太さん」


「……いや?」


「いや? じゃないんですよ。絶対何か考えてましたよね?」


「そんな事はないが?」


「嘘ですよ。だって考えてる時の顔してましたもん。絶対頭の中で思案を巡らせてましたって。私そういうの分かっちゃう」


「お前に俺の何が分かる」


「そんな追い詰められたライバルみたいなセリフ言っちゃう辺りもう駄目ですね~~~~~~~~~~ピカ太さ~~~~~~~~~~~~ん。確定! これはもうもんもんとしていたの確定です! さぁ早くゲロっちゃいましょうよ~~~~~~~~~~~~~~何考えてたんですか~~~~~~~~~~~~~~~~~? ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほら~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


「おいムー子、目、瞑って口あけてみ?」


「え?」


「早く」


「え? え? え? なんで? なんでですか? 何でそんな急にエロチックな想像が膨らむような行為を強制してくるんです? あ、まさかあれですか!? 身も心も傷ついてぼろぼろのところにタイミングよくやってきたこのミラクルオブザ美少女ムー子ちゃんの魅力に気が付いて欲情を抑えられなくなっちゃったって感じですかぁ!? いやぁそれならそうと早く言ってくださいよ~~~~~~~~~~~! こう見えても私サキュバスですからぁ!? どんなプレイにだってお応えできちゃいますよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~!? どんな内容がいいですかぁ~~~~~~~~~~~~~~~!? 今なら特別にアフターサービスもつけちゃいますからね~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」


「さっき言った通りでいいから早くしろって」


「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~? なんでもできちゃうんですよ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~? あんな陰鬱とした根暗少年が好みそうなのでいいんですかぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?」


「それでいい」


「んも~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~しょうがないにゃあ・・いいよ。じゃ、あ~~~~~~~~~~~~~~~~~ん……」


「……」










 えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終おさえつけていた。焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――酒を飲んだあとにふつかよいがあるように、酒を毎日飲んでいるとふつかよいに相当した時期がやって来る。それが来たのだ。

 梶井基次郎 檸檬より抜粋。









「……はい!」


「ムガァ!?」





 ゴス美が持ってきた林檎をムー子の口にダンク! そのまま頭部と顎を掴んで無理やり開閉! 喰らえ! 爆弾が如き林檎の口内暴力性を! 歯の根がイカれる音を聞け! 



「あがががががががががががあがががががががががががががががが!」


「うわ、ちょっとやりすぎたな。血まみれだし歯が抜けてる……グロい……」


「ばんばんべぶばびばばばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! びびうぼんばぼぼびべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! びびばばんばびべぶべぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「はは。何言ってるのか全然分かんねぇ」


「ばばいぼぼばばびべぶぼぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」





 ……





 ……ムー子の言う通り、実のところ少し考えていた。

 お母さんやピチウ。もう一人の俺と、俺自身について。


 これまで過去に捕らわれていて、なんとなく心の奥がモヤっとしていたが、親父の一件があってようやく一歩、踏み出せたような気がする。まだまだやらなきゃいけない事はあるが、新しい明日に向かって生きていける今を、嬉しいと感じられたのだ。こういうものをきっと幸福と呼ぶのだろう。それに気付けた事は、俺の人生の中で大変得難いものであったと実感できる。



 しかし、しかしだ。




「べべべべべべべべべべべべべべべべべべ! あ、治ってぎだ。もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉピカ太さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!? なんなんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 歯を抜いてヌキやすくするつもりだったんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? ちょっとレベル高すぎませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!?」





 その起因がこいつとの会話という点が、最低だ。

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