サキュバス、世界の中心でアイを叫んだけものでした2

「ちょっとちょっと! なんで黙るの!? 怖いんだけど!」


「……お前、センサー働かせてねぇの?」


「え?」


「ほら、ハンタの円みたいなやつ」


「あぁ、お父さんとの一件で大分消費しちゃったから、今セーフモードなんだ」


「ちょっと使ってみ? 分かるから」


「うん……うん? ピカお兄ちゃんが二人? という事は、そこの少年の方は……」


「そういう事だよ」


「えぇ!? 嘘! なんで!? どうしてそうなったの!?」


「……」


「まぁ詳しくは俺も知らないんだが、ともかく俺ともう一人の俺は晴れて分離したというわけだ」


「ふぅん。異心同体なんて不便過ぎるからよかったと思うけど……なんか急な展開で上手く呑み込めないなぁ…実tん」


「まぁ、それも含めて積もる話もあるだろうから、茶でも飲んでゆっくりしていけよ。もう一人の俺も帰るなんて言わずに」


「……」


「え? ピカお兄ちゃん帰るの? なんで? お茶、ご馳走になろうよ」


「ほら、ピチウもこう言っている事だし」


「生憎だが俺は……」


「え~~~~~? なんで~~~~~~~~~? これまでずっと会えなかったんだよ~~~~~~~~~~?」


「……お前、俺が何したか覚えてないのか? お前を殺そうとしたんだぞ?」


「……」


「それだけじゃない。俺はまだお前を殺したいと思っている。今は制御できているが、長く一緒にいれば必ずお前にとって害ある存在となるだろう。だから話をする気もないし二度と会う事もない。どこかで出くわしても知らないふりをしろ。自分のためにな」


「……大丈夫だよ」


「大丈夫じゃねぇよ。危険しかねぇ」


「大丈夫」


「……話し聞いてんのかてめぇ」


「大丈夫だよピカお兄ちゃん。だって、ピカお兄ちゃんは、私のお兄ちゃんなんだもん」


「……」


「ピカお兄ちゃん、私を助けてくれたでしょう? だから、大丈夫なんだよ」


「……」


「確かにまだちょっと怖いし、男の人と二人になるのも無理だけど、少しずつ慣れていってる気がするんだ。だから、大丈夫。私もいつまでも子供じゃないし、弱くない。だから、ピカお兄ちゃんもいつまでも昔の事に囚われないで、これからを生きていこうよ」


「……お前を殺すかもしれないんだぞ?」


「その時は、もう一人のピカお兄ちゃんが守ってくれるよ。ね?」


「……善処する」



 守れるかどうかは知らんが、説得くらいはまぁやってやる。



「楽観的過ぎるな。付き合ってられん。やはり俺は帰る」


「そんな事言わずに、素直にお茶をお飲みになっていってくださいよピカ次さん」


「そうだよピカお兄ちゃん。ね? お願い」


「……」


「ねぇねぇねぇ! お願いお願いお願い!」


「うるさいな……」


「お願いお願いお願いお願いお願いお願い!」


「……」


「お願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願いお願い!」


「……分かったよ。飲んでいってやるよ」


「やったぁ! さすがお兄ちゃん! ありがとう! じゃ、一緒に居間に行こ! ね! 皆にも紹介するから!」


「あ、おい! 引っ張るな!」


「まぁまぁ! マリちゃ~~~~~ん! プランちゃ~~~~~ん! 新しいお友達だよ~~~~~~~~~~……」




 ……




 ……行ってしまった。

 うぅむ、お願いされると断れない性格はてっきりお母さんにかけられた呪縛かと思っていたが、こりゃ元の人格起因だな。いやまさか、俺があんなに押しに弱いとは……分からんもんだなぁ……




「もう一人のピカ太さん、なんだか毒気が抜けたようでしたね」


「……そうだな。雨降って地固まるじゃないが、今回の件でなんやかんやいい方向に進んだのかもしれん。お母さんが見たらブチギレてこの辺り一片を破壊してしまうかもしれんが」


「……お義母様も、大分悩んでいらっしゃったようですよ」


「悩んでいた? なにを」


「もう一人のピカ太さんの事ですよ。ピカ太さんのお父様が仰っていたように、自分は自分の子供を認めてあげられなかった。向き合う事ができなかったって、大分悔やんでいらっしゃいました……」


「へぇ……」


「あ、これ、内緒ですよ?」


「あぁ……」


 ……そうだな。普段気丈に振る舞ってはいるが、どこか弱い部分があるんだよなあの人。特に対しては冷たいようでいて、一番考えていてくれているんだ。それを忘れちゃいかんな。


 ……身体治ったら、一回会いに行くか。




「あ、それと、今度あったら術の基礎から叩き込むと仰っていました。せいぜい頑張ってください」



 前言撤回。しばらく帰省はなし。



「さて、じゃあ私はピチウさんとピカ次さんにお茶を出しに参りますので、少し待っていてください。戻ってきたら果物剥いたげますから」


「あぁ、お構いなく。食べたくなったら自分で剥いて食べるよ」


「ピカ太さん」


「あ?」



 バシーン!



「痛ってぇ!」


「そんな様で強がりはおよしになってください。私が看病してあげますから、それまではどうぞごゆっくり。では……」



 ……



 なにも叩く事ないだろ……まったく怪我人をなんだと思ってやがるんだゴス美の奴……

 でもまぁ、考えようによっては何もしない時間ってのもいいもんかもしれん。今まではなけなしの余暇をどう有意義に使おうかと必死になってプラモ作ったりアニメ観たり酒飲んだりしていたが、こうしてゆっくり過ごすってのも必要だな。怪我こそしているが、たまにはなにもしないという贅沢を味わうのも一興。うん。なんだか前向きになってきた。であれば、どれ。ゴス美が戻るまで、転寝でもしてやるとするか…… 






 ……


 …………


 ………………


 …………

 

 ………






「ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ……」



 ……



「カァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ……」


 ……


「太ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 ……


「さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……」



 ……



「元気ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」



「うるせぇ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ身体が痛てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


「なんて事するんですかピカ太さん! いきなり両目潰しにかかるなんて普通しませんよ!」


「うるせぇムー子! てめぇこそ何しにきやがった! ぶち殺すぞ!」


「なにって、寝込みを襲ってオープンユアハートを解除しようとしただけですが?」


「お前マジで殺すぞ」


「おやおやぁ? 随分威勢がいいですねぇ? 布団の中にいる分際でぇ? 殺すとか言っちゃってますけどピカ太さぁん? いつもなら初手で確殺でしたよねぇ? それがヌルいサミングで終わっちゃう辺り大分ダメージ残ってるんじゃないですかぁ? そんなんで本当に私のセクシャルバイオレンスに抗えるんですかぁ? えぇ~~~~?」


「……」




 ……俺は今日ほど、自分を不甲斐ないと思った日はない。

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