サキュバス、親父にもぶたれた事ありませんでした10
「例の術をかけたら少し効き目が強すぎてしまってね。仕方ないから効果を薄くしたら今度は感情の高低差によってメンタルが落ち込んでしまったというわけですよ」
「……専務。どうしてパワーを抑えなかったんですか?」
「力の調節は苦手なんです。いやぁ営業時代、ターゲットを廃人にしてしまった事を思い出しましたね。人間というのは脆弱なものです。実にやりにくい」
「その時も私がフォローしましたが、覚えていらっしゃいますか?」
「あぁそうでしたっけ? 申し訳ないのですが記憶にないですね。ですが、過去に経験済みなのであれば話が早い。後はお任せしました」
「かしこまりました……はい。ピカ太さん。大丈夫ですか? 私が分かりますか?」
「あぁ? 課長か……放っておいてくれ。俺はこれから精神的に死に、もう一人の俺と同化するんだ。無になり、二度と表に出る事なく、意識の残骸として漂流するだけの存在になるんだ……何も考えなくていいって素敵だよね。畜生どうして人間は考えなくてはならないのか。知恵の実を喰ったアダムとイブは本当に愚かな事をしたよ。あぁ……これが原罪の罰か……」
「しっかりしてください。罪だの罰だのといった概念は人類有史から誕生した概念であり生きていくうえでのルールとペナルティなわけですから、生まれもって罪を背負う人間など存在しません」
「あぁ……人間は善から悪に染まっていくという性善説ね……」
「というより罪も罰も行動によって決定されるものですから、思想的な罰罪なんてものは実質ないに等しいと思いますよ。要はやらなきゃセーフです」
「うーん唯物論的な合理思想。そこまで割り切れない俺はやはり駄目な奴だよ……生涯目に見えない概念や思想に囚われ苦しみながら生きてきた……だがそれも終わり……今この場で死んで楽に……」
「はぁ……いいですかピカ太さん。ピカ太さんは今、術の影響で一時的にナーバスになっているだけです。今から私が治療しますから安心してください」
「いいよ……俺の事なんか……見て見ぬふりをして、消えたら記憶からも排除してくれ」
「はいはい。今からちょっと脳に直接リラックスする嗅覚と聴覚の感覚送りますよ~~~~はい。送りました~~~~~気分はどうですか~~~~~~~~~?」
「……」
「あ、入り込んでますね。今流しているのはショパン作曲、練習曲作品十の三。日本では別れの曲の愛称で知られておりますね。芳香は複数のハーブをブレンドした私特性のリラックスアロマとなっており、香りだけで毛布に包まれたような安堵を得られます。いかかですか?」
「……」
「はい、大丈夫なようですから、このまま術をかけていきますね。先ほどは専務の強力な魔力なせいでメンタルがジェットコースターのように上下したと思いますが、段々と整えていきますのでご心配なく。いいですかぁピカ太さん。貴方の不安は開けてない箱の中を恐れているのと同じです。見てもないのに恐ろしいという先入観に縛られています。それらは固定概念や経験則といった過去のデータでしかありません。これから先の行動はまた違った結果になるでしょう。貴方はこれから起こる事に対して、悲観する事も楽観する事もないのです。ただやるべき事をやり、発生した結果を受け入れるだけ。そこにどのような不安がありましょうか。駄目だったらもう一度別の箱を開ければいいだけです。何度も何度も箱を開けていきましょう。そうして残ったものが貴方になるのです。行動により、ピカ太さんの存在が色濃く、強くなっていくのです。さぁ、箱を開けていきましょう。行動しましょう。恐れる事もなく楽観する事もなく箱を開けていくのです。残ったものが貴方になります。箱の中身を作るのは貴方です。そうして生きていくのです。貴方が、貴方が生きていくのです。さぁ、箱を開けましょう。恐れる事も楽観する事もなく、箱を開けましょう……」
「……うぅ」
「大丈夫ですか? どうですか?」
「だ、大丈夫だ……落ち着いてきた……」
「それはよかったです。ご気分は?」
「悪い夢から覚めたような感覚がある……夢だと分かっていながら尾を引いていて、明確じゃない罪悪感とか負い目みたいなものがこびりついているような……」
「じき忘れますので大丈夫です。立ち直れそうですか?」
「あぁ、多分いけるだろう……安定している……しかし、人間ってあんなにも変わるものなのか……」
「感情の生物ですからね。思考も思案も全ては感情です。その辺りを知らないから利用される人間も多いんですよね。どれだけ思慮深い男だって少し揺さぶってやれば一気に獣ですよ獣。えぇ」
「それが人間のサガか……」
人の心に付け込むってモロ悪魔だよな。俺もやられないように気を付けよ。
「上手くいったようですね鳥栖さん。ありがとうございます。助かりました」
「お役に立てたようで何よりです」
「ゴス美さん。ありがとうございます。なんとお礼を言っていいのやら」
「そんなお義理母様。できる事をしたまでです」
……気苦労が絶えないなぁゴス美も。
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