サキュバス、アルパチーノとロバートデニーロの不仲説を聞いて思わずオレンジを口に含みました9

 しかし今更「嘘でしたー!」とも言えんし、ここは一旦正直に話すとしよう。 



「なんか阿賀ヘルが家にいたんだよ。朝方、台所に行ったら朝食の準備をしていたんだ」


「ほぉ? それで、二人で仲良くモーニングタイムと? ははーん? 料理が作ってあるのに手をつけていなかったというのはつまりそういう事? 羨ましいですねぇ! 人が寝坊している間に秘事とかー!? 昔のVシネ、いや、ピンクポルノ的なアダルト展開ですねーー!」


「人の話しを最後まで聞け……」


「話しーーー? いったいどのようなお話しがーーー!? 二人してちちくりあった情事の一部始終を聞かせてくれるんですかーー!? へぇーー! それは是非とも耳に入れておきたくーー!?」



「……」



 ……ムー子もそうだがなんでこいつらはすぐ自分の世界で物事を完結するんだ。もっと他者の声に耳を傾け、多角的な視点で物事を見てほしい。



「冗談はさておき、鉢合わせて、その後どうなったんですか?」



 絶対冗談じゃなかっただろお前……



「そこから少し質問をした。この家にいる奴らが眠っているのはお前のせいかとか、なんでここにいるのかとか、赤味噌派か白味噌派か八丁味噌派か。八丁味噌の八丁ってなんなのかとか。日本国民は法の下に平等であるとか……」


「ちょっと待ってください。色々詳しく伺いたいんですがまず、なんですかその後半の部分。え? ピカ太さん、不法侵入者と会話していたんですよね?」


「そうだが?」


「そうだが? じゃないんですよ? え? なんでちょっとした知り合いみたいな軽快なトークかましてるんですか? 意味分からないんですけど」


「そこは俺も反省している」



 多分まだ酒が残っていたんだ。許してくれ。



「ピカ太さんって、たまに途方もなく無意味な言動を選択しますよね? その内身を滅ぼしますよ?」


「心に留めておくが……ともかく、阿賀ヘルとは朝、そんな感じの話をした。それが事実だ。仕方がない」


「……まぁいいでしょう。今回は緊急の事ですのである程度のおふざけには目を瞑りましょう」



 助かる。いや、俺も自分自身でそう選択はなくね? って思ってたから、追及されても答えられないんだ。すまんな。



「では肝心な部分を。まず、あのクソ女が私達を眠らせたかどうかという点なんですが、奴は肯定したんですか?」


「あぁ。気配を遮断して何やら術を使ったらしい」


「ピチウさんのテリトリーを掻い潜って?」


「気配遮断は必須スキルだそうだ」


「……ふぅん」


「なんだ? どうした?」


「いえ、確かに気配を断つ手段はありますが、ここまで誰にも気づかれずにやって来るなんて事が可能なのかなと」


「そんなに難しいのか? 完全に気配を消すのって」


「感知されないようにするのはそこまでの難度ではないんですけれど、その気になればキロ範囲で相手の位置を正確に把握できるピチウさんの警戒網を掻い潜れるものでしょうか? 例え本人を察知できなかったとしても、物理的に消えたわけじゃないんだから周りに干渉はするはずでしょう。その不自然さに気付かないとは思えないんですよね」


「なんか、未熟だから分かんなかったんだろうって言っていたが……」


「俄かには信じられませんね。仮にピチウさんが未熟だとしても、何かしらの兆候は感じ取れるのでは? それに、私も小範囲であれば不審者を探知できるのですが、そこに引っかからなかったという事はそれなりに離れた場所から眠らせる術を使ったのでしょう。遠距離から、それも家一つ分程度の範囲を対象にした術を悟られずに使うって、かなりの練度ですよ? それこそ日本に一人いるかいないかくらいの」



 確かにそうだ。歩けば音もなるし、小石を蹴飛ばす事もあるだろう。体温や吐く息で環境は変わるし、動く事によって埃も舞う。阿賀ヘル自身、熟練者であればそこに気が付くと言っていたが、ピチウは日本トップクラスであるお母さんの補助をやるレベルの実力者。一人前とは言わずとも、高い能力水準であるのは間違いない。そのレベルの人間が、果たして察知できないものだろうか。



「……逆に、納得のいく理由があるとしたら、どんな事があげられる?」


「それは……」



 口ごもるかゴス美。そうだな。多分、俺もお前の立場なら軽々に口には出せないと思う。

 だが今はそんな場合じゃない。



「言えよ課長。この際つまらん遠慮はなしだ」


「……ピチウさんが、故意に見逃した。とか」


「そうだな。俺もそう思う」



 そう。ゴス美の話を聞くと、それ以外に考えられん。考えられんが、しかし……



「仮にそうだとしたら、なぜピチウさんはそんな事をしたんでしょうか」


「そこだよなぁ。まぁ一応、お互い知らない顔じゃないらしいが……」


「……え?」


「ん?」


「ちょ、ちょっと待ってください? 知ってるんですかピチウさん。あのクソ女の事」


「あれ? 言ってなかったっけ? なんか、実家とかにもたまに顔出してるんだってさ」


「……」


「なんだよ」


「……それって、ますます怪しくありません?」


「なんで?」


「いや、だって、ピチウさんは阿賀ヘルの事知っているんですよね? であれば、事前に連絡をとって、二人で計画を練るというのも不可能じゃないかなと」


「……言われてみれば確かにそうだが、でもそれはないんじゃないか? あの女、やたらとピチウを俺に殺させようとしてきたし」



 それも意図したものかもしれんが……考えはたくない。



「う~ん……関係性が不明確でどうしても表面的な憶測しかできないのですが、そもそも、なんのためにやって来たんですか? あのクソ女」


「あぁ、それは……」


「それは?」


「……」


「……? ピカ太さん?」


「いや、まぁ……ところで、他の奴らはまだ寝てるのかな? そろそろ起こした方がよくない?」


「……ピカ太さん」


「うん?」


「この期に及んで、隠し事なんてなしですよ?」


「……」


「そもそも、話した方がリスクを軽減できる可能性があると思ったから、私に打ち明けたんじゃないんですか?」


「……」



 その通り。その通りなんだがゴス美よ。ちょっと、その、なんというか……



「あのぉ……大変難しい問題というか、非常にセンシティブというか、プライバシーに関する内容になっているので、ちょっと口にするのが幅られるというか……」


「ピカ太さん」


「はい?」


「今この場で私に自白の術なり薬なりで無理やり喋らされるか、ご自分でお話になるか。どちらがいいですか?」


「……自分で話します」

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