サキュバス、諸行無常の響きを奏でました20

「それにしても暑いですねピカ太さん。ちょっとそこのベンチで休みませんか?」


「俺は一刻も早くバーガーを腹に入れたいんだが」


「まぁまぁそういわず……あ、おあつらえ向きに自動販売機がありますよ? そこでコーヒーでも一杯かましたったらえんじゃないですか?」


「空っ腹にカフェインはちょっと……会社では日常茶飯事だが、休日にまで自律神経と胃を痛めつけたくないな」


「ピカ太さん、職場だと退くほどコーヒー飲んでるらしいですね」


「誰に聞いたんだそれは」


「マリちゃんです。なんか、たまに授業サボって幽体離脱してるらしいですよ」



 なんて奴だ。今度説教だな。まぁ俺も小学校の授業なんざまともに聞いた覚えがないが。あ、そうだ。そもそも記憶がないんだった。



「さ、そんな事より一休みしましょう! いぇーい! 右端とーーーーーーーっぴ! ここは定位置! 我が城なり!」



「一夜城より貧相な造りの城だな……それより、お前何飲むんだ?」


「え? 貸していただけるんですか?」


「ジュースくらい奢ってやるよ……」



 別にそこまで施してやる義理は皆無だが、一人だけ飲むというのも気が引ける。百二十円で後ろめたさや気まずい思いが回避できるなら安いもんだ。あぁ、なんて小心者なんだろうか俺は。



「……え?」


「あ?」



 なんだその反応は。



「あの、奢っていただけるんですか?」


「だからそう言ってるだろ」


「えぇ~~~~~~いや、なんか……でへへ」



 気持ち悪いな。やめろよその笑い方。



「そもそもお前、人にバーガー奢らせようとしている最中だろ今。今更ジュース一本くらいなんだというんだ」


「だって、バーガーは私は頼んだ結果じゃないですか。でもジュースはピカ太さんが自主的に奢ってくれるわけでしょ? そこには大きな違いがありますよ」


「ふぅん。なんか気持ち悪いから奢るのやめるわ」


「ちょ、ちょっと! 嘘でしょ!? 一度差し出した手を引っ込めるとか悪魔的所業! 許されざる暴挙ですよ!」


「うるさいな……お前が変な事言うからだろ……」


「変とか~~~~~~~~~~~私の精一杯の気持ちを変とか言っちゃう~~~~~~~~~~~~~~~ほぉ~~~~~~~~~~~~~こやつ~~~~~~~~~~~いいんですか~~~~~~~~~~~~~~? ここで奢らないと私が脱水症状で死ぬかもしれないんですよ~~~~~~~~~~~~~~そうなったらきっと良心の呵責に恐れますよ~~~~~~~~~~~~? よろしくて~~~~~~~~~~~~~~~~?」


「お前はそこで渇いてゆけ」


「なまはげ扱いしないでくださいよ~~~~~~~~~~~~ほら~~~~~~~~~~~ジュースジュース~~~~~~~~~~~~~~~ジュースを奢ってください~~~~~~~~~~~~~」



 なんという厚かましさ。だがまぁ、さっきの気持ち悪い感じよりは幾らかマシか。これくらいクソの方が後腐れがなくて付き合いやすい。



 ……なにを考えてんだ俺は。

 こんな奴と付き合いやすくてたまるか。よく見ろ。カスクズゴミの三拍子揃ってるじゃないか。そんな馬鹿と交流を持つとか断じて許せん。心を許してはならぬぞ俺よ。



「じゃ、私コーラで! あ、ペットじゃなくて缶ですよ缶! いやぁコーラはやっぱり缶から飲むのが美味しいんですよ。素人は瓶が一番なんて言いますけどね。私は断言します。そんな奴は雰囲気に踊らされているだけのクソ野郎だってね。あぁいう奴らはCMとかでメリケンのガキとかサンタクロースが瓶持って飲んでるの見て憧れているだけなんです。コンプレックスを拗らせているに過ぎません。高度経済成長の影響を未だに引きずるエコノミックアニマルは依然としてアメリカへの強い幻想を抱いているんですよね。言うなれば、コーラではなく情報を飲んでいるといっても過言ではないでしょう。然るに私は、そうした人間へのアンチテーゼとして……」



 ピ。ガコン。



「はい。缶カレー」


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? 話し聞いてましたかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「あ、すまん。興味ないから全然聞いてなかった」


「聞いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? ちゃんと私のコーラ愛を聞いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? あとカレーじゃ喉潤わないんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


「まぁインド人になったと思って」


「インド人だって喉が渇いたらカレー以外の飲み物で潤しますよ! だいたいですねぇ!? こんな自販機で売ってるような雑魚カレーが美味しいわけ……え? なんですかこれ? 蓋を開けたらめっちゃスパイシー……」



 本当だ。こっちまで香ってくるカレー臭。空腹なせいかめっちゃ美味しそうに感じる。



「あ、これ美味しい。美味しいですよピカ太さん! これは思わぬヒット商品と出会ってしまいました! え~~~これ、うま……ちょ、今度通販で買お……」


「そこまで言われたら俺も気になるな……あ……」


「? どうかしたんですか?」


「……売り切れだ」



 なんとタイミングが悪い。なんか、昨日から上手くいかないなぁ。

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