サキュバス、諸行無常の響きを奏でました5

 交わしちまったもんは仕方ないか! 切り替えてこ! でも古今東西、絶対に破らないであろう約束を反故にしちゃうなんて物語も多分にあるから用心だけはしとこうか。この手の話はSFCの学校の階段を思い出すな。詳細はもう忘れちゃったんだけど、天井から首が生えてきて「この話は絶対にするな」って釘刺されるの。で、主人公がなんか結婚して配偶者と何気ない時間を過ごしている時、「なんか隠してない?」みたいな会話の流れになって、口を滑らせちゃってお陀仏なんてオチ。一応直前に話さないっていう選択肢も出てくるんだけどドラクエ方式なんよな。どんだけ選んでも「またまたぁ」みたいな感じでループすんの。馬鹿かって。こっちは微塵も漏らす気ねぇんだよ! 鉄の意思で喋くらない事を決めてんだよ! それを無理やり開かせるとかおま……馬鹿かぁ!? どんだけ選んでも連打しても結局ルールを破らざるを得ないシステムは卑怯だと思いますね俺は。もしかしたらゴス美の契約もそんな罠が仕掛けられているんじゃないかと思わなくはないが、馬鹿の考え休むに似たりなのでもうやめよう。めんどくさい。俺の時間は未来に起こるかもしれないリスクについてあれこれ考えている暇などないのだ! 今! 今を精一杯生きるのが限界! というわけでやるべき事をちゃっちゃっとやっていこう。さて、ムー子の馬鹿を起こしに……




 ドンガラガッシャン。




 物音。

 というより騒音。なんだ朝っぱらから何事だ? なんか俺の部屋から聞こえてきたが不審者でも入り込んだか? 入り込んでてくれねぇかなぁそしたら関節技決め放題のボーナスタイムに突入するのに。やっぱり関節外す時の音と感触は堪らねぇよなぁ。サーガマスクみたいに「人間の関節の数は二百六十ある。弱点だらけなんだよ」みたいなセリフ吐きながらズタボロにしてぇ。


 というわけで、はい。自室へ入室。賊はどこだ! 殺さない程度にぶっ殺してやる!





「あ……」


「……お前、なにしてんの?」



 ムー子。テメェ俺の部屋で何してやがんだ。




「あ、あ、すみません。あの、ちょっと借りていた漫画をお返ししに……」



 なんか妙に余所余所しいな。ぜったいこいつなんかやったろ。完全にさっきの騒音の犯人じゃん。



「漫画? あぁ、ドラゴンボール完全版全巻セットか。いいよ別に。古本屋で安くなってたから買っただけだし。やるよ」


「そうですか……ありがとうございます……」


「で、なにやらかしたんだ?」


「え?」


「なにやったんだって聞いてんだよ。さっきすげー音したけど、お前だろ」


「えぇ~~~? そんな音しましたか~~~~~~? 全然聞こえませんでした~~~~~気のせいじゃないっすかねぇ~~~~~~?」


「正直に言えば、温情を与えてやるが?」


「……すみません……実は……」



 なんだ? 手を出してきて……あ、俺のマークツー(ティターンズカラー)がラストシューティングみたいになってる……関節が完全にいかれて再起不能……ひでぇ事しやがる。



「……なんで?」


「その……漫画を返そうとした時に誤って……」


「ふぅん」



 ……嘘は吐いていない気がする。悪魔だし本当のところはどうかは知らんが、もし悪意があってやった場合、こいつなら間違いなく開き直るか自身の正当性を主張してくる。ので、恐らく破壊したこと自体は故意ではなくあくまで偶発的な事故なのだろう。



「す、すみませんピカ太さん……本当にすみません……本当にわざとじゃないんです……指の一本や二本は覚悟しておりますので、どうかそれ以上の折檻はご勘弁を……」


「……ま、いいや、課長が朝食作ってるから早く食べに行ってこいよ」


「……え?」


「早く朝食を摂ってこいって言ってんだよ。早くしろよ。また怒られるぞ」


「え? あの、え? かけないんですか? ダブルリストロックとか、雪崩式飛びつき腕ひしぎ十字固めとか……」



 どう考えても指二本じゃすまないだろその技。



「お前が喰らいたいってんならやってやるが」


「い、嫌です! 痛いのはいやぁ……」


「悲痛な声をあげるのはやめろ」



 近隣住民に聞かれたら絶対に誤解されるから本当にやめろそういうの。ただでさえご近所の方々に不審がられてんだぞ。考えてみれば若い(ように見える)女が三人と子供二人なひなた壮みたいな状況。変な噂が立たぬわけなく、この家はご近所さんが集う井戸端会議の格好のネタになってんだよ。この前たまたま、「ウチの主人がねぇ、輝さんのところが羨ましいなんて言うんですよ。若い子に囲まれてって」「あそこ、小さい子もいるのに大丈夫なんですかねぇ」「分からないですけど、あのお子さん、学校では人気あるみたいですよ」「へぇ。いじめとかなくてよかったですねぇ」「そうですねぇ。ここの学区じゃ上手くいかなかったかもしれないですけど」「え? 遠くへ通ってるんですか?」「えぇ。わざわざ区を跨いで通ってるんですって。きっと、色々事情があるんでしょうね」「へぇ」なんて話が耳に入ってきてしまって俺は戦慄し、そして自覚したよ。あ、ちゃんとしなきゃってな! 故に悪目立つするような真似はマジで控えろよお前。



「じゃあ、ご飯行ってきますけど……本当に本当に大丈夫なんですか?」


「いいからさっさと散れ。俺は今から積みプラモを組むんだから邪魔するな」


「は、はい。では……」



 ……出ていったか。

 さ、ようやく一人の時間だ。プラモプラモ……あ、痛って! なんか踏んだ! なんだ!? マークツーの顔! ムー子あいつ! 片付けてけや!

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