サキュバス、諸行無常の響きを奏でました4
「まぁ話は分かった。課長は俺が文句を言う場を作るためわざと嫌がらせじみた行動をしたわけだな。そこにまで考え至らず、結果として無視するような真似をしてすまんかった。課長の様子については確かに違和をひしひしと感じており、心の中に疑念は巣食っていた。それを正直に伝えず、逃げるようにして触れなかった事については対話という極めて社会的な行為への背信であり、良好な関係性を求める努力を怠ったと言わざるを得ない。全ては俺の不徳とするところで、完全なる落ち度。今更遅いかもしれんが、改めて謝る。いや申し訳ない。どうか気を取り直していただけないか」
決まった。
完璧すぎる謝罪の姿勢。仰々しくありながらフランク。誠心誠意の謝意とツヨツヨな交友関係と信頼度があなたとの間には築かれていますよというアピールが十分に表現された内容。これは間違いなく「いえいえこちらこそすみませんでした」となる案件。馬鹿めゴス美め。俺の謝罪力を侮ったな? こちとら万年クライアントに平謝り重ねとんじゃい! 年季が違うよ年季がぁ!
「で、ピカ太さんは私が何に怒っているのか、お分かりなんですか?」
「……え?」
「私が何に対して怒ってんのかって分かってのかって」
あ、これは予想外。怒り収まらず、丸め込めず。こちらの都合など知ったこっちゃないといった具合の問い詰め。考えてみればそうか。ゴス美は企業戦士中間管理職。修羅場の数では俺の比ではないだろう。くそ、侮っていたのは俺の方だったか。しゃあない。話し合い継続。
「俺が逃げたからじゃねーの?」
他に思いつかねーしとりあえずこちらの思った事をそのまま言っとこう。下手に考えて妙な事を口走ったりしたらそれこそ火に油だからな。まぁ、存外素直に対応した方が傷は浅く……
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(クソデカため息)」
え? 駄目? 俺の素直な気持ち完全に効果なし?
「ピカ太さん。それはもういいんですよ。その件に関しては私が強引過ぎたという点もありますし、お互い様です。別にもう気にしていません」
お互い様て。どう考えても強姦未遂しでかしたお前の方が悪いだろう。大丈夫? ポケット六法読む?
「……何か言いたげですね?」
あ、読心勘弁。
「いやぁ……」
「いやぁ……じゃないんですよピカ太さん。これは話し合いですよ? 言いたい事言わなきゃ意味ないじゃないですか。殺しますよ?」
「すまん……」
「すまんじゃなく。言いたい事言えって言ってるんですよ私は。分かりますか? 分かりますよねピカ太さんなら」
うっわめっちゃ詰めてくるやん。怖。なんか最近会社で対応してる案件思い出すわ。先方担当の人理系出身だから滅茶苦茶ロジックと具体性を求めてくるんだよな。こっちは感覚でやってるし、なんなら適当にやっていい感じで仕上げてるのに全部根拠とデータと履歴求めてくるんだから嫌になっちまうよ。是非とも他社へ移管されてはと申し上げたいが中々そうもいかないのが雇われの辛いところ。悲しいけどこれ、お仕事なのよね。
「いや、逃げた事じゃないならなんなのかなって」
ともあれここはひとまず本音は回避。「この強姦未遂野郎が!」なんて非難しようものならどうなるか分かったもんじゃないからな。
「……本当に分かりませんか?」
「分からんな。他に落ち度はないように思うが」
「そこまで仰るのであれば教えてあげます。私はね。女に興味ないと吹聴しながらちゃっかりどこの馬の骨とも知れない女と食事の約束など取り付けている事に対して大変な不信感を抱いているんですよ」
そんなんお前に関係ないやろ。
と、言ってやりたいがこれも無理なので断念。命は惜しい。
「俺だって別に好き好んで参加するわけじゃねーよ」
「だったら参加しなければいいじゃないですか」
「課長よ。俺にだって付き合いはあるのだ。お前なら分かるだろう」
「分かりませんね。私はプライベートで嫌な事はしない主義なので」
あ、公私でメリハリあるタイプ。仕事できる人間ってそういうタイプ多いよなぁ。
でも納得させなきゃいけないんだよなぁ。面倒だなぁ。どうしよっかなぁ……
……よし。
もはや俺の一存ではどうにもならんという事を説明していく作戦でいこう。
「……課長。この食事会、もう走り出してしまっていて今更ご破算なんて事にはできんのだ。既に同僚に誘いもかけているし、店も抑えている(俺が予約したわけじゃないんだけど)。ここまできて”やっぱり無理でーす”なんてのは通らないのだ。そも、誘った同僚はこの食事会を条件に仕事を引き受けてもらっている。反故にはできんよ」
そうなんだよなぁ。もう不破付さん誘っちゃってるし、もはやキャンセル不可能なんだよなぁ。そりゃ俺だって行きたくないけどさぁ。仕方ないんだよ。分かってくれよゴス美さんよぉ……
「……」
「……ピカ太、本当に、下心ないんですか?」
「あってたまるかそんなもん」
本当にあってたまるかそんなもん。
「……いいでしょう。では、条件があります」
「条件?」
「絶対に一線を越えない事。これを約束していただけるのであれば、私はピカ太さんを許し、食事会の参加を容認いたします。しかし、もし破れば……」
「破れば?」
「ピカ太さんの人生を、貰います」
「……」
物騒だし、そもそもそんな決定権がお前にあるのか? 別に超える気サラサラねぇからいいんだけどさ。なんか釈然としねぇなぁ……
「分かった。約束しよう」
でもまぁ面倒だからいいや。これで落着としよう。
「よかった。これで、仲直りですね」
「……あぁ」
別に喧嘩してたわけじゃないんだが。
「じゃこれで解散という事で……あ、すみませんムー子の馬鹿起こしてきてもらっていいですか? ちゃんとご飯食べさせないとあの馬鹿一日一食お菓子だけで過ごすとかいうカスみたいな事するので」
「あぁ分かった」
なんだかんだで面倒見はいいよなこいつ。
「それと」
「?」
「悪魔との契約は、絶対ですからね?」
「……」
「じゃあ、よろしくお願いします」
「……」
破る気はないが、安易に契約を結んじまってよかったのかなぁ……
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