サキュバス、狙ってる男の妹と同居しました21

 などと積もる憎しみに心を濁している場合ではない。ここがまどかマギカの世界であればとっくに魔女化して社畜たちの夜ブラックナイトを演出していただろうがどっこい現実。怒りの炎は社会という大海に消え虚しく燻るばかりなのである。

 そんな無意味な情念に駆られている暇があったらしっかりと地に足付けて生きていくのが正解。考えても無駄な事は考えない方がいい。さぁそんな事より着いたぞバックヤード……すごい! 綺麗に片付いてる! 丸が数十分でやってくれました! まぁ損害は出したくないだろうから死ぬ気で運搬するだろうな。しかし元あった商品などはどこやったんだろう。



「……お兄ちゃん。気をつけて。いるよ」



 物騒な注意喚起に冷や汗。陳列前の物品に気を取られている場合ではなかった。

 ピチウの言う通り確かにいる。空になったバックヤードに蠢く歪み。禍々しいという程ではないが、この世ならざる異様な空気。なんかメガテンやってる時の雰囲気に似てるなこれ。というか、建物移動して幽霊退治するってやってる事まんまメガテンだよね。果たして俺は今LawかChaosかNeutralか。できる事なら世界崩壊なんて事にはなってほしくないもんだ。

 ところで「メガテンなに好きー?」って質問に対し「偽典」と答える奴を信用できないのは俺だけだろうか。だってそいつ絶対「あ、自分知ってる側の人間ですから」っていうクソみたいな自尊心満たすために言ってるだろ。実際面白いらしいけどね偽典。


 そんな場合じゃない! 幽霊だ! 目の前に幽霊がいるのだ! 神聖攻撃も核熱攻撃もできない以上俺は黙して見守るだけだが緊張するよねこの状態! お、歪みが大きくなっていくぞ!? とるか人型形態! 



「……まったく、人を散々追いかけ回して、いったい何の用があるっていうのかしら。ホント失礼しちゃうわぁ……」



 ……は?


 響き渡るボイス。良くいえば中性的。悪く言えば男性的なキイの高さ。極めつけはわざとらしい女口調。どうしよう。ここから導き出される答えは分かっているはずなのに脳が拒む。



「……よし……っと。まったく、人魂ってのは窮屈ね」



「……」


 幽霊の正体見たりデカマッチョ。


 やだぁ……絶対ややこしいタイプの人じゃんこいつ……どうしよう……突っ込んだ方がいいのかな……いや、面倒だからちょっと触れずにいこうここは。もうあえての無視。それがいいよそれが。もう全部知らないふりして普通に会話していこう? な、ピチウ?




「あ、オカマ? オカマの幽霊? あなた?」



 バカ~~~~~~~! なんで言っちゃうの~~~~~~~~? ほん……本当にもう! バカ! 



「えぇそうですけれども? なに? オカマじゃ悪いっての?」


「え? いや、そんな事はないんですけれど、珍しいなと……」


「まぁ失礼。アナタ、幽霊ひとを珍獣かなんかと勘違いしてるんじゃない? おあいにく様ですけどね! 私はワラビーでもウォンバットでもタスマニアンデビルでもないんですからね!」



 微妙に愛嬌のあるやつばかり選んでやがるな……



「そんな事思ってないですよぉ。でもちょっと、体格がゴリラに似ているとは思いました」


「……」



 なんで? なんでお前はそうやって踏み込んだ右ストレートを躊躇なく浴びせていくの? ジミー・シスファーなの? 



「……アンタいい根性してるじゃない。最近じゃ、LGBTQ+の人権認知が叫ばれていて、迂闊にオカマを弄れなくなってるってのに」


「あ、そうなんですね。ありがとうございま~す」


「褒めてんじゃないのよ! 決して褒めてるわけじゃないのよアンタ!」



 ……緊張感がねぇなこいつら。やっぱり放っておいても大丈夫なんじゃないか? なんだか気が抜けちまって喉渇いたな。お、丁度自販機あるじゃん。ジュースでも飲んで一服するとしよう。よっこいしょ……



「ちょっと! アンタもアンタでコーラ買おうとしてんじゃないわよ! QR決済でお得にポイントまで貯めようとして!」



 駄目だったか。しかしお前昨今の情勢に詳しいな。いつ死んだんだよ。



「はぁ~~~もうなんなのアンタ達? 人が傷心で死んで、未練たらたらで幽霊になっちゃって、それでも他人様に迷惑をかけないよう慎ましく死んでたってのに急に追っかけてきて……おまけにこの態度。ちょっと失礼過ぎるんじゃないかしら? まったくどういう教育受けてきたのか……親の顔を見てみたいってもんよ」



 見せてやってもいいが、多分お前はその瞬間ニフラムでお陀仏だぞ?



「もう散々……追いかけ回されるの今日で三回目よ? そんな事ある? まったくあのジャリども、人を見るなり”あ、幽霊の人だ!”だなんて叫んじゃっても~~~~~う面倒くさいったら! 私はねぇ! 子供は嫌いなのよ! いっつもいっつもうるさいわオカマだと分かったら目をキラッキラさせてからかってくるわ……もうね! なんなの!? オカマは生きる価値なしだっていいたいわけ! 皆平等に股から産まれ出てきたってのにちょっと性的マイノリティなだけで差別と偏見に満ち溢れた対応をとられるんだから! その筆頭が子供! 子供なの! あいつらまぁよくもまぁ……あぁウザいわぁ~~~~~もうなんなのかしらねあいつら。軒並みくたばってくれないかしら。あぁなんか思い出しただけで腹が立ってくるわぁ~~~~~ちょっとお酒ないかしら。飲まなきゃやってらんないわよ!」



 死してなおこれだけ愚痴を言えるのは大したもんだけど全然悲愴感ないな。

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