サキュバス、一肌脱ぎました14

 分からんものをいつまでも考えていても無益だ。切り替えていこう。今日はそういう日。さっさと居酒屋へ行って酒を飲んで、帰宅したらHI-ν拝んで寝て、明日朝一で組み立て。これで決定。楽しみだなぁ現代技術の力でよりヒロイックになった姿を早く見たいなぁ……そういえや塗装どのレベルで必要なんだろう。後で調べよ。


 さぁそんな事を考えているともう駅に着いたぞ。電車に乗ろう電車に。




「ピカ太さん。飲むのこの辺じゃないんですか?」


「そりゃお前、こっから家まで一時間かかるんだぞ? 酔った状態で帰るのは面倒だし、そもそも危険だ、近場がいいよ近場が」



 ここまで言って気が付く。そうだ。俺は土羅さん宅を知らない。

 ……ふむ。向こうの都合もあるし、こちらの都合でコロコロと場所を変えるのも具合が悪いかもしれんからそれとなく聞いてみるか。だが、ド直球に「お前の家教えろよメーン(?)」なんて言った日にはまた過呼吸発作が起きかねん。言葉を選び、慎重に事を運ぶ必要があるが……そうだな。「土羅さんは大丈夫ですか? どうせなら、中間くらいの場所で飲みますか? その方がお互い遠慮なしにのめるでしょうし」

 うん。そう。これ。これだ。こんな感じでいこう。ところで喋る内容をシミュレートすると上手くいかない事が多いんだけどこの現象って名前ついてんのかな。俺の中ではラインハルトの求婚って呼んでんだけど、ま、そんな事はどうでもいいだろう。では早速、土羅さんに伺うとするか。



「あの、土羅さんは……」


「メーシャちゃん家どこだっけー? もしよかったらうち泊まってくー? ピカ太さんもいるよー?」



 馬鹿! お前本当に学習しないな! そんな事言ったらまた……



「本当ですか? じゃあ、いざとなったらお願いしちゃおうかしら?」



 ……おや? 発作が起きないな。これまでのパターンだと、行動範囲に男が入り込む余地が生じた時点でアウトだった気がするが、慣れたか?



「よぉぉぉぉぉぉぉぉぉし! そうと決まれば今日は朝まで! 朝まで飲みますよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 二軒三軒とは言わず! 五軒六軒といきましょう!」


 

 潰れてゴス美にしばかれる未来が見える。

 それはいいとして、万が一泊まる可能性があるなら許可取っておかないとな。一応連絡だけ入れておくか。スマフォ準備。メッセージアプリ起動。え~っと……ゴス美ゴス美……あったあった。よし。”今日、飲んでから帰る。遅くなるかも。人泊めるかもしれん。すまんがよろしく”っと。



 スーポン。


 スーポン。



 お、もう返事がきた。さすがに早いな。なになに?


 了解です。ところでそこにムー子はいますか? あの馬鹿、特急でノルマ分の動画よこしてきたのはいいんですが、幾つか差し替えなきゃいけないんですよ。



 ふぅん。なるほど。本来であれば容赦なしに"今隣にいるから電話すれば出ると思うよ"と、無慈悲にチクるところだが……




「ガンプラ面白かったですねぇ。企画の件、本当に考えてみようかな」


「いいと思うよ! そうだ! それなら、今度は二人で来ようよ!」


「いいですね! そしたら、店長さんも一緒に飲みに行きましょう!」


「おー! ナイスなアイディア? 的なぁ? いいね! 行こう行こう!」



 ……




 電話帳。ゴス美。タップ。



 トゥトゥトゥ……トゥルルル……ッ。



「はい。もしもしゴス美です」


「あ、課長? 元気?」


「普通です」



 そうだろうな。お前は体調聞かれたらそう答えるタイプだろうな。別にどうでもいいんだけど。



「悪くないならいいや。ところでムー子の事なんだけど……」


「ムー子。そうですムー子です。あの馬鹿、近くにいますか? いますよね? だってしますもの。気配が。馬鹿の気配は離れていても分かんです。そう。私にはね。で、今あの馬鹿はどんな馬鹿な事してるんですか? 土手を使ってボルダリングですか? 用水路で水泳ですか? 野良猫に靴下履かせて困らせる遊びですか? 知ってますかピカ太さん。これ、全部、今まであの馬鹿がやってきた馬鹿な行いなんですよ。ねぇ? 馬鹿でしょ? 馬鹿が馬鹿やって馬鹿な目に遭って……あっはっは! ケッサク! 絶倒! 報復で絶倒! これは笑えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぼけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! あの馬鹿ほんと! ほんとに馬鹿! 仕事を上げるのはいいけど修正処理できるようにしとけって何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 殺す!」



 うーわめっちゃ怒ってる……切り出しづらい……だが……








「私! ムー子さんに相談してよかったです!」


「えへへ? そう?」



 ……



 いや、言おう。ここは言っておこう。それが人の道だ。

 ……なんで俺がムー子のためこんな事……いや、違う。土羅さんのため。土羅さんのためだ。



「あの、すまんゴス美、その、ムー子の事なんだが」


「はい、なんですか? あ、殺した際に汚れないかどうかご心配ですか? 大丈夫です。勿論跡後は残しません。キレイにスマートに地獄の責め苦を与えます。知っていますかピカ太さん。骨を折っても肉を潰しても、血の出ない方法があるんですよ」


「あの、そうではななくてだな」


「そうではない? では、何が問題ですか? 臭いですか? 声ですか? 存在ですか? 大丈夫です大丈夫です任せてください。私は一つも貴方を不満にさせません。完璧完全に、影のようにムー子を苛めて殺し続けます。ですから大丈夫です。大丈夫なんです。大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫DIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIEDIE」



 全然大丈夫じゃないんだわ。恐ろしさしか感じないんだわ。

 えぇ~~~~~やだなぁ~~~~~話し通じるのかこいつ~~~~~~~~~はばかられる~~~~~~意思相通がはばかられる~~~~~~~~~~が、一応駄目元で頼んでみよう。駄目だったら……一旦実家に帰るか……




「あの、今日はムー子を自由にさせておいてやってほしいんだが、駄目だろうか?」


「……」



 言った! 言ったぞ俺! 金メダル級のナイス勇気! これは完全にブイモンがフレイドラモンに進化しますわ。燃え上がる勇気でナックルファイアですわ。

 して、どうだ!? どう出るゴス美!? 




「……」


「……」


「……」


「……」



 沈黙が怖い! やだ~~~~切りたい~~~~~電話切りたい~~~~~




「……分かりました」


「え?」


「……分かりました。と、言ったんです。期日にはまだ余裕があるし、今回はよしとしましょう。何があったか知りませんが、ピカ太さんに免じて大目に見ます」


「お、本当か?」



 よかった! 通じた! さすがゴス美話が分かる! 信じていたぞ俺は!



「ただ、なるべく早めに帰ってきてくださいね? 今日は……」



 デケデケデケデケデケデケデケデケデケデケデケデデデン。



 あ、発射メロディー。この曲ちょっと好きなんだよなっと。

 じゃない! 乗り遅れる! 

 


「あ、すまん。電車が出る。一旦切るぞ課長」


「あ、ちょっとピカ太さ……」



 なんか言いかけてたなゴス美、今日は……なんだ? 何かあったか? 後で掛けなおす……のも面倒だな。しゃあない。ムー子は朝までと言っていたが、いい感じの頃合いで宴もたけなわなとしよう。

 

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