サキュバス、白球を追いました14

 文句をいっても始まらん。ともかくやれるだけの事をやるしかない。欲を出せばこの回、まぐれが重なって一点でも取ってくれれば後は逃げ切るだけなんだが……



 ットラーイ! バッアーウ! チェン-ジ!



 駄目だったか。まぁあのスライダーは並の人間が打てるボールじゃない。正攻法で攻略できない以上は、やはりプランの配球データを基にヤマを張って攻めるしかないか。



「お兄ちゃん。チェンジだよ!」


「え? あぁ。うん。そうだな。確かマリはショートだったな。頑張れよ」


「何言ってるの? お兄ちゃんも守るんだよ? はい戦番号、毒田君と同じ三番ね? 安ピンでつけたげる」


「は?」


「は? じゃないよ。交代したんだからちゃんと守備もやらないと」


「えー……しんどいなぁ……毒田君どこやってたの?」


「サード」


「無理」



 ホットスポットじゃねーか。未経験者が守れるかそんなとこ。



「大丈夫大丈夫。なんとかなるって」


「なんとかなってたまるか。おいプラン。お前からも言ってやってくれ」


「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」


「ほら! なんか分かんないけど頑張ってって言ってるじゃん!」


「絶対言ってない。お前ら葉隠読んだ事あるのか? 目的のために死ねって言葉じゃないぞそれ」



 かくいう俺も覚悟のススメとWikipediaに書いてあるくらいの知識しかないんだが。



「しかしピカ太様。ピカ太様がやらねば誰も守れないんです」


「そうだよお兄ちゃん。みんながお兄ちゃんのプレーを待ってるんだよ?」



「……重いんだよな。グレートって慕われてると……責任感ってのが……」


「お兄ちゃん……男でしょ?」


「……まぁな!」


「はい! じゃ、行こうね! 背番号つけたからね! 早く早く!」


 


 流されるまま結局三塁手として守備についてしまった。というかお前、よく考えたら三番サード背番号三て。恐れ多いわ。毒田君よくあのメンタリティでやってこれたな。まぁ俺も所謂一つの世代じゃないという感じだし詳しくもないからどれだけ偉大かよく知らんのだが。



 サーシマッテイコー!



 ……始まった。バッターは右打席。うわぁ思ったより近いなこれ。いくら小学生でも打球の速度は馬鹿にならんぞ。せめて下位打線からならよかったんだが、五番かぁ……油断できないなぁ。こっちきてもせめて三遊間でお願いしたいところだが……



 カキーン!



 ! 三塁線! こっちきた! やばい! と、とれな……い事もない。なんだ? なんだかボールがスローに見えるぞ? あぁそうか。ムー子のバフ効果で身体能力上がってるんだった。なるほど。さしずめ今の俺はミギーと半分一体化した新一のようなものか。なんだなんだ。それなら楽勝じゃん。よーしここはパパっと処理してお子様達の夢を壊さないよう尽力し痛ぇ。



「捕ってない捕ってない! ランナー行けるよ!」



 しまった。余裕かまし過ぎた。ボールは見えるのに身体の操作が上手くいかん。やっぱりフィジカルだけ強くなっても動かし方分かってないと駄目だな。



「ドンマイドンマーイ! 逸らさなかっただけいいですよグレート!」 


「グレードは打撃で貢献よろしくおなしゃっす!」



 ……励ましの言葉が逆に痛い。くそう。いっそ貶してくれた方がまだ楽だ。



「ひゃーっはっはっは! なんだい今のプレイぃうわぁ! どんくさMAXのクソ守備じゃなあないですかぁ! いったいどういう生活してたらそんな恥ずかしアクション起こせるんですかぁねぇゲッヒャッヒャ!」


 そうそう……そんな風に……


「このもやし野郎! 普段は散々息巻いてるくせにこういう時は無様だな! スポーツ経験もない陰キャ野郎め! 帰ってドラッキーの草やきうでもやってろ!」


「……」


「ムー子さん! ちょっと控えてください! ここのルールでそういう汚い野次を飛ばすのは禁止なんです!」


「うるせぇ! こちとらこれまで散々虚仮にされてきたんじゃ! この機会を逃さずしていつ馬鹿にしろってんだあぁん!」


「ムー子さんが普段から普通にしていればグレートだって優しくしてくれますって!」


「知るかそんな正論! わたしゃねぇ! ありのままの自分でしか生きてられないんだよ! 建前!? 付き合い!? わっかんない! ぜんぜんわっかんない! 国内最北端! 稚内! 私はねぇ! 好きなように生きて好きなように死ぬ! それだけ! ただそれだけなの! よってルールなんぞはどうでもいいんじゃ! 傾くなら傾き通す! それが私! 傾奇者 島ムー子の生き方よ! 文句あっか!」


「それはじゃただの腫物になっちゃいますよムー子さん!」



 小学生に咎められてる……あいつはもう駄目だな色々と。ちょっと今後の付き合いを考えなきゃいけないレベルだ。まぁ、それはそれとして後で殺すが。



「お兄ちゃんドンマイ。あぁいうのは気にしないで切り替えていこう」


「あぁすまんな。次はうまくやるよ」


「大丈夫。お兄ちゃんは動かなくていいから」


「え?」


「そのまま定位置にいてくれればいいから。後は私が何とかするから。ね?」


「……うん」


「じゃ、頑張ろうね!」


「……」



 ショックだ。暗に戦力外通告を受けてしまった。なんともはや情けない。いや、こんな辱めを受けてしょげかえっていられるか。かくなるうえは自爆覚悟で突貫し、否が応でもアウトを取ってチームに貢献せねばなるまい。ホップステップ玉砕覚悟。俺の屍を礎とし、勝利の栄光を君に!



 カキーン!



 打った! よし! おあつらえ向きにまたこっちきた! おのれ! さては穴と思って狙ってきたな!? よかろう! ではその浅はかな考えが間違っていると! その身をもって教えてしんぜ……




 ギュイン! バシュ! 


 アーウ!




 ……マジかよ。




「すげーぜベーブ! 定位置から三塁線にダッシュで間に合うってどんだけだよ!」


「いやはやベーブが味方でよかった」


「さすがベーブ! 俺達のベーブ!」


 ……




「言ったでしょお兄ちゃん。お兄ちゃんは動かなくていいって」


「……」




 なんだろう。「メスガキに分からせられた」っていう単語が頭に浮かぶな。というかお前、人前で本気出すなよ……

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