サキュバス、犬とロリがやってきました12

 とはいえ俺もムー子を笑えないな。さすがに常識や良識は人並みにある(と、思う)が、何分こういう店は初めて。礼儀作法や流儀など皆目分からん。なんぞやらかして恥をかく事も十分考えられるし、少しばかり緊張してしまう。いや、そういえば昔お母さんに連れられて行ったような記憶が……おかしいなぁあまり思い出せん。まぁ子供の頃の記憶など不鮮明であるに決まっていんだが、なんかちょっと違うというか、靄がかかったような感覚なんだよなぁ……なんだろうかこれ。あ! いかん! 過去の事なんか考えるからまた中学の頃の記憶が蘇ってきた! キェエェェェェェェェェェェェ! 沈まれ俺の海馬! 忌まわしき中学生の頃の俺よ! 死ね! 滅びのバーストストリーム!



「ピカ太さん、難しいお顔をされてますが、大丈夫ですか?」


「あ? あぁ大丈夫だ」


「本当に大丈夫ですか? 車内でもなにやら考え事をしていらっしゃるようでしたが……」


「……まぁ、ちょっとな」




 心配かけてすまんな。こればっかりは仕方ないんだ。お前もあるだろう? シャンプーしてるときや食器洗いしてる時、ふいに記憶が蘇って「aaaaaaaaaaaaaaaa!!」ってなる時が。それはもう仕方ない。止めようのない人間の生理機能だ。今はもうそんな事は忘れて、食事を楽しむとしよう。




「さ、こちらでございます。お飲み物はどうなさいますか?」


「日本酒をお任せで……あ、専務はワインの方がよろしいですか?」


「いやぁ? せっかくだからジャパニーズSAKEをいただこうかなぁ?」


「かしこまりました。では、酒を四本……」


「あ、私シャンディぃぃぃぃぃん……」



 殺気で黙らせたぞ。凄いなゴス美。というか、一杯目からカクテルは足並み揃わなくなるから止めろ。頼むならウーロン茶かソフトドリンク。これ基本。まぁ、そもそもこの店にそんなメニューあるのかどうか疑問だが。



「マリとプランちゃん。貴女達はどうする?」


「私お茶がいいかな。あったかいやつ」


「マリさんに同意いたします。私も厚い日本茶を飲みたいです」


 

 最近の子供はませてるな。俺の頃なんか……いや、もう過去を振り返るのをやめよう。自分で自分に精神攻撃なんてしていてもしょうがない。今の俺は今! 過去の俺は過去! はい終了!



「では、日本酒四本とお茶を二つでお願いいたします」


「かしこまりました。では、食膳に一杯。お凌ぎと向付までで一本ずつ。八寸からまた別のものに変えて一本ずつ持ってまいります」


「はい。それでよろしくお願いします」


「ありがとうございます。順次お持ちいたしますので、ごゆるりと」




 ……注文するだけでも一苦労だな。これが会社の宴会だったら「チンカチンカのルービー一本! 人数分で! 大至急ね!」で済むのに。まぁそれもそれで善し悪しなんだが。



「いやぁいい雰囲気の店だねぇ鳥栖さん。さすが、できる人間は店選びのセンスもいいねぇ」


「恐れ入ります。ところで専務。一つ伺ってもよろしいでしょうか」


「なんだい?」


「今回は、私にどういったご用件が……」


「言っただろう? 君が心配になって見に来って。ログみるとオープンユアハートの使用履歴も残っていたから、どうなったのかなって」



 ログ取られてるんかい。大変だなサキュバスも。



「ご心配おかけしましたこと、誠に申し訳ございません。その点に尽きましては報告書がございますので、お目を通していただきたく……また、それとは別に、大変恐れながら専務じきじきにお見えになるという事は何かしらご用向きがあるのかと、至らぬながらに推察いたしまして、失礼ながらご質問いたした次第でございます」



 メールの文章みたいな台詞だな。字直接こんな事言わなきゃいけない立場ってのは大変だなぁ。俺なら絶対にやりたくない。



「うぅん。いいねぇこういう会話。腹の探り合いしながら喋ってると、仕事してる! って感じになるねぇ。好きだなぁ僕。こういう雰囲気」


「……」


 ゴス美めっちゃ汗かいてる。きっと凄いプレッシャーの中で胃をキリキリさせているに違いない。お疲れ様です。



「なんてね。冗談だよ。なに、君の推察通り確かに用件はあるんだが、簡単な事さ。そんなに緊張せず、肩の力を抜いてくれ給えよぉ。ほら、リラックスリラックス」


「……」


 パワハラ上等の上司に「リィラァックスゥしていいぞぉ?」なんて言われてもでっきるわきゃねーだろぉ!? という心の声が聞こえてきそうだ。俺だったら秒でぶん殴るか帰る自信がある。




「……あのぉピカ太さん」


「あ? なんだムー子ボソボソと」


「さっきから課長とデ・シャン、なんの話をしているんですか?」


「何ってお前、仕事の話だよ」


「なんであの二人が? どういう関係なんです?」


「そりゃあお前、上司と部下の関係だよ。デシャンは専務だそうだ」


「……え? え? ちょ、ちょっと状況が呑み込めな……え? うっそ? それマジぃ?」


「マジらしいぞ。そうでなけりゃ課長があんな風に下手に出るもんか」


「確かにおかしいとは思っていましたが……というか、ちょっと待ってください。課長の上司って事は、私の上司の上司って事ですよね? って事は、私の上司も同然って事じゃないですか?」


「なんだその、我が師の師は我が師も同然みたいな論調は。同然どころか、直属じゃないだけで普通に上司だろ」


「あのぉ……私、めっちゃ呼び捨てにしてたんですがぁ……」


「してたな」


「めっちゃバンバン叩いちゃってたんですがぁ……」


「叩いてたな」


「あと、魔界村プレイ中、コントローラー引っこ抜いたりしてたんですがぁ……」


「ファミコンはコントローラー本体と繋がってんだろ」


「あ、私のニューファミコンなんですよ」


「ふぅん」


「で、どうですかね?」


「何が?」


「いやぁ、これって、もしかして、クビになるんじゃないかなって」


「……ムー子」


「はい」


「ニートになっても住民税は払わないといけないからな?」


「……おのれ税務署……総理官邸を……潰す……!」


 総理官邸潰しても税金がなくなるわけじゃないだろうが、それはそれは面白そうなのでちょっと見て見たい。その時は是非も「今から一時間後首相をブチ殺しにいくぜ。愚地独歩です……」と、電話してほしいもんだ。

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