サキュバス、歌っちゃいました14

 反乱の火蓋は切って落とされた。もはや誰も俺達を止める事はできない。衛府亥よ。お前の春は今日で終わりだ。残りの人生ツンドラ地帯で過ごすがいい。はっはっはっはっは! ……さて、伊佐さんの所へ戻ろう。




「お待たせしました」


「もう大丈夫ですか?」


「はい。すみません。こいつが緊張しだしたって言うもので……」


「ド緊張失礼しました! 掌にぶちスライム書いて食べたら落ち着きました!」



 スライムが自分より弱い存在を夢見た結果生まれてしまったぶちスライム。それを喰ったところで大した経験値にもならんだろうが、ストレス解消くらいにはなるかもしれん。



「そうですか。では打ち合わせに行きましょう。そちらの角を曲がってしばらく歩けば楽屋があります。ユーバス・咲さんは一番奥の部屋ですので、そこで待機していただけると」


「かしこま! ユーバス・咲! 待機上等!」


 よく分からん日本語だがまぁいい。後は打ち合わせして終わりって、なんだ? 


「伊佐さん、手、どうしたんですか?」


 伊佐さんの右拳から血が出ているぞ。何が起こった。


「あぁ、これですか? いえね、待ってる途中にデカい蚊がいたんで潰したらこんなんなっちゃいました。あははははははははははは」


 ん?


「いや、でも、めっちゃ怪我して……」


「ははははははははははははははは」


「なんか、壁でも殴ったような感じで傷が……」


「はははははははははははははははははっはははh」


「……」


「ははははははははははははははははは」


「……」


「じゃ、行きましょう」


「はい」


 怖いからもういいや。しかし、この人もストレス溜まってんだろうなぁ。そういえば思い出したけど、会議の時衛府亥にスゲーウザ絡みされてたんだよな。さっきは大人の対応でフォローしてたが、実際のところどうなんだろうな。機会があれば本音を伺ってみたいものだ。まぁ、今日のやらかしで二度と顔を合わせる事はなくなると思うが。あ、そうするとこの人も責任取らされるな。いやぁそれを忘れてた。すまんな伊佐さん。後で土下座するから許してくれ。



 そんなこんなで会議室到着。



「失礼します」



 入室。会釈。着席。話し合い。衛府亥への殺意確認よし。解散。




「では、本番までは自由にしていただいて結構です。先ほどの打ち合わせ通り、各Vチューバーの方はそれぞれの楽屋に併設されてる収録スペースで参加してただきますので、付き添っていただいてもいいですし、我々と一緒にAブースで確認していただいてもかまいません」


「そうですか。なら、少し散歩してきますね。一人になって少し気分を落ち着けたいので」


「分かりました。では、後ほど」


「はーい」



 ……行ったな? よし。

 即座に行動早歩き。しるべすは逃走経路(地図とグーグルアースで下調べ済み)。楽屋から全力ダッシュし非常階段。そこから三階に渡って踊り場の窓を跨ぎ足場を辿って直進。段々となっている屋根などを使って下り裏門へ着陸。後は再び全力ダッシュで公道へ出て、待機させてあるタクシーに乗り込み駅へGO! 明日の出勤が怖くなるようなエスケープ成功ってわけ。最高にクールな作戦に背筋が凍るぜ! よし! テストプレイだ! 非常階段の鍵は開場済み! 窓も開く! 足場も十分! トントントンと障害物をクリア! アスファルトの大地を踏みしめコンプリート! 問題なし! 逃げ切り確定! ん? なんだ? 人影? あ、伊佐さんじゃないか。どうしたんだいったい。



「……す……す……す」


 ……なんかブツブツ言いながら木殴ってる。怖。大丈夫かあの人。




「殺す。あいつ、絶対殺す。ふざけやがって。ブチころ確定。死後も裁きに遭う」




 不穏なワードが風に乗って聞こえてきた。

 うーんこれはまずい感じのメンタリティ。色々と闇が深い。どうしよう。どうしようもない。よし、何もなかった事にしよう。何も見なかったし聞かなかった。俺は経路が無事に機能している事を確認してスタジオ併設の喫茶店へ入った。ただそれだけ。それで終わり。いいね?


 さ、そうと決まれば早速引き返そう。コーヒー飲もうコーヒー。

 あ、そうだ思い出した。経過連絡しないといけないんだった。スマフォタップ。電話帳、上長上長……


 パポポ。パポポ。プン……トゥルルルルル。トゥルルルルルル。


「はいもしもし」


「あ、もしもし。輝です。打ち合わせ終わりました」


「そう。お疲れ様。どうだった?」



 口調が滑らかだ。飲んでるな? もう受話器から酒臭さが漂ってきている。



「特に問題ありませんね。衛府亥さんがうるさかった事くらいです」


「あの人はまぁ……ただ、あんなんでもお得意様だから、適当に持ち上げといてよ。はいはい。凄い凄いって言っておけば気がすむから」


「そうですね。そうします」



 あーしまった。思ってみればこれあれだ。下手したら上長にも影響出るやつだ。すまん。後で謝るから許してほしい。あ、そんな事より、一応確認とっておこう。



「衛府亥さんといえば、昨日の飲み屋で言ってた事って本当なんですか?」


「昨日?」


「ほら、横領とかセクハラとか……」


「あぁ……ま、あの人と同じ部署にいる知り合いが言ってたから間違いないよ。証拠もあるし。それに、君にもデータを送っただろう」


「いやぁ、動機づけを強めたくて。そういう事してる人って思えば、何があっても哀れみの眼で見れて溜飲が下がるかなと」


「そうかい? まぁいいんだけどね。くれぐれも内密に頼むよ?」


「無論です。信じてください」


「はいはい。ところで今夜なんだけど一ぱ……」


 タップして終了。昨日も一緒に飲んだのだ。連日は勘弁してくれ。それに信頼を裏切るような真似をするから、多分俺の顔なんか見たくなくなると思うぞ上長。でもね。




 あんたのリーク情報は、有効に使わせてもらうよ。


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