サキュバス、受肉の手伝いをする事になりました5

 とっくに陽が沈んだ街をテクテクのテク。一杯二百十円の安いコーヒーを求めて三十分の徒歩移動。まぁ散歩と思えば悪いもんではない。ただ帰りは電車を使おう。行きはよいよい帰りは怖い。帰路というのはなんとなしに気怠いものなのである。

 しかし結構暗いなこの辺。事故物件おれんちの近くだからか? いっそ町ぐるみでホラー企画でもやればいいのにな。AR仕込んで、リアル呪怨! 一家怪死事件の起きた呪いの館を見てみよう! とか面白そうなのに。そうだ。それで一旗揚げれば四億くらいチョイチョイのチョイじゃないか? ついでに事故物件に住んでる人間としてテレビとか出て本とか出せばそれなりの金が入る気がする! おっと一気にイージーモード突入! いけるやん!



 ……やめよう。不毛だ。


 皮算用はよくない。一旦現実へとカムバック。

 しかしまったくなんだ。世の中金、金、金と嫌になる。金がなければ人間一人まともに生きられないというのはおかしな話だ。人類が未だ次のステージに進めないのは資本の鎖に繋がれているからではないだろうか。いや、そうに決まっている。おのれブルジョワ。こうなれば革命を起こし日本の社会構造を本格的に変えてくれる。学生運動ならぬ底辺労働者運動だ。資本家と政治家の血で海を作り、そこへ紙幣と硬貨を投げつけて東京ティーパーティーを起こしてやろう。そして日本は国民一人一人が共同体となり互いが互いのために生きる素晴らしき村社会へと発展して……ん?


 馬鹿な妄想をしていると女がこちらに向かって駆けてくる。え? なにこれ怖。都市伝説か何かの類か? 絶対鎌持ってマッハで追いかけてきたりする口が裂けてるやつじゃん。どうしよ、関節技効くかな。とりあえずあれだ、忌避する言葉を投げておこう。


「こんばんは」


「ポマード! ポマード! ポマード!」


「……はい?」


 っ! 効かんか! どうする!? あとはべっこう飴を投げるとそれにつられている間に逃げられるらしいが生憎とそんなもの持っていない! 万事休す! いったいどうすれば……

 ……なんでべっこう飴なんだろうな。あんな砂糖固めただけの菓子より普通にクッキーとかゼリーの方が美味しくないか? 何か理由が……そうか。これはべっこう飴が何かの比喩である可能性が高い。ではその何かとはナニか。うーむ……


「あの……」


「あ、ちょっと待っててもらっていいですか?」


「あ、はい」


 べっこう……べっこう……なんでも昔は性具の原材料として使われていたそうだが……あぁなるほど。舐めるってそういう……口裂け女ってそういう……おいおいとんだ破廉恥モンスターじゃねぇかふっざけやがって! 


「もっとモラルとか守る事が大事だと思います!」


「えぇ! あ、えっと、すみません……」


 お、なんだすんなり謝ったぞ? 拍子抜けだな。いや、とうより何やら困惑している感じだ。おぉ。よく見るとこの女、口が裂けているわけでもないし、そもそもマスクも付けていない。非口裂け女。完全に仕事帰りのOLだ。しまった。つい早とちりしてしまった。すまんすまん。しかしこの女どこかで見た事があるな……どこだったか……えーっと……あぁ、思い出した。


「あんた確か、不動産屋の……」


「はい。あ、覚えていてくれたんですね!? ありがとうございます! モラルがないとか言われてどうしようかと思いました」


 妙に元気だな。職場で出せよそのテンション。


「すみません。ちょっとした勘違いで」


「そうなんですね。なるほど」


 どんな勘違いだと自分でも思うがどうでもいいや。相手が納得してるし。


「あの、お住まいの方は大丈夫ですか? 霊障とか、怪奇現象とか」


「あぁはい。巣食っていた幽霊の内二匹は成仏して、残りは同意のもと同居しています」


「なにそれ凄いですね」


「ちなみにその同居している幽霊も今度受肉できるかもしれないので、上手くいけば脱いわく付きとなりますね」


「それも凄いですね」


「まぁ問題が山ほどあるので、できるかどうかは分かりませんが……」


「倫理的なアレコレがありますもんね」


「いや、その辺はどうでもいんですが、金がかかりまして」


「あ、道徳とかどうでもいいタイプの感じなんですね」


「まぁ、資本の力で強制的に労働を強いる国家に生まれた人間ですから、今更そんなものを鑑みるのもおかしな話ですよ」


「それはそれで極端な話のような気もしますが、お金で解決できる事が多いのは確かですね。私もペット可のマンションに住みたいんですが、中々家賃が高くって」


 仮にも人間の生命倫理について述べている話題とペット可のマンションに住みたいとかいうクソどうでもいい悩みを同列に扱うのはどうなのかだろうか。そっちの方こそ倫理観がおかしいだろう。まぁあえて口には出す必要はないが……しかし、マンションか、なんか引っかかるな。なんだろう。マリの問題について解決の糸口になるような予兆があるようなないような……マンション……マンション……! そうか! そうだそうだ! マンションだ! 


 俺に電撃走る。

 マンションこれだ。これしかない。さっそくこの女に聞いてみよう。



「え、っと……」


 やっべ、俺のこの女の名前知らねぇわ。


「受付の方……!」


「阿賀 ヘルです」


「阿賀さん! 以前伺った……」


「あ、ヘルって呼んでください」


 うっわめんどくさ! なんやこいつ!


「……ヘルさん。以前伺った、鬼が住んでるマンションって、まだ問題解決してないですよね?」


「はい。ご説明した通り、厄介な鬼ですので人類による討伐は諦めているようです」


「分かった。ありがとうございます。さようなら」


「あ、はい。サヨウナラ……」


 ダッシュ! ダッシュ! ダッシュ! 

 キック! そしてダッシュ! チャンバも走るような華麗なるダッシュ! 見つけたぞ解決法! 金を得られる絶対にして唯一の方法! 我天啓を得たり!


「ただいまだぁ!」


 引き戸を開けて登場! 帰宅の報せだ! 今の俺はテンションしてるぜ! 


「どうしたんですかピカ太さん。そんなに大きな声出して」


「私今動画撮ってたんですけど……編集できないくらいの声入っちゃっておじゃんなんですけど……」


 お! ワラワラと集まって来たな!? よしいいだろう! 今からナイスな名案をお前らに聞かせてやる! 驚いて腰抜かすなよ!


「いいかよく聞けお前ら! 四億を手に入れるための方法を思いついた! 清聴せい! 清聴せい!」


 さぁ拝聴せよ! 俺の最高のアンサーを!


「鬼を……滅す!」


 どうだびっくりしたか!? ……おいおいおい。なんだその顔は。ポカンとするな!

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