第34話 四人で街に向かいます



 急遽、シモヌー、エドリックと共に街へ行くことになった。

 向かう前に報告しておこうと、俺は別邸に戻り、応接室の扉を叩いた。


「どうぞ」

「失礼します……あ、クリスティーナお嬢様」

「あれー、ニアだ。どうかしたの?」


 応接室には、クリスティーナお嬢様とシャルの二人がいる。

 クリアはおらず、お嬢様は紅茶をすすりながら椅子に座って本を読んでいた。


「実は……これから付き添いとして街へ行くことになりまして」


 俺が事情を説明すると、クリスティーナお嬢様はほんのり目を見開いた。

 本をぱたんと閉じ、それを膝に置くと、俺を見て優しく笑いかける。


「そう、わかったわ。クリアにはわたくしが伝えておくわね。気をつけて行ってきて」

「はい……度々すみません」

「あら、どうして謝るの?」

「いえ……結局、俺は処罰のこともあってお嬢様にきちんとお仕えできていないし、役にも立っていないので」


 それも本邸の使用人であるエドリックと揉め事を起こしたので、今は本邸側に居座っている。

 本当ならば別邸にいるクリスティーナお嬢様のもとにいることが、彼女の従者となった俺の役目だというのに。


「ふふ、今回のことは仕方がないわ。まずは執事長の言いつけを守って処罰を受けないと」

「はい、そうですよね。変なことを言ってしまいました」

「ううん、いいのよ。それとね、ニア……あまりわたくしの役に立とうと気を張らないでちょうだい。わたくしは、あなたのその自由で破天荒な姿も好きなんだから」

「俺って……自由で破天荒ですかね?」

「わたくしよりは……よっぽどね」


 クリスティーナお嬢様は優しげに目元を緩める。少し寂しそうな面持ちに何か言葉をかけたくなったが、ぐっと思いとどめた。


「ねえねえ。お話もいいけど、ニア、そろそろ行かないとじゃない?」


 シャルが時計の針を気にして言った。

 そうだ、外で二人が待っているのだから長居はできない。


「本当ね、ちょっと話しすぎてしまったわ」


 少し肩をすくめたクリスティーナお嬢様は、見送るようにこちらへ視線を向けてくる。


「はい。それでは行って参ります、お嬢様」

「ええ、行ってらっしゃい」


 俺がその場で一礼すると、お嬢様はまたふわりと笑う。

 扉に手をかけ応接室を出ようとしたところで、後ろから慌てた声が飛んできた。


「あ……っ、ニアっ」

「はい?」


 一度、扉から手を離して振り返る。クリスティーナお嬢様が、瞳をわずかに揺らしてこちらを見つめていた。


「あの……」


 どこか言い淀んだ様子に不思議に思っていれば、お嬢様は自分の手のひらをぎゅっと握りしめながら口を開く。


「今日の夜、わたくしの部屋に来て欲しいの。クリアには……秘密で」


 クリスティーナお嬢様は、近くにいるシャルに目配せをしながら言った。

 頬が桃色に染まり、どこか照れを隠したような仕草。

 シャルは見当がついているのか、口を挟むことはなく俺たちを傍観していた。


 クリアには秘密って、なんだろう。そんな言い方をされるとかなり気になるんだが。

 それでもお嬢様は、ここで言う気はないらしい。


「かしこまりました。ええと、それでは夜に……」

「ぼくが頃合いを見てお迎えに行くよ。それまでニアは部屋で待っててねー」


 シャルに付け足して言われ、俺はただうなずいた。

 この二人が、というよりお嬢様がクリアに伏せて俺に言いたいことがあるなんて、どんな話なのだろう。


 気にはなるが、シモヌーとエドリックが待っているため、俺は早々と応接室を後にした。



「遅いんだよ」


 誰もいないことを確認し、本邸のほうまで全力疾走していれば、途中で一頭立ての立派な四車輪の幌馬車に出くわした。

 荷台からひょっこり顔を出したのは、エドリックである。

 これでも急いだほうなのだが、待たせてしまったようだ。


「ごめん。ちょっとお嬢様と話してて」

「ああ……気にしないで。ぼくたちも、今乗り込んだばっかりだし……エドがせっかちなだけ」


 今度は御者台に乗ったシモヌーが身を乗り出して言ってくる。

 よかった。待たせたのかと思って焦ったじゃないか。

 エドリックにジト目で見ていれば、幌馬車にもう一人誰かいることに気がついた。

 シモヌーがいる御者台の奥側に、少女が座っている。


「お疲れさまでございます」


 ブラウンのメイド服を着用した少女は、俺に向かってぺこりと小さくお辞儀をした。

 肩に合わせて切りそろえられた黒髪と、黒よりの茶色いくりっとした瞳。初めて見る顔だった。


「お疲れ様です……失礼ですが、あなたは……?」

「わたしは、本邸の侍女見習いをしております、ハナと申します。どうぞハナとお呼びくださいまし」


 ハナと名乗った少女は、再び頭を下げてきた。ゆったりとした笑みに、繊細な動作、そして並べられる言葉の箇所に癖がある。


「ハナさん、どうもはじめまして。私はニアと申します」

「ええ、存じております。ニアさんが挨拶回りをなされた日、わたしは非番をいただいておりましたゆえ、このようにお会いするのが遅くなってしまいました」


 落ち着いていて大人びた印象のハナさん。

 髪型や顔立ちも関係しているのか、ハナさんを見ていると不意に浮かび上がってくる文字がある。


「改めましてよろしくお願いいたします、ハナさん」

「こちらこそ、至らぬところもありますが、なにとぞご容赦くださいますようお願い申し上げます」


 ……『和』が似合いそうな女の子だと思った。

 正直メイド服よりも、前世の世界にあった着物といった和装がぴったりとハマりそうな見た目や雰囲気、言葉使いをしている。


「……ハナさん、街に用があるみたいで……ついでに乗せてけって父さんが。ニア、一緒で平気……?」

「俺は大丈夫だよ」


 どちらにせよ、すでにハナさんは御者台にちょこんと座っている。街に一緒に行くのは決定なのだろう。


「よかった。じゃあ……そろそろ出発するから、ニアも後ろに乗って」

「わかった……って、シモヌーが幌馬車を動かすのか」


 ここには俺を合わせて四人しかいない。シモヌーが御者台の中央に座っていたのでまさかと思ったが。


「……うん、そう。いつも急な買い出しとか、荷を運んだりとかもしてるし……もうだいぶ慣れたよ」

「へえー、すごいな」


 感心しながら御者台の段差を使って後ろの荷台に乗り込み、適当な場所に座った。

 狙ったわけではないのだが、先に乗っていたエドリックとは間隔を空けて対面するような形になってしまった。


「……」

「……」


 途端に沈黙が広がる荷車の中。

 エドリックが何か言いたげに見てきたので、ちょっと尋ねてみる。


「なにか話したいことでもあるのか?」

「ふん、誰が。目でも曇ってんのか」


 ああ、そうですか。


「あのさ……その癖みたいに鼻を鳴らすの、やめた方がいいんじゃない? なんか連発しすぎると絶妙なかっこ悪さが──」

「なんだって!?」

「喧嘩……しないでね。ハナさんもいるから」


 手網を御したシモヌーがすかさず間に割って入る。

 そしてシモヌーの隣に座るハナさんは、肩越しに振り返ると、


「喧嘩するほど仲がいい、という言葉もございます。お二人は良きご友人なのでしょうね」

「……あー、かもしれないね」


 シモヌーが適当に同調した。

 まさかハナさん……俺とエドリックが一悶着起こしたことを知らないのか?

 いや、侯爵様にも見られたし、あれだけ大事になれば屋敷全体に伝わっているだろう。

 知っていて言っているのだとしたら、なかなかな性格の持ち主なのでは。


「……」

「……」


 良きご友人と言われた俺とエドリックは、妙なバツの悪さを感じ、いそいそと口を噤んだのだった。



 ***



 出発時は自重したものの、四人揃った状態で静かすぎるのは気疲れしてしまう。

 正面のエドリックはそっぽを向いているので、俺は御者台にいるハナさんに声をかけることにした。


「ハナさん」

「はい、なんでございましょう」

「少し気になっていたんですが、ご出身はハンバルト王国ではありませんよね?」


 髪や瞳の色といい、幼さがある顔立ちといい……少なくともこの国の人間とは毛色が異なっている気がする。


「おっしゃる通り……わたしは『アズマノくに』と呼ばれております、東の海に浮かぶ島国の生まれです」

「アズマノ国、ですか」


 アズマノ国という名前……『マジカル・ハーツ』の中でも出てきたような気がするが、ピンとはこない。


「……僕も詳しくはないけど、アズマノ国は、料理が独特らしいね」


 手網を引いたシモヌーが、ふと思い出したようにつぶやいた。


「この国では、あまり馴染みのないものかもしれませぬが、アズマノ国ではコメと云う粒状の穀物を主食にしております。ほかにも寿命を伸ばすために、食の研究にも力を入れておりまして……」


 故郷の話題だからか、ハナさんは饒舌に語ってくれた。

 なんでも健康志向が根強いというアズマノ国は近年、国民の平均寿命が十年ほど伸びたのだという。

 その成果に挙げられているのが、アズマノ国が誇るヘルシー料理だった。


「アズマノ料理、ぜひ食べてみたいです」

「……僕も、ちょっと気になる」


 俺とシモヌーが口々に言う。エドリックは反応こそしないが、話は聞いているようだった。


「機会がございましたら、召し上がっていただきたく思います」


 ハナさんはゆったりと笑みを浮かべる。

 ちなみにハナさんは十二歳でシモヌーとは同い年。顔は幼いが言動は大人びているので、もっと歳上かと思っていた。

 

 中でも一番驚いたのは、彼女がローズィアンの侍女見習いだという事実だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る