第22話 従者2号は偶然、出逢う



 とりあえずは屋敷の使用人たちへの挨拶回りは、これで終了だった。

 しかし非番であったり、買い出し等で挨拶できなかった人たちもまだまだいるようだ。

 その辺はまた顔を合わせた時にということになったが、正直すでに顔と名前が一致していない。


 ファーストインパクトを残した数名と、その他に覚えられたのが二十人程度。これでも頑張った方だと思う。初日で全員は厳しいって。


 執事長や家令、メイド長クラスになると、屋敷の人間を全員把握しているらしいが、ほとんどの人間は覚えきれていないらしい。

 クリアにも「本当にお前が全員覚えきれるとは思っていない」と言われたぐらいだ。

 じゃあなんでクリアは覚えてるんだ……その記憶力を分けて欲しい。


 まあ、ないものねだりをしていても仕方がない。

 人の顔と名前はおいおい覚えることにしよう。


「こっちが花園で……こっちが馬小屋……」


 挨拶回りのあと、敷地内の地図を貰った俺は、さっそく周辺を散策してみることにした。

 散策についてもバートル様から、あらかじめ許可を取っている。


 クリアはというと、そろそろお嬢様の朝食のお時間ということで、別邸へと引き返して行った。

 そんなクリアから去り際に「失踪はするなよ」と言い捨てられた俺は、一人でエムロイディーテ侯爵邸の敷地内を歩き回っている。


「ほ〜……花の香りがすごい」


 季節は春。

 花園には、赤、黄、白、ピンクといった明るい色合いの花々が可憐に咲き誇っていた。

 手入れが行き届いた仕上がりに、間抜けな声が口からこぼれる。


「にしても……この屋敷の敷地面積は一体……」


 花園ひとつを取ってしても、三つの園で区切られている。

 それだけでかなりの場所が使われていた。

 さすがは国防を司る立場にある侯爵家というべきなのか。

 この国の他の侯爵家や公爵家が、どれほどの権力を握っているのかはまだ把握しきれていない。

 だが、王都の中でこれだけ壮大な敷地を維持できているという時点で、エムロイディーテ侯爵家は明らかに飛び抜けていると思う。


「えーと、ここが花園その1……っ、その1!?」


 地図を頼りに進んでいたが、途中でぎくりと体を震わせ立ち止まった。

 地図は事細かに道順が記載されているわけではないが、煉瓦の道に舗装された地面には、ここが今どこかを知らせるための『1』の数字が彫られている。


「まさか、ここって……禁止エリア?」


 クリアから地図を手渡されたときに言われたことを思い出す。


×バツ印が付いた場所は、絶対に立ち入るな』


 地図上に印がついた箇所は、全部で三箇所だった。

 騎士団ゾーンにある魔法転送塔と、訓練所の森、そしてこの花園その1。

 花園その2にいたはずが、俺はいつの間にかその1に入ってしまっていたのだ。


 ……まずい、まずいまずいまずい!

 早くこの場所から離れないと非常にまずい!


 何がまずいって、ここは本邸に住む侯爵家の人間がよく立ち入っているらしい花園なのだ。

 いつどこで鉢合わせするかわかったもんじゃない。


「で、出口……! そうだ、来た道を行けば!」


 冷や汗を背中に感じながら、素早く踵を返す。

 落ち着いて行けば迷うことはない……はずなのに、一向に出口にたどり着かない。


「もうこんなの迷路じゃん!」


 複雑に入り組んだ道を、半泣きになりながらさまよい続ける。

 左、右、左、左……と、曲がっていれば、小さな広場のような場所に出た。


「ここは……?」


 青々と茂る芝生の上に立つ。

 それほど大きくはない植木が一本。広場にあるのはそれだけだった。


「ひっく……ひっく」


 さわりと流れる風に乗って、かすかな声が聞こえた。

 俺の視線はすぐに植木へと向けられる。


「……ぐすっ」


 鼻をすする音。

 合間に漏れる高い嗚咽。

 極めつけには、木の幹の裏側から少しだけはみ出て見える、ドレスの裾と思われるフリル。


 植木の後ろに、誰かいるんだ。

 それが誰なのか、ここからではわからない。


「ぐすっ……」


 それも、これは泣き声だった。

 必死に声を押し殺しているようで、耳にすればするほど胸の奥が痛みを伴っていく。


「……」


 出口を探さなければと頭で考えていても、足は自然と声のする方へ向かっていた。


「あの、どうかされましたか……?」


 木陰に入り片手を幹に預けながら声をかける。

 そこには、膝を抱えた女の子が座っていた。


「っ!」


 俺の声に、女の子は勢いよく顔をあげる。

 すると狙ったかのように一陣の風が吹いた。


「あ、なた……だれ?」


 枝葉の隙間から差し込む日差しが、その姿を照らすように当たっている。

 蜂蜜色の艷めく髪と、薄い赤色にもピンク色にも見える、大きく濡れた瞳。


「――」


 一瞬、息がしづらくなった。

 まるで人形のような出で立ちの少女を、俺は食い入るように見つめる。


 この泣き顔には、見覚えがあった。

 脳裏に浮かんだのは、クリスティーナお嬢様の顔である。


「あ、あ、あ、あなた一体、どこから来たの!? ここは、あたし専用のシェルターなのに!」


 少女はこちらを強く睨みつけ、威嚇の言葉を放つ。


「……っ」


 我に返った俺は、少女の身なりの良さから考えられる可能性に、頭から血の気が引くのを感じた。




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