第2話

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場所は変わり江戸の歌舞伎町の近くにある繁華街、時刻は夜。藁草履を履き両足に江戸脚絆を着け、灰色の袴を履き白い着込半襦袢の下には鎖防具を着け、その上から背に白文字で誠がある水色のダンダラ羽織を着て刀を腰に提げた人々が続々と天野屋と言う宿の前に集まる。

一人の鎖頭巾を被ったイカツイも男前な顔をした近藤 勇が右側に居る鋭い目をして同じ鎖頭巾を被っているに政宗に話し掛ける。

「ここか、倒幕を画策する者達が集まっている宿とは」

政宗が答える。

「はい、ここです。間違いありません」

近藤は無言で首を縦に頷く。

天野屋の二階の和室では多くの倒幕派の不逞浪士が会議をしていた。上座に居る浪士が皆に話す。

「皆、準備が整った。明日の早朝に我らは外国に支配された幕府を倒し帝を上様とする新たな秩序の元でこの国から外国を追い出し国外に負けない国を作る。我々の悲願、尊王攘夷である」

皆が頷く中で一人、意見を唱える。

「あの提案なのですが、満洲に逃れた薩長同盟を引き入れては如何ですか?彼らなら必ず我々の手助けになるかと?」

彼の提案に上座の浪士は強く否定する。

「愚か者が!満洲の薩長親英派は尊王を掲げておきながら英国と手を組み日本を支配しようとした。国の裏切り者と手を組む気は無い」

「しかし・・・」

そうしていると一階の玄関の板戸が左右に勢いよく開いて政宗達が入る。そして政宗に問いてた近藤が大声で叫ぶ。

「主人は居るか、御用改である!」

一人の中年の使用人が駆け寄る。

「はいはい、あーっこれは近藤さん。今日はうちに何の用で」

近藤が用を使用人に話す。

「この宿に倒幕を目論もうとする者達が集まっていると言う情報を耳にした。この宿を調べさせてもらう」

使用人が困った表情をして近藤に話す。

「はて、そのようなお客様は居りません。何かの間違いではないでしょう」

近藤の右側に居た政宗が険しい表情で使用人に近づく。

「とぼけるなぁ、嘘をついても何の得はないぞ。素直に話せ」

使用人が慌てた表情で弁解する。

「いいえ、私らは本当に知りませんよ政宗さん。知っているなら嘘など申しません」

使用人と近藤らの会話を廊下の奥の柱の影から覗いていた浪士が駆け足で階段を登る。それに気付いた政宗が勢いよく土足で上がり、その行動に驚いた使用人が身を引く。

二階に上がった浪士は部屋に入る。

「大変です!新撰組がここに!」

上がって来た浪士の報告に皆は慌ただしくなる。

「くそ!勘づかれたか!」

浪士達は急いで刀を腰に提げて待ち構える。

政宗は階段を駆け上り右側の和室の襖を両手で開けとすると一人の浪士が突然、政宗に斬り掛かった。

「わぁーーー!」

大声で叫びながら斬り掛かって来た浪士を政宗は左に回避して距離を取ってすかさず腰に提げている愛刀の白龍刀を抜く。次の瞬間、隣の和室の襖が開き刀を抜いた大勢の討幕派の浪士が待ち構える。政宗は大声で叫ぶ。

「新撰組十一番隊組長、土方 政宗である‼︎ 歯向かえばこの場で斬り捨てる!」

政宗に斬り掛かって来た浪士が再び斬り掛かる。政宗は素早く愛刀の白龍刀で防御する。隣の和室の浪士が飛び出し政宗の背中に斬り掛かるが、政宗の後を追って来た近藤が腰に提げている愛刀、長曽根虎徹をすかさず抜きその浪士を斬る。そして後に続くように他の浪士がいっせいに二人に飛び掛かる。

政宗はすかさず相手をしていた浪士を斬り、飛び掛かって来た大勢の浪士と戦闘を開始した。激しくぶつかり合う刀の金属と叫び声、肉が斬れる鈍い音、それを下で聞いて他の組員がいっせいに刀を抜き土足で上がり、黒髪で美青年の沖田 総司が先に二階に着く。

「局長ーっ!、政宗君ーっ!」

その大きな呼び掛けに近藤と政宗が大声で叫ぶ。

「総司ーーっ!」

「沖田さーーん‼︎」

沖田は左腰に提げている愛刀、加州清光を抜きながら階段を駆け上り二人に加勢する。沖田は後から来た組員に張り詰めた口調で命令する。

「大村、君はすぐに副長達に知らせろ早く‼︎」

若者の大村は焦った口調で答える。

「あっはい、分かりました」

大村はすぐに駆け下り外へと飛び出し他の五人の組員も階段を駆け上り三人の戦闘に続々と加勢し戦闘はさらに激しさを増した。

南側の捜索隊に加わっていた副長、歳三と他の組員達は別の宿に向かっている途中で茶髪で青年の様な顔つきで額を守れる程に大きい鉢金を巻いた二番隊組長、永倉 新八に話し掛ける。

「なぁ永倉、この後一緒に吉原に行かないか。最近倒幕派の相手が多くて気分転換したくて」

永倉が歳三に厳しい口調で返す。

「ダメですよ副長。局長から言われてますから、トシは女遊び酷いから絶対に吉原には行かせるなって」

永倉の応えたに歳三は呆れた口調する。

「なんだよ、かっちゃんめーっ。そこが硬いんだよなーっ別に俺は悪い事なんかしてないんだし」

その事に永倉が異を唱える。

「何を言っているんですか、あなたはいつも相手にした女を本気させておいて自分にはその気はないとフってその人を傷付けて、挙句にはあなたのしでかした事をいっつも政宗君や近藤さんが代わって尻拭いしているんですよ」

歳三は上の空を向いて永倉の話しを聞かずにいる。その態度に永倉はさらに厳しい口調となる。

「ちょっと副長、聞いていますか?」

「ああ、聞いているよ」

「絶っっ対聞いていないでしょ!」

「まっいいじゃねか。その都度、かっちゃんや政宗にはちゃんと謝っているんだし」

「あんたって人は・・・」

永倉が呆れていると北の方から大村が叫びながら走って駆け寄って来る。

「副長ーーっ!副長ーーーっ!」

歳三と永倉は大村の表情から察して真剣な顔つきをする。

「どうした大村」

歳三が大村に問い掛け、彼は天野屋の事を報告する。

「はぁはぁはぁ、天野屋です。ただ今、局長達が倒幕派の浪士と交戦中です」

大村の報告に歳三が全員に気合の入った口調で呼び掛ける。

「天野屋だ!全員急ぐぞ!」

歳三の呼び掛けに全員が大声で返事をする。

「おーーっ‼︎」

歳三を先導に全員が駆け足となって天野屋に向かう。

一方、天野屋では一階まで戦闘が広がり多くの天野屋の関係者が外へ逃げるか、あまりの恐ろしさにその場に蹲っていた。政宗は隙を見て一階に逃げた二人を追い玄関前で一瞬、お互いに構えたままで膠着状態となった。

「いやーーーっ!」

一人が政宗に斬り掛かるが、政宗は素早い刀の使いこなしで一撃で相手を斬り殺す。

「ふん、いやーーーっ!」

「ひぃっ」

もう一人は政宗の強さに恐れ外へと逃げようとする。

「待て‼︎」

政宗は逃げる男を止める。逃げようとした男は玄関を潜った次の瞬間、右側から刀がいきなり現れ、その男は斬り殺された。そして政宗の目に入ったのは右側から刀を抜いて堂々と現れる歳三達であった。

「父上」

政宗は安堵する口調で呟く。すると後ろから政宗に斬り掛かって来る浪士に気付いた歳三が大声で政宗に気付かせようとする。

「政宗、後ろだ‼︎」

政宗は歳三の言葉でハッとなり素早く振り向き後ろから斬り掛かかろうとした浪士を斬り殺す。歳三は政宗の側に寄る。

「油断するな、ちょっとの油断が命取りになる」

「はい」

政宗は返事をし歳三は素早く全員に命令する。

「永倉と斎藤それに政宗と島田は一階を、残りは裏手に回れ、俺は二階へ行く」

全員が大声で返事をする。

「はい!」

歳三が先導して政宗と斎藤らが後に続く。

二階では近藤と沖田が未だに戦闘を続いていた。近藤が二人を相手し一人を倒すが、もう一人がすかさず近藤に斬り掛かる。

「おらぁーー!」

すると男は突然、悲鳴を上げる。

「ぎゃーーー!」

駆け上がって来た歳三がその者を斬り近藤を守る。そして二人は向かい合い笑顔になる。

「待たせたな、かっちゃん」

「遅いぞ、トシ」

沖田が一人を倒すと歳三がいる事に気づき安堵して彼を見る。

「トシさん」

二人は歳三の到着に少し安堵する。左側の廊下の奥から二人が勢いよく歳三と沖田に斬り掛かるが、歳三と沖田はすかさず刀で防ぎ相手の刀を弾いて斬り捨てた。そして近藤も奥から斬り掛かって来た者を刀で防ぎ戦闘に戻った。

「トシと総司は奥を頼む」

歳三と沖田は同時に返事をする。

「わかった」

「はい」

近藤の指示に従う歳三と沖田、奥へ進むと後退りしながら四人の浪士らが構えていた。歳三が右を沖田が左を背中合わせで対処する。

「どうしたお前らおじげついたか」

歳三は愛刀、和泉守兼定で四人に問い掛けると、目の前に居た一人の浪士が斬り掛かる。

「うわぁーーー‼︎」

歳三は襲って来る刀を左腕の鎖籠手で防ぐ。

「なかなかじゃないか。だがまだまだ」

歳三は凄まじい動きで二人を倒し、また沖田は後に続くかのように同時に斬り掛かって来た二人を素早い動きで倒す。

外へ出て者が複数人居たが、外に出た者は永倉と同じ鉢金をし、黒髪で西洋の髪型をし鋭い目付きで爽やかな顔つきの斎藤と黒髪で武士まげをした素潜り漁師の様な顔つきの島田が対処した。

斎藤は愛刀、関孫六で素早い身のこなしであっという間に二人を斬り捨てた。一方の島田は愛刀、大和守源秀国と持ち前の怪力で一振りで相手の刀を折り上から下に刀を振り下ろし相手を倒す。

一階では永倉が愛刀、上総介兼重で近藤のような身のこなしで二人を倒す。

「ひぃーーー‼︎お、お助けぇーーーー‼︎」

「おい、待てーー!」

永倉は裏手から逃げようとする者を追う。

政宗は二人を中庭に追い込み歳三の如く凄まじい動きで二人を倒す。そして宿には静かさが戻り激しい戦闘が終わりお告げる。

外には多くの見物人が居り、天野屋の中には多く飛び散った血や刀による傷痕が至る所にあり斬られた浪士の死体もそのままであった。玄関では近藤、歳三、政宗が立って目の前では四、五人の店の者達は深々と頭を下げて一番前に居る丁髷で灰髪の男性店主が申し訳ない口調で話す。

「お許し下さい、倒幕派の浪士達から脅されて言えなかったのです。知って匿ったいたのではありませんのでどうか命だけは」

すると近藤の左側に居た政宗が笑顔で話す。

「頭を上げて下さい。我々は悪戯に人の命を奪ったりはしませんよ」

店主は顔を上げて政宗の発言に驚く。

「私の言う事を信じるのですか?」

政宗は軽く頷く。

「ええ、あなたの目を見れば分かります。あなたは嘘を言っていないと」

店主は目の前の近藤に質問する。

「あの近藤さん、我々には何もお裁きはなのですか?」

近藤は笑顔になって答える。

「ああ、我々は国を人々を守る誇り高き武士ですから情けはあります」

二人の話しを左側で聞いていた歳三が呆れる。

「まったく二人はお人好し過ぎるんだから」

そう言うと歳三は右手を羽織の中に入れて中から茶色い紙に一両と徳川の家紋が描かれた五十枚のお札の束、三つを出して店主の前に置き、落ち着いた口調で話す。

「少ないが、これは迷惑料だ。警察の調査の後にこの金で店の中を直すといい」

店主は再び深々と頭を下げる。

「ありがとうございます!」

店主の感謝の言葉を聞いた三人は軽く店の者達に軽く一礼して政宗は別れを告げる。

「それでは失礼します」

外に出ると目の前に沖田、永倉、斎藤、島田が居り組員が隊列を組んで待機していた。近藤は全員に問う。

「全員居るな?」

斎藤が近藤の問いに答える。

「全員居ます。捕縛した者はついさっき到着した幕府警察に引き渡しました」

斎藤の答えに近藤はうなづく。

「うむ」

そして近藤が大声で命令する。

「では!試衛館に戻るぞ、我に続け!」

全員が大声で返事をする。

「おーーーーーーーーっ!」

組員の一人がダンダラが入った赤地に金字で『誠』と染め抜いた旗を力強く掲げ、近藤は来た道を歩き始めるとその後ろから組員達が付いて行く。後ろでは政宗が歳三にある事を話す。

「父上、さっき近藤さんと俺をお人好しだって言いましたよね」

歳三は歩きながら顔を後ろを向ける。

「それがどうした?」

政宗が笑顔になって言う。

「お人好しじゃなくて義理堅いですよ俺達はそれにあんな事と言って父上だって昔から義理堅い所があるじゃないでか」

政宗の言葉に歳三は少し照れながら顔を前を向ける。

「俺だっていちょう武士だ。鬼の副長と言われも義理くらいは少し位は持っているさ」

政宗は歳三の言葉にほくそ笑む。

「まったく素直じゃないんだから父上は、でも俺はそんな義理堅くて優しい一面を持つ父上に憧れたんですから」

すると歳三は今度は落ち着いた口調である事を政宗に質問する。

「そう言えばお前、横浜の戦いの後に俺にもう一つ心に決めた事があるって言ったよな、俺がお前を息子と認めてもらう他に」

「ええ、言いましたね」

「それって何だ?」

「愛する家族や国、そして人々を守る真の武士になる事を」

歳三は政宗の答えにほくそ笑み、小声で言葉を溢す。

「そっか・・・いい事だ」

政宗は歳三の言葉が聞き取れず何を言ったのか問う。

「何か言いましたか父上?」

歳三は政宗の問いの答えを濁す。

「いや、何でもない」

政宗はもう一度、歳三に聞こうとした時に突然と心臓の鼓動が速くなり不可解な気持ちがゾワゾワと沸き起こり政宗は右手を心臓のある所に置く。

(何だこれは?一体何だこの何とも言えない不満足な気持ちは?)

政宗はそう心の中で語っていると心臓の鼓動がゆっくりとなり不可解な気持ちも消える。

(今のは何だったんだ?いや、気にしても仕方ないか)

政宗は気を直してビシッとなって勇ましく行進する。

すると再び歳三が政宗に話し掛ける。

「そう言えば政宗、幕末の頃は俺はお前を息子とは認めずこんな親子の様な真面な話をした事、無かったな」

政宗は笑顔で話す。

「ええ、父上達が新撰組の名を掲げて池田屋事件の前に俺が後を追うよに入隊しまた」

「ああ、入隊したお前は俺達と再会して皆の前で堂々と俺の子だと名乗ったな」

「あの時の父上の表情は本当、肝を潰した様な表情をしてましたよね」

政宗の言葉に歳三はムスッとする。

「うるせっまぁともあれ、俺は初めお前を息子として認めなかった。でもお前の必死になって俺を認めさせようとする姿を見てこいつは俺なんだなって感じ始めた」

政宗は腰に提げている白龍刀を見る。

「そして箱館で俺を息子と認める証としてにこの白龍刀を俺に渡した」

歳三は笑顔になる。

「ああ、同じ兼定なのも親子である証だ」

「俺らってやっぱり他人から仲の良い親子でですね父上」

政宗の言葉に歳三は少し照れる。

「うっうるせ。だいたいお前が積極的な俺と話すから自分でそう思うだけだよ」

照れ隠しする歳三の姿に政宗が笑う。

「あはははははっ父上、照れちゃって」

「てっ照れてねぇーーよ」

大きな満月が輝き、場所は変わり京都府下京区、西本願寺。ここを拠点とする京都守護職の組織である京都見廻組に新撰組に関する報告が入る。

「彩芽組長、江戸の新撰組が天野屋で倒幕派の浪士を捕縛または斬り捨てました」

綺麗な長い黒髪を後ろに巻いた女性、佐々木 彩芽は大広間で胡座をかいて報告を聞く。

「そうか報告ありがとう」

「はぁ、では失礼します」

報告の者が彩芽の前を去ると彩芽は急に不機嫌な表情をして畳に拳を叩きつける。

「くそぉ!この頃は倒幕派が京都から江戸に移っている。何故だこれでは我ら見廻組が京都に居る理由はないはず、それなのに何故、未だに江戸に上がる命がこない。これで我らは京の地で骨を埋める事になる」

彩芽は立ち上がり局長の部屋に向かう。そして部屋の前に着いて勢いよく襖を開けるとそこには同じ黒髪で武士まげをし、近藤と少しばかり似てるイカツイ顔の局長、佐々木 只三郎が正座して書物を読んでいた。

「おお、彩芽どうしたそんな険しい表情をして」

「父上、話があります」

「まぁ入って座れ、話はそれから」

「はい」

彩芽は襖を閉めて只三郎の前に胡座で座り話を始める。

「この頃再び倒幕派が活動を始め江戸に拠点を移すようになりました。それで京都が平和になる事はいい事ですが、これでは我々がここに居る理由はありません。我らは今だに新撰組の影のような存在、このままでは京に骨を埋める事になります。今すぐに陸軍省に向かい江戸に移るように訴えましょう」

「彩芽、お前の気持ちは分かる。お前だけじゃない私を含めここに居る全員が同じ気持ちだ」

「ならば・・・」

「だが今じゃない、今動けば我らは永遠に活躍する場を失う。今は辛抱しろ、いいな」

只三郎の強い眼差しに彩芽は渋々、納得して立ち上がり気の抜けた口調をする。

「分かりました父上、では私はこれで。お休みなさい」

「あぁ、お休み」

彩芽は部屋を出て京都の夜空を見て小声で呟く。

「政宗、今に見ていろ。いずれ我ら京都見廻組がお前達、新撰組のように表で大きく活躍してみせる。覚悟しておけ」

彩芽は懐から赤と青のお守りを出すとそれを一緒に投げ捨て様とすると政宗の笑顔を思い出しやめる。

「くそ!このお守りを捨てようとするといつもあいつの顔を思い出す!」

彩芽は苦悩ししつも再びお守りを投げ捨て様とすると今度は幼い頃の記憶が蘇る。

幼くも父親譲りの顔立ちをした政宗が笑顔で幼い彩芽と指切りをする。

「彩芽、どんな事があっても俺達は友達だからな」

幼い彩芽は笑顔で喜ぶ。

「うん、私もどんな事で政宗の友達だから」

彩芽は両膝を着いて捨てようとするお守りを両手で強く握る。

「やっぱり捨てれないよね、どんなに仲が引き裂かれようと思い出に罪はないんだから」

彩芽は立ち上がって夜空を見上げる。


-3-

翌日の早朝、新撰組の本部である江戸市谷甲良屋敷の試衛館に起床の鐘が鳴る。組員達が一斉に起き上がり手際良く自分の布団を綺麗にたたみ押し入れに重ねて入れ今度は寝間着を脱いで上下が白と黒の長着と袴の待機服を素早く着て、身嗜みを整えて廊下を使って東側にある食堂に小走りで向かう。

食堂に着くと全員がガヤガヤしながらも四角の木製のお盆を持って一列に食堂窓口の前に並び器やお皿に乗せられた料理を一つずつ手に取ってお盆に置く。島田が陽気な顔で台所の奥で調理をしていた長く美しく黒髪を後ろに結んでづきんを付けた茶色い目をした可愛い娘に話し掛ける。

「おーーーい!お松ちゃん今日の主食はなんなの」

お松が窓口に向かい島田に今日の主食を説明する。

「和食はサバの味噌煮で洋食はオムライスよ。勿論、健康を考えてオムライスの具は野菜の炒め物になっているわ」

まるで父親の健康を気遣う可愛い少女のような口調で説明するお松の姿に島田はうっとりする。

「いやぁーー、お松ちゃんの声を聞くだけでお腹いっぱいになっちゃうよ」

冗談を言う島田、それにお松が島田を見ながら少し厳しめな事を言う。

「駄目よ。ちゃんと食べないと健康の秘訣は朝昼晩、ちゃんと食べる事なんだから。それとお残しも駄目だからね」

「はーーーい、じゃ今日はオムライスにするよ」

「オムライスね、ちょっと待ってねはいどうぞ」

お松は島田のお盆に出来立てのオムライスを置き島田はお盆を持って長テーブルに移動し座り食事の挨拶をして箸を使って食べ始める。一方、政宗はいつも局長室で近藤と歳三の三人で胡座でお互いに向かい合って朝食を食べていた。

鎖頭巾を外した三人の髪色は同じ黒髪であったが、髪型は異なっており、近藤は島田と同じ武士まげで歳三は斎藤と同じく少し髪を伸ばした西洋風の髪型、一方の政宗は二人とは異なり現代の若者様な髪型をしていた。

無言で黙々と食べる三人であったが、近藤が箸を止め政宗に話し掛ける。

「政宗、今日は非番か」

政宗も箸を止め近藤の方を向いて話す。

「ええっ今日は非番ですが、それが何か?」

近藤は申し訳ない表情で訳を話し始める。

「いやぁ、実は幕府からの直接の命令が下ってなぁ。今晩、フランス大使館で各国との晩餐会を交えた大事な会食でな」

「どんな会食ですか?」

「来年、行われる京都での国際会議の打ち合わせなんだ。どうやら警備に当たるはずだった警察や屯田兵が江戸の警備で出払ってしまって」

「それで我々に白羽の矢が立ったと」

「頼む、引き受けてくれないか?」

政宗は一瞬、考えたが、すぐに答えを出す。

「分かりました、お引き受けます。それで何時からですか」

近藤はホッとする。

「ありがとう政宗、それで時間は・・・」

その後、近藤からの説明を聞いた政宗は食事を終えて一人、ある場所に向かおうと玄関で藁草履を履いていると永倉が政宗の後ろから現れる。

「何処へ行くんだ政宗?」

政宗は振り返って笑顔で答える。

「ああ、永倉さん。これから行きつけの場所に行くんです」

永倉は政宗が何処へ行こうとするのか気になり絡んでくる。

「なぁ、俺も一緒に行ってもいいか?」

政宗は首を横に振って否定する。

「永倉さんが来ても面白い所じゃありませんよ。じゃ俺は行きますんで」

政宗はそう言うと永倉を振り切る様に出かける。

政宗は大通りを歩く。多くの和服や洋服を着こなした人々が歩き他にも人力車、洋式の馬車が行き来し大通りの左右にはガス式の街灯や木製電柱、建物は和式や煉瓦造りの洋式が立ち並んでいた。

政宗はそのうちの煉瓦造りの洋式の店に立ち寄る。そこはお菓子屋であった。

政宗は洋服を着た男性の店主に注文する。

「カステラを切って分かれているやつを四つ」

店主は笑顔で対応する。

「はい、お持ち帰りですか?」

政宗も笑顔で店主の問いに答える。

「いいえ、知人に送りたいので」

「はい、分かりました」

店主は目の前のガラスケースを開けてとんぐを使って中から切り分けたカステラを取り出す。

一方、外では気になって政宗の後を付けて来た永倉が影から店内を覗いていた。

(政宗がカステラを手土産にするって事は・・・まさか女か⁉︎いや、あいつは見てに反して恋愛に鈍感だからな)

などと考えていると政宗が贈り物として紙に包まれたカステラを持って店を出る。

永倉は後を付けようとすると政宗は急に立ち止まり後ろを振り向く。永倉は急いで建物の物陰に隠れる。

政宗は首を傾げる。

「変だな?誰か居た様な気がしたんだけど・・・気のせいか」

政宗は前を向いて再び歩き出す。

物陰に隠れた永倉はホッとする。

「危ねぇ、危ねぇ。ともかく後を付けねえと」

永倉は物陰から出て隠れなが政宗の後を付ける。

一時間程、歩き政宗は町からかなり離れた山道を登っていた。その後ろを永倉が汗を掻き息切れをしながら付けていた。

「はぁはぁはぁはぁ、何だよこの山道は⁉︎何で政宗は平気何だよ?」

すると政宗は再び立ち止まる。

「永倉さん、大丈夫ですか?」

政宗の問いかけに永倉は驚き慌てて木の陰に隠れる。

政宗は後ろを振り向き永倉が隠れた木に向かって話し掛ける。

「やっぱり、誰か付いて来る様な気配を感じてたので慌てて隠れるって事は永倉さんですね?」

永倉は苦笑いしながら木の陰から出て来る。

「すまん、すまん、どうしても気になっちゃって」

政宗も苦笑いをする。

「仕方ありませんね、いいですよ。後少しで目的の場所なので一緒に行きましょ」

そう言うと政宗は歩き出し永倉は政宗からの誘いで堂々と後を追う。そしてようやく開けた場所に出る。

「着きましたよ、永倉さん」

政宗の声に疲れ切った永倉は顔を上げて前を見ると着いたのは古びた寺であった。

永倉は驚き愕然とする。

「えーーーーーっ⁉︎お前が向かっていたのは古びたお寺⁉︎」

政宗は笑顔で永倉に説明する。

「ええ、でも俺にとっちゃあお世話になっている人が居て非番の時はここに来ているんですよ」

政宗と永倉はお寺の前に向かい、そして政宗は大声で人を呼ぶ。

「北廉先生!北廉先生!いらっしゃいますか?」

すると寺の奥から北廉が現れる。

「おぉ政宗くん、今日も来ましたか。そちらの方は?」

政宗は笑顔で後ろに居る永倉を紹介する。

「先生、こちらは私の友人の永倉 新八さんです」

「ほっほっ、そうですか。初めまして永倉さま、私はここの寺の僧をしております熊沿 北廉と申します」

北廉の丁寧な挨拶に永倉もビシッとなって挨拶をする。

「これはご丁寧に。改めまして私は政宗くんの友人で新撰組二番隊組長をしております永倉 新八と申します。以後お見知りおきを」

永倉は軽く頭を下げる。

「それより永倉さま、此処へ来るまで大変でしたでしょう?どうぞお上がり下さい」

政宗と永倉は北廉の言葉に甘えて入り口前の階段に腰掛け藁草履を脱いで寺に上がる。

北廉の案内で奥の吹き抜けの広い講堂で弾いてある座布団に胡座で政宗と永倉は横並びで待たされる。

永倉は右隣りに居る政宗に話し掛ける。

「なぁ政宗、北廉氏とはどうゆう関係だ?」

政宗は笑顔で永倉の問いに答える。

「北廉先生とは幼い頃からの付き合いで俺に絵と俳句を教えてくれたんです」

「成る程、それでお前が絵と俳句を書くように?」

「ええ、それだけじゃなくて実は母上とも幼い頃からの付き合いで俺に北廉先生を紹介してくれたのが母上だったんです」

「へぇーーーっそうだったのか」

「京に行くまでは試衛館での稽古帰りによく此処に来て先生から絵と俳句を教わってたんです。今でも非番や時間のある時はよく此処に来て先生と話したり俳句作りをしているんです」

「いや、しかし政宗は見た目に反して少し老人臭い所があるな」

「えへへへっよく知人とかに言われます」

二人が話している北廉がお茶の入った萩焼と小皿に分けたカステラを乗せたお盆を持って現れ、二人の前に置く。

「どうぞ、お寺の裏にある湧水で入れた緑茶です。冷えていて美味しいですよ」

永倉は緑茶を見て喜ぶ。

「いやーーーっこれはありがたい。ではいただきます」

永倉の後に続く様に政宗も萩焼を手に取り緑茶を飲む。

北廉も座布団に座って自分の分を一口飲むと政宗に話し掛ける。

「政宗君、今でも私の教えを守っていますか?」

北廉の問いに政宗は笑顔で答える。

「はい、勿論です。先生のお言葉で俺のなりたい真の武士とは何か少し分かってきました」

「ほっほっ、それは良かった。永倉さまを見ると政宗君のお蔭で新撰組は変わった様ですね」

永倉は北廉の言葉に驚く。

「え⁉︎何で分かるんですか?てっ言うか政宗、北廉氏から何を教わったんだ?」

政宗は笑顔で永倉の問う。

「永倉さん、俺の信条を覚えてますか?」

永倉は頷く。

「ああ、確か斬る者は斬り、斬りらない者は斬らないだったよな。幕末の頃にお前が俺達に話した信条」

「ええ、実はそれは北廉先生が俺に与えたお言葉なんです」

永倉は驚き北廉に聞く。

「え⁉︎それは本当ですか?」

永倉の問いに北廉は首を縦に振る。

「はい、あの時の政宗君は貴方達の掲げる夢を間違って捉えてしまっていまして」

「それは武士よりも武士らしく生きる?」

「ええ、間違った生き方をさせない為に彼にその言葉を教えたのです」

北廉の話しを聞いた永倉は感心する。

「成る程、お前が守っている信条は北廉氏から貰った言葉だったのか」

政宗は笑顔で答える。

「はい、先生から教わったお言葉で俺だけでなくこの国が変わるきっかけになりましたから先生には感謝しています」

政宗の感謝の言葉に北廉は喜ぶ。

「ありがとう。でも私はただ教えを得てだけそれを守り続ける政宗君こそ真に讃えるべきだよ」

すると政宗は急に真剣な表情をする。

「先生、実は相談がありまして」

「ほぉーーっでは話しなさい」

政宗は五年前の横浜の戦いで自身に起こった事を全て話した。それを聞いた北廉は右手で下顎を触りながら考える。

「成る程、その影は自分を君だと名乗ったんだね?」

北廉の問いに政宗は首を縦に振る。

「はい、それから昨夜の攘夷倒幕派の捕縛任務を終えた後に突然と心臓の鼓動が速くなり不可解な気持ちが沸き起こってしばらくすると治るんです」

「それまでは何とも無かったんだね?」

「はい、五年間の間は」

話しを聞いていた永倉も納得する。

「確かに横浜での戦いでお前の無数に斬られた姿を見て驚いたけど、傷口が綺麗に無くなっていて驚いたよ」

北廉は申し訳ない表情で政宗と話す。

「すまないが、正直、私でもそれが何なのかは分かりない。力になれずにすまない」

北廉が頭を下げる姿に政宗は励ます。

「いいえ、頭を上げて下さい。俺の話しを聞いて下さっただけでもありがたいです」

すると永倉は右の袖口から懐中時計を取り出し時間を見る。

「政宗、そろそろ屯所に戻って準備しないと」

政宗は頷いて立ち上がる。

「すみません先生、俺達はそろそろ戻らないと」

北廉は頭を上げて立ち上がる。

「そうですか。ではお見送りを」

政宗と永倉は再び北廉の案内で入り口前に向かい草履を履き、外に出る。

すると北廉が政宗に助言する。

「政宗君、これだけは覚えておきなさい」

「何ですか先生?」

「その影はいずれ君を蝕み、そして大切な物を壊すだろう」

北廉の助言に政宗は頷く。

「分かりました。覚えておきます先生」

そして政宗と永倉は北廉に軽くお辞儀をして屯所へ歩いて戻る。

その帰り道での事、事件は起きた。

政宗は永倉と会話をしながら屯所に戻っていた。

「政宗、あの北廉氏は前からあの古寺に居るのか?」

政宗は少し考えてから永倉の問いに答える。

「うんーーーーーっ俺も詳しくは分かりませんけど、先生から直接、聞いたところだと有名な寺の僧だったらしく破門されてあの寺に転がり込んだみたいで」

「一体何をやらかしたんだ?」

「そこまでは先生は俺に話ししませんでした」

「そっかーーーっ」

すると前から組員が政宗に向かって慌てながら走って来る。

「政宗組長ーーーーーー!探しましたよーーーーーー!」

組員が政宗の前に止まると政宗は組員に聞く。

「落ち着け、一体何があった?」

組員は息を切らしながら政宗の問いに答える。

「はぁはぁ、じ・・・実は」

組員は政宗の耳元で訳を話し、それを聞いた政宗は驚く。

「何⁉︎木野島が?」

政宗の驚き様に永倉は問う。

「お、おい、一体何があったんだ?」

政宗は慌てながら永倉の問いを濁す。

「すみません!俺、急いで試衛館に戻ります!おい、行くぞ!」

政宗は探していた組員を連れて走り出す。永倉も気になり後を追う。

試衛館に着くと政宗は一目散に個室に向かう。障子を開けるとそこには一人の組員が正座していた。

政宗は驚いた表情で組員の名を言う。

「木野島、お前・・・」

追って来た永倉も現れ政宗に改めて聞く。

「おい!本当に何があった?」

政宗は落ち着いて木野島に問う。

「さっき伝えに来た組員から聞いた。お前、組の許可無く金を借りたそうじゃないか?」

その言葉に永倉は驚き、木野島に問う。

「それは本当か木野島?真面目なお前が何で?」

木野島は涙目で頭を下げて説明する。

「すみません!実は妹が病で倒れて、その病は日本に来ているオランダの先生じゃなきゃ治せなくて、しかも治療の額が三十両で」

説明を聞いた政宗が冷たく問う。

「それで組の許可無く質屋から金を借りたと」

「仕方なかったんです!コツコツ貯めて二十両まで貯まったですけど、その先生が今日の夕方には国に帰る事になって明日にならないと給金が入らない。とてもじゃないけど間に合わないから、それで十両を・・・」

政宗は木野島に近づいて片膝を着いて顔を上げさせ問う。

「木野島、局中法度の第三条を覚えているな?」

木野島は覚悟を決めた表情で政宗の問いに答える。

「組の許可無く借金をしてはならない」

政宗は立ち上がって木野島に命令する。

「お前は此処で待て、俺はこれから局長達と話してくるから。永倉さんも来て下さい」

「分かった」

政宗と永倉は近藤達の居る局長室へと向かう。

局長室では政宗と永倉の目の前には近藤と歳三が正座して政宗の話しを聞いていた。

「木野島は確かに法度を破りました。しかし、それは決して悪意があった訳ではなく、むしろ家族の為と思っての事です」

政宗の話しを黙って聞いていた近藤と歳三が口を開く。

「確かに彼の法度違反は決して悪意があってやった訳ではない」

「でも法度を破ったからには木野島には切腹を申し・・・」

歳三の木野島への処罰を政宗は止める。

「待って下さい!父上、彼に切腹はあまりにも罰が重すぎます!彼に対する処罰は三ヶ月の謹慎で!」

歳三は鬼の如く政宗の願いを跳ね除ける。

「駄目だ、法度に背いた者は誰だろうと容赦はしないのが俺達、新撰組だ」

政宗は愕然とする。

「分かりました。だったら・・・」

すると政宗は着ていた和服の前だけを開き白龍刀を抜いて刃先を自身の腹に当てる。

「部下の失態は上の者の責任でもあります。俺が木野島の代わりに腹を斬って責任を取ります」

政宗の行動に永倉は慌てて止める。

「おい!政宗君、そこまでする必要は・・・」

政宗は永倉に向かって頼み込む。

「永倉さん、すみませんが介錯をお願いします」

政宗の強い決意の眼差しに負け永倉は無言で立ち上がって上総介兼重を抜くが、その光景に近藤と歳三が何故か笑い出す。

「ハハハハハハハッ!政宗、親の言う事はあんまり真に受けない方がいいぜ。お前は真面目過ぎる」

歳三の変わり様に政宗と永倉は無言で驚き、近藤が話す。

「トシ、あまりにも悪戯が過ぎるぞ。心配するな政宗、彼には三ヶ月の謹慎を申し渡す。だから腹を斬る事はないぞ」

政宗は白龍刀を置き、永倉も上総介兼重を鞘にしまい正座して頭を下げ、政宗は感謝する。

「ありがとうございます」

服を整えて局長室を後にした政宗と永倉は木野島の居る一室に戻って彼に処罰を言い渡す。

「木野島、お前は今日から三ヶ月の謹慎とする」

木野島は頭を下げる。

「はは」

政宗は木野島にある事を聞く。

「確か質屋から借りたのは十両だったな」

木野島は頭を上げて答える。

「はい、そうですが?」

すると政宗は左の袖口から十両の札束を出して木野島の前に置く。

「これを質屋に持って行って借金を返済しろ」

政宗の行動に木野島は深々と頭を下げて感謝する。

「ありがとうございます!政宗組長!」

すると永倉が屈んで木野島に局長室での事を話す。

「木野島、政宗君にはもっと感謝しろよ。あいつ、お前の責任を肩代わりしようと局長達の目の前で切腹しようとしたんだぞ」

木野島は驚いて去ろうとする政宗に問い掛ける。

「あの、俺の為に何でそこまでしたんですか?」

政宗は止まって振り返り笑顔で答える。

「大切な部下を守るのも上に立つ者として当たり前な事だよ」

そう言って政宗は木野島の前から去って行く。


-4-

時間は経って午後七時、場所は台東区にある西洋風のフランス大使館。

政宗率いる十一番隊の隊員は水色のダンダラ羽織と鎖防具を着て大使館の中庭と室内の晩餐会場を警備していた。

中庭を警備していた隊員が左側に居る隊員に近づき納得のいかない表情で話し掛ける。

「なあ、なんで俺ら十一番隊が警備しなきゃなんねんだ。普通こうゆうのは警察や屯田兵の仕事だろ」

話しを聞いていた隊員が呆れた表情で答える。

「仕方ないだろ。今、攘夷倒幕派の活動が急に活発になって全国的に厳重な警戒態勢がなされたんだから。警察や屯田兵も幕府の関係する施設や倉庫を警備しているからここに人員を割く余裕がねぇんだよ」

「それで非番な俺ら十一番隊に白羽の矢が立ったってわけか。まったくせっかくの非番なのにいい迷惑だ」

「はははっ、まったくだよなぁ」

二人が話しをしていると、大使館の中庭に面したベランダから外の警備を確認に出てきた政宗が二人に向かって強い口調で注意する。

「おい!木森それに佐川、話してないで警備に戻れ!」

二人は慌てながら警備に戻る。

二人が離れて持ち場に戻ると政宗はうなずき大使館の中に戻る。すると一人の組員が政宗に近付く。

「あのー、政宗組長。少し聞きたい事がありまして」

政宗は顔を左に向けて笑顔になる。

「いいぞ、遠慮なく何でも聞いていいぞ」

「実は私、最近イタリア料理店の娘に恋をしてしまって何か恋愛について助言はありますか?」

政宗は困った表情をする。

「何でもとは言ったけど、何で俺に恋愛を聞こうとしたんだ?」

組員は期待する眼差しで答える。

「政宗組長って副長の息子じゃないですか。だったら副長みたいにいろんな女性と恋愛してるのかと思って」

政宗は申し訳ない表情で組員に話す。

「すまない。俺、こう見えて恋愛した事が無いんだ」

政宗の意外な発言に組員は驚く。

「ええっ⁉︎恋愛した事無いんですか?」

「ああ、ずっと剣術に打ち込んでいてね。正直、恋愛は全く分からないんだ」

政宗の答えに組員は過去を聞く。

「でも昔だったら一度くらい恋愛はありましたよね?」

組員の問いに政宗は少し悲しげな表情をする。

「そうだな、確かに・・・」

政宗は夜空を見上げながら自分の過去を振り返る。

政宗が十一歳の頃の夕暮れ時、いつも通っていた石田村の寺子屋の帰り道で政宗の背後から一人の黒髪の少女が声を掛ける。

「政宗ーーーーーーーっ」

政宗は立ち止まって笑顔で振り返る。

「何だよ彩芽?」

幼い彩芽は笑顔で答える。

「私と一緒に帰ろ」

政宗は頷く。

「ああ、いいよ」

政宗は右隣を歩く彩芽は話し掛ける。

「なぁ彩芽、実はお前に言いたい事があって」

「ん?何?」

政宗は恥ずかしながらも意を決して彩芽に言う。

「お前の事が好きだ!」

突然の告白に彩芽は立ち止まってしまう。

「お前と出会ってからずっと好きだった!だから大人になったら俺と結婚してくれ!」

彩芽は政宗からの告白に照れてしまう。

「嬉しいけど、私は武家の生まれ農民の政宗とは結婚は・・・」

すると政宗は彩芽の両手を強く握る。

「だったら俺、偉くなる!偉くなって彩芽の事をお嫁さんにする!」

政宗の強い決意に彩芽は嬉しくなる。

「分かった、じゃ約束ね」

彩芽は右手の薬指を出し政宗も薬指を出して繋げる。

「ああ、約束する」

指切りを終えると彩芽は懐から懐から赤と青のお守りを出し赤いお守りを政宗に渡す。

「このお守りは厄病退散と縁結びがあって片っ端を好きな人に渡せば恋が叶うの、だからこれは大切に持って置いて」

政宗は赤いお守りを受け取り抱き締める。

「ああ、大切にするよ」

十五歳の時に彩芽とは離れ離れになってしまったが、それからしばらく経って幕末の京都で二人は再会する。

春の京都、あるお寺で二人の政宗と彩芽が会話を弾ませていた。すると突然、彩芽が右の袖口から青いお守りを出す。

「ねえ、政宗、これ覚えている?」

政宗も笑顔で同じように右の袖口から赤いお守りを出す。

「ああ、覚えているよ。まだ俺は偉くなっていないけどこんな俺でも好きになってくれるか?」

彩芽は笑顔でそっと政宗の体に寄り添う。

「ええ、今も昔も私の気持ちは変わらないわ」

彩芽も政宗を見ながら同じ事を問う。

「政宗、こんな父親に憧れて武士なった女は嫌かしら?」

政宗は彩芽を見ながら答える。

「お前と同じさ、今も昔も俺の気持ちは変わらない。むしろ今のお前の方が凄く好きだ」

「政宗・・・」

「彩芽・・・」

政宗と彩芽は静かにそっと口づけを交わす。

だが、そんな愛を誓い合った二人の仲はある事件をきっかけに引き裂かれてしまう。

ある日の昼時、新撰組の監察方が掴んだ情報で二人は鎖防具を着けて不逞浪士達の居る酒屋に押し入った。

「新撰組、御用改である!」

酒を吟味していた不逞浪士達は突然の事に驚きしつつ刀を抜き応戦する。政宗と彩芽も刀を抜きお互い息の合った連携で次々と不逞浪士を斬り倒して行く。

「流石、二天一流。二刀流の中では最強だな」

政宗の褒め言葉に彩芽は自然と笑みが溢れる。

「ありがとう政宗」

右側にあった階段からも不逞浪士が降りて来て彩芽は政宗に提案する。

「私は上行くから政宗は下をお願い」

政宗は彩芽の提案に賛成して首を縦に振る。

「分かった、気おつけろよ」

「ええ」

政宗と彩芽は別れて政宗は奥へそして彩芽は二階へ向かって不逞浪士を斬り倒しながら向かう。政宗は数人居た不逞浪士をあっさり倒し直ぐに彩芽の居る二階へ向かう。

政宗は襖の開いた和室に着くとそこには不逞浪士の死体と平伏する店主の家族を見下す彩芽の姿があった。

彩芽は平伏する店主に質問する。

「お前はこいつらが不逞浪士である事を知っていてここに匿っていたのか?」

店主は恐る恐る質問に答える。

「はい、ですがそれ以外では何も手を貸しておりません」

彩芽は目を閉じて深呼吸する。

「分かったわ」

店主は顔を上げて許されると思い笑顔になるが、彩芽は素早く動きで右手の打刀で店主の首を横払いで斬る。

切られた所から勢い良く血が吹き出し倒れその光景を見た妻子が抱き合い恐怖する。彩芽は妻子に近付き鋭い目付きで睨む。

「こいつは不逞浪士を匿った。お前達も同罪だ、命をもって償え」

彩芽は打刀を高く上げて妻子に向かって振り下ろそうとしたが、すんでの所で政宗が刀を収めて腕掴み止める。

「よせ彩芽!止めるんだ!」

妻子は慌てながらも店を出る。彩芽は政宗の手を振り払い険悪な表情をする。

「何故止めた。あいつらは不逞浪士を匿った罪人だぞ」

政宗は真剣な眼差しで訳を話す。

「いくら何でもやり過ぎだ。無抵抗な者まで殺す必要はないだろう」

「ハッ考えが政宗は甘いわね、政宗」

「何だと?」

彩芽は転がっている死体を右足で踏みつけて話す。

「こいつは言わば国を害する病だ。でも病を取り除いたとしても病は姿形を変えて国を蝕む。それを防ぐ為にも病の毒に侵された者を取り除く」

「それがお前の正義か?」

彩芽は死体を踏みつけるのを止めて政宗の質問に答える。

「ええ、それがこの国や幕府の為と信じているわ」

政宗は彩芽の答えに怒り、両手で彼女の胸ぐらを掴む。

「ふざけるな!無抵抗な者を殺して何が正義だ!お前のやった事は正義でも何でもない、ただの人斬りだ!」

政宗はそう言うと彩芽を強く突き飛ばす、そして左手を羽織の中に入れて赤いお守りを取り出し、彩芽に見せる。

「お前の事を心のそこから好きだった。でも今のお前を姿を見て幻滅した!」

政宗はお守りを勢い良く投げ捨てる。

「さよなら、俺の愛した人」

彩芽の前から去る政宗を彩芽が止める。

「政宗ーーーーーっ‼︎」

政宗は立ち止まって彩芽に吐き捨てる。

「俺に声を掛けるな、血に飢えた人斬りめ」

政宗は涙を拭って彩芽を置いて一人、酒屋を去って行った。

夜空を見上げる政宗を組員が声を掛ける。

「あのーーー、政宗組長ーーーっ?」

組員の声に政宗はハッとなる。

「ああ、すまない。悪いが恋愛は他の人に聞いてくれ」

「分かりました」

「他に聞く事がないならすぐ持ち場に戻れ」

「あ!はい。では失礼します」

組員は政宗に頭を下げて自分の元居た位置に戻る。

中では絢爛豪華なしきたりで日本とフランスの他にも各国政府関係者が集い、様々な言語が飛び交いながら楽しく晩餐会が行われていた。それを見た政宗は呆れた表情で独り言を言う。

「まったく呑気な奴らだ。こんな物騒な世の中でもフランス人やお偉方はそんな事、気にもしてねぇんだな」

政宗は両腕を組み少し首を左に傾ける。次の瞬間、天井を謎の影が中央のシャンデリアを上を横切り中央に落下する。シャンデリアは落下した瞬間、大きな金属音とガラスが割れる音と共に辺りに居た人々が騒然とする。

政宗は驚き急いで人々をかき分けて落下したシャンデリアに向かう。政宗は落下したシャンデリアの前に着くと少し焦った表情でシャンデリアの下敷きなった人が居ないか確認する。

「よし、下敷きなった人は居ないな」

他の隊員も人をかき分けシャンデリアの前に着く。その瞬間、天井から五人の黒いマントを着た男達がシャンデリアの前に円を作って舞降りる。人々は突然の出来事に恐怖と困惑で騒ぎ出し政宗達はすかさず刀を抜く。

「貴様ら何者だ‼︎」

政宗は真剣な表情と強い口調で問いただす。だが男達は答えず政宗の方を向いていたリーダーと思われる男が小刀を取り出し政宗に斬り掛かる。政宗は素早い動きで防ぐ。それを見ていて人々はたちまちに恐怖で騒ぎ出し一目散に左右の扉から逃げ始める。そして他の四人の男達も他の隊員に斬り掛かり戦闘が始まる。

中庭を警備していた隊員達も中の隊員達もベランダを経由して駆けつける。政宗はベランダから来た隊員達に鎬の体制のままで大声で指示をする。

「お前らは参加者を守れ、ここは俺達に何とかする!」

指示を聞いた木森が大声で返事をして代理で指揮を取る。

「はい、組長!お前ら行くぞ!」

「はい!」

他の隊員が大声で返事をして右側の扉から逃げた参加者達を駆け足で追う。

激しい動きで声を上げながら戦闘は激しくなる。政宗は鎬の状況でリーダーの男を左へ90度回し強い力で押し除け刀を素早い動きで左から右へ勢いよく斬り殺す。

「ぐわぁーーー‼︎」

男を弾末を上げ絶命し他の他も政宗と同じ様に押し退けるか腹に蹴りを入れ距離を取って斬り殺す。だが政宗の右隣に居た隊員が男に蹴りを入れ怯んだところにすかさず斬り掛かるが、男は高いジャンプ力で政宗達を飛び越え右側の扉に移動してそこら走って逃げる。政宗達は一瞬、驚くが、政宗は隊員達の方を一瞬向いて左腕を仰ぐ様に振って大声で指示を出してすぐに逃げた男を追う。

「おい、追うぞ」

四人の隊員は返事をするかうなずくき政宗を先導に走って後を追う。大使館の大きな玄関と門を出て多くの人々が行き交う大通りで出て息切れをしながら広がって辺りを見渡すが、黒いマントの男は人混みに紛れて逃げられてしまう。


-5-

何分して付近を巡回していた警察隊がフランス大使館に駆けつけ参加者や警備を担当していた十一番隊の隊員達に事情聴取をしていた。一方、政宗は玄関の扉前で警察が行き交う中で左手で愛刀の白龍の鞘を持って杖の様に立てて暗い表情で俯いた状況で座っていた。すると一人の黒髪で少し若さを残した中年の警官が政宗に近づきそっと声を掛ける。

「政宗君」

政宗は声の方を向く。

「村上署長」

「君の事情聴取がまだだったね。少し歩きながら話さないか」

政宗はうなずき立ち上がり村上の右側に立って並んでゆっくり歩き出す。

村上は政宗の方を見ながら事情聴取を始める。

「晩餐会が行われていた時に君達は何処を警備していたのかね」

政宗は村上の質問に事細く話す。

「俺を含めた五人が会場をそして残り五人が中庭を警備していました」

「門と玄関は」

「玄関の内側と窓際の廊下を大使館の衛兵が警備していました。外側と門には衛兵がいませんでした」

「そーかぁ」

二人は立ち止まり村上は自分の顎を右手で触り政宗の状況を推測する。政宗は再び暗い表情をしてため息をつく。

「はぁーー、油断していました。大通りに面していたか大丈夫だと思っていましたが、まさかこんな事になるなんて」

村上は考えをやめて政宗の方も見ながら右肩に自分の左手を置いて励ましの言葉を掛ける。

「君のせいじゃない。大使館側にも落ち度があったのだから一旦に君の責任とは言いがたい。だから元気を出して」

政宗はその言葉に村上の方を向いて気持ちが楽になった表情でお礼を言う。

「ありがとうございます、村上署長」

村上も政宗の表情を見て笑顔になるが、すぐに真剣な表情で政宗に話し掛ける。

「それと政宗君、実は話したい事があって」

政宗も真剣な表情になり二人はお互いに向き合う。

「話したい事とは」

「うむ、実は今回の襲撃事件は初めてではないのだよ」

政宗は疑問の表情をして村上に質問をする。

「どう言う事ですか」

「実は何週間前にもフランスの外交官が夜道で襲撃される事件があってね」

「それで」

「まぁ運良くその辺りを巡回していた警官隊が駆けつけたから大事にはならなかったよ」

「そうですか・・・もしかして⁉︎外交官を襲撃した奴って」

「そう、君達が戦った黒いマントを着た男達だよ」

「それで奴らは何が目的で外交官を襲撃したんですか?」

「どうやら外交官が持っていた京都で行われる国際会合の日時と参加者の名簿が目的だったようだ」

「日時と名簿、何故そんな物を狙ったんだ?」

「さぁー、今のところは我々も調査中だから分からんよ」

二人が話していると一人の警官が玄関から大声で村上を呼ぶ。

「村上署長ーーっ‼︎ちょっと来て下さいーーっ‼︎」

政宗と村上が同時に玄関の方を向き村上が大声で返事をする。

「分かった、すぐ行く」

政宗と村上は再び向き合って村上は政宗に別れの挨拶をする。

「じゃぁまた、何か分かったら本部に伺うよ」

「分かりました。村上署長、ありがとうございます」

政宗が村上に一礼すると村上も軽く一礼すると小走りで玄関に向かう。

村上とすれ違う形で佐川が玄関から出て来て政宗の側に近づく。

「組長。先程本部から直ちに全員、本部に戻れと、副長から連絡が」

政宗は佐川の報告にうなずき命令を出す。

「分かった。至急、全員を門の前に集めろ」

「はい」

佐川はうなずき駆け足で他の隊員のところに向かう。

場所は変わり新撰組本部。政宗ら十一番隊は本部に戻り政宗は一人、着替えずに刀を腰から抜いた状態で局長室に向かう。

「失礼します」

政宗は局長室に着くと襖の前で挨拶をして右側の襖を開ける。そこには左側に近藤、目の前の奥に歳三が胡座で真剣な表情で座っていた。政宗は一礼して入り静かに襖を閉めて近藤の前に胡座で座る。

近藤は政宗にフランス大使館で起きた事を聞く。

「政宗、大使館で起こった事を事細かに報告せよ」

「はい局長」

政宗が事細かに近藤と歳三に話す事、数分が経った。話が終わると近藤は考える表情で右手で顎を触る。

「うーむ、謎の黒マントの男達、外交官の襲撃、そして今回の事件。同一犯なのは確かだが、実行犯が例え倒幕派だとしても何故、フランスの大使を襲う」

歳三が近藤に仮説を言う。

「繋がりを断つ為じゃないか。幕府が維持出来っているのもフランスの後ろ盾あっての事だ。倒幕派の連中にとっちゃ後ろ盾を失えば幕府を倒せると考えたんだろうよ」

歳三の仮説を聞いた政宗が反論する。

「いいえ、それは違うと思いますよ父上」

「何が違うんだ」

「もし仮にフランスとの関係を断とうと計画したらもっと分かりやすくするはずです。例えば幕府の役人に扮して襲撃したり、または現場に幕府の関係する何かを置いて逃げるはずです。しかし外交官の襲撃や今回の大使館襲撃にわざわざ黒いマントを着て実行するでしょうか。明かに倒幕が目的ではないと俺は思います」

「一理あるが、暗殺者を雇ったって事もあるぞ」

「父上、考えてもみてくださいよ。例えそうだったとしてもでは何故、国際会合の日時と参加者の名簿を盗もうとしたんですか。倒幕派は一日でも早く幕府を倒したいはずです」

歳三も右手で顎を触りながら考える。二人のやりとりを無言で聞いていた近藤が口を開く。

「トシ、政宗の推測は正しいかもしれない。倒幕派の仕業にしても奴らの目的はあくまで幕府を倒す事、フランスとの関係を悪化させるのであればもっと分かりやすくするはずだ」

歳三は政宗の推測に賛成する近藤の説明に納得した表情でうなずく。そして近藤は政宗に今後を説明する。

「さて政宗、お前は今回の襲撃は自分の責任だと思っているが、聞くところだとお前一人だけとは限らない。隊員全員や大使館側にも不備があったと思うが、実際どっちが悪いと聞かれると判断は難しい。よって政宗を含めた十一番隊全員には何の罰則は与えない。それでいいな」

政宗は近藤の今後を聞いて納得した表情で深く一礼する。

「はい、分かりました局長」

歳三も政宗に励ましの言葉を掛ける。

「気にするな政宗、失敗は誰にでもある。大切なのはそれを次に活かす事だ。だからあまり自分を責めるな」

「父上、ありがとうございます」

政宗はそう言うと立ち上がり二人に挨拶をする。

「では自分はこれで、失礼します」

近藤と歳三はうなずき政宗は局長室を出る。そして風呂場へと向かう。


-6-

翌日の昼頃、斎藤ら三番隊は鎖防具を外した格好で築地近くの港町を巡回していた。煉瓦造りの建物と道で港近くとあって大通りには様々な魚介類が売られ、それを買いに多くの人々が行き交い賑わっていた。

斎藤は何かを思い出したかの様に立ち止まり懐中時計を取り出し時間を確認する。斎藤の行動が気になった一人の中年の隊員が斎藤に話し掛ける。

「組長、どうしましたか。時計なんか取り出して」

「ああ、ちょうどお昼だからみんなで何処かの店で飯でも食おっかなって」

「それなら左側にあります、あの青いのれんの菅田はどうでしょうか。新鮮な魚の料理が絶品ですよ」

「そうか。よし、お前がすすめるならあそこにしよう。みんな、今日は俺のおごりだ」

喜びの声を上げる隊員達、そして斎藤を先導に菅田に入る。

お店の中は多くの人々で賑わっており亭主が斎藤達が入店したのに気付き接客を始める。

「いらしゃいませ、おお、これはこれは新撰組の皆様、お勤めご苦労様です」

「あぁ、ありがとう。六人なんだけど座れるか」

「御座敷なら空いていますけど」

「あぁ構わないよ」

「ではこちらへ」

亭主が斎藤達を御座敷の席に前に案内し斎藤達は草鞋を脱いで上がり皆は左腰に提げている刀を抜いて左側に置くが、斎藤は左利きで右腕に提げている関孫六を抜いて右側に置いて胡座で座る。斎藤は皆に何を注文するかを聞く。

「さて、皆は何を注文する」

皆がそれぞれ、食べたい料理を言う。斎藤は全員の料理を聞き注文の為に店の者を大声で呼ぶ。

「すまんが注文を頼む」

「はい、ただいま」

二十歳そこそこの青年が小走りで斎藤の元に向かい注文に応対する。斎藤が青年に頼みたい料理を言い終わると青年が斎藤に話し掛ける。

「あのーっ失礼ですが、昨日の夜、新撰組の皆様はここを巡回していましたか?」

青年の質問に斎藤を含め全員が首を横に振る。そして斎藤が青年に訳を聞く。

「それはどう言う事だ?」

「はぁー、実は昨夜、亭主と一緒に店の片付けをしている時に大通りを皆様と同じ羽織をした集団を見ましてね。てっきり新撰組の方が夜の巡回をしているのかなと思って」

「いやぁ昨夜は我々を含めて他の隊も別の所を巡回していたから、ここを巡回していた隊はいませんね」

「そうですか。すみません変な事を聞いてしまって」

青年は軽くお辞儀をして厨房に向かう。

斎藤達は青年の話しに疑問を持ち話し合いをする。

「変だな。昨夜の巡回は我々を含めて江戸城付近だったからな」

「はい、組長。確か一番隊の沖田さん、それに二番隊の永倉さんはそれぞれ北町や南町を巡回していました」

「十一番隊は大使館を警備していたし、近藤局長や土方副長または六番隊の島田さんの隊が巡回していたんじゃないのか?」

「いや、それはないな中尾」

「何でですか組長?」

「昨日、島田の隊は待機日だったし局長や副長もずっと本部に居たし、だいたいこっちに来るにも相当時間が掛かるぞ。それを考えると夜遅く戻って来る隊が居るはずだ」

「確かに言われてみれば遅くなった隊はいませんでしたね」

斎藤を含め全員が腕組みをして考え込む。

場所は変わり江戸城付近の桜田大通り。多くの人々が行き交う中で斎藤達と同じ着こなしで政宗の十一番隊が巡回をしていたが、政宗は浮かない表情をしていた。

(確かに昨日、局長が言っていた事は正しい。でも何の罰則が無いのは何だか心が落ち着かないな)

などと心の中で呟いていると井上が政宗のそばに近づき声を掛ける。

「どうしたんですか政宗組長?もしかしてずっと昨日の事を考えていたんですか?」

「あ、あぁどうも落ち着かなくて」

「いつまでも過去の事を引きずっても仕方ないですよ。ほら元気出して」

井上は笑顔で政宗の背中を軽く叩く。政宗は井上の言葉と行動に政宗は笑みを溢す。

「あら、政宗じゃない」

政宗はその声を聞くと一瞬で険しい表情となり前を向く。そこには皆、新撰組と同じく着方で上には背に義が描かれ黒く染め抜いた白いダンダラ羽織を着た彩芽が組員を引き連れいた。

「彩芽じゃないか、珍しい所で会うな」

彩芽は笑顔で政宗に話す。

「えぇ、聞いたわよ、あんた大使館の警備しくじったそうね」

「ふん、そんな事をわざわざ言いに来たのか」

「いいえ、そんな訳ないじゃない。私達も朝廷の命でここに居るのよ」

「朝廷の命、どう言う事だ」

「教えない。あんたみたいなまともに大使館の警備も出来ないアホには教えない」

彩芽は人を馬鹿にする笑顔で政宗に指を刺しながら答える。彩芽の態度に政宗は怒りを堪えながら笑顔で話し出す。

「そうか、それは残念だ。でもまあそんな性格だから今だに幕府直轄の組織なれないのが納得がいく」

政宗の言葉に彩芽が険しい表情となり鋭い目付きで政宗を睨む。

「そんなの関係ねぇーだろ。だいたい昔からでけえ面して表を出歩くあんた達が気に食わなかったんだ。本来なら私達、見廻組こそ上様の側に仕えるのに相応しかったんだ」

「そのいつまで経っても過去にこだわる考えこそ上様がお前らを幕府直轄にしなかった理由さ。あぁそうか性格が悪いお前には俺の言っている事なんて理解出来ないもんな」

政宗も彩芽と同じ人を馬鹿にする笑顔で話す。そして二人は一気に殺気と怒りに満ちた目つきと表情で睨み合い、お互いに愛刀に手を掛けたその時に偶然、通りかかった村上署長が二人に声を掛ける。

「政宗君、彩芽君、何をしている」

睨み合っていた二人が急に落ち着いた表情で同時に左を向く。

「村上署長」

「村上さん」

二人は穏やかな口調で言葉を掛ける。そして村上は二人に話し掛ける。

「こんな大通りのど真ん中でまさか喧嘩か」

二人は慌てて村上に弁解する。

「ま、まさか違いますよ、村上署長。俺達はただ話をしていただけですよ」

「そ、そうですよ。こんな大通りで喧嘩なんてしませんよ」

村上は二人に言い訳に呆れる。

「分かった。そう言う事にしておくよ」

二人は安堵し村上は何かを思い出した表情をして政宗に話し掛ける。

「あぁそうだ。政宗、丁度良かった。実は襲撃事件の調査の事で伝えたい事があってな」

政宗は急に真剣な表情となる。

「何かわかったんですか」

「ここじゃなんだ。本部で話そう」

「はい、分かりました。では行きましょう」

政宗が先導となり村上と隊員達は後ろを付いて行く。

村上は付いて来ない彩芽に質問する。

「どうした来ないのか」

彩芽は一瞬、戸惑ったが、ぎこちない笑顔で返事をする。

「え・・・えぇもちろん行きますとも」

そう言うと彩芽達も政宗達の後を追う。


[第2章:吉原大乱闘]

-1-

政宗達は試衛館に着くと入り口に黒い西洋服を着て出立良く整えた歳三が立って待っていた。政宗は村上が彩芽達を誘って連れて来てしまった事に焦ってゆっくり近づいて弁解する。

「あぁ父上、いえ副長。見廻組のヤツを連れて来たのには訳がありまして」

歳三は落ち着いた口調で政宗に話す。

「別にいい。お前が戻ったら見廻組が江戸にいる事を話そうとしていた」

政宗は驚いた表情をする。

「もしかして、知っていたんですか?」

歳三はうなずく。

「ああ、それに村上もだ」

政宗は後ろにいる村上の方に顔を向ける。村上は申し訳ない表情をして政宗に近づいて話す。

「すまない、政宗君。実は見廻組が江戸にいる事は今朝、本庁から聞かされてね」

「じゃあ彩芽、お前らはまさか」

彩芽が自慢げな表情で政宗に近づく。

「そう、あんたの想像通り。私達は朝廷の命で江戸に来たの」

「一体何の理由で朝廷はお前らを江戸に上らせた」

「それは奥の大広間で話す。全員来い」

歳三はそう言って大広間へと向かう。その後を追う様にして政宗達も後に続く。政宗達が大広間に着くとそこには他の方面に行っていた沖田や永倉、斎藤、島田達に加えて見廻組の組員達も胡座をして揃っていた。政宗と彩芽は真ん中に一緒に腰を下ろして胡座をして座る。

大広間に集まった新撰組の組員は見廻組がいる事にお互いに話しをしてガヤガヤしていた。そして左側の方から近藤や歳三に加えて見廻組局長の佐々木 只三郎、村上署長が大広間に入り皆の前に一列になって腰を下ろして胡座をし、歳三が組員達に静粛の声を出す。

「全員静かに」

歳三の号令で全員が静かになる。そして近藤が話を始める。

「全員、分かっていると思うが、見廻組が江戸に居るのは朝廷の命があったからだ。実はフランス大使館襲撃の事を村上署長が調査し、ある事が分かった」

村上は軽く一礼して調査結果を話す。

「実は調査結果でフランス大使館と外交官襲撃だけではなかったんです」

政宗が驚き村上に質問する。

「え、いったいどう言う事ですか、村上署長」

「はい、実は一ヶ月前からフランスだけでなく幕府関連の施設が襲撃されていたんです。今まで報告が上がらなかったのはタチの悪い強盗の類か倒幕派の仕業だと処理されていたんです」

「なるほど。で、施設を襲った連中の狙いは」

「それが武器、弾薬、そして日米が合同で建造している最新の高速艦の写し画が盗まれてまして」

彩芽が腕を組んで真剣に考える。

「いったい何が狙いなのかしら。あぁそうだ。近藤局長、例の件の事を皆に話して下さい」

近藤はうなずき彩芽の言っていた例の件を真顔で話し始める。

「実は幕府と朝廷の命で我ら新撰組は京都見廻組と共に事件を調査する事となった。よって本日から見廻組は江戸を拠点にする事となった」

政宗を含めて他の組員もざわつき始める。それは近藤が手を前に出して静かにさせて話しを続ける。

「急な話しで戸惑っているが、これは大いなる命である。これからは隔たりを無くし日本とそして平和の時代を守る為に皆、一丸となってもらいたい。以上だ、これにて解散」

近藤の解散の言葉と共に新撰組と見廻組の組員が一斉に立ち上がり自分の持ち場に向かう。その際に政宗は一人、大広間を出た彩芽に問いただす。

「おい、彩芽。滅多な事では命を出さない朝廷がお前らに直接、命を与えると言う事はお前、何か朝廷に申したな」

政宗の指摘に彩芽は笑顔になる。

「ええ、でもありのままを朝廷に言っただけよ。それにね、私はとても嬉しいわ。ようやく私達、見廻組が幕府の為に尽くせると嬉しいわ」

彩芽は笑顔で政宗の前を去る。政宗は去っていく彩芽の後ろ姿に政宗は不機嫌な表情で見つめる。そんな政宗の後ろに歳三が立って話し掛ける。

「やっぱり、気にくわないか?」

「ええ。あいつ、ありのままを言ったって話してましたけど、実際は朝廷を上手く言いくるめて陸軍省を黙らせたんですよ。見廻組は陸軍省の命がない限り京から一歩も出られないんですから」

「局長の只三郎も急に陸軍省から江戸に向かえと命が降ったから来たと話してた。只三郎の様子だと彩芽が朝廷を言いくるめた事は知らないようだ」

「彩芽の奴、卑怯な手もいとわないなんて。純粋な正義を掲げていた彩芽は何処へ行ったのやら」

「そう言うな政宗。あいつもあいつなりに国や組を想ってやっているんだよ。まぁやり方は汚えが」

「父上は甘過ぎます」

歳三はそう言うと政宗の右横を通るが、政宗は呆れた表情で歳三の右肩をがっしりと掴む。

「ちょっと待って下さい父上。さっきから父上の格好を見て気になっていたんですが、もしかして真っ昼間から吉原に行く気じゃありませんよね?」

政宗の指摘に歳三は苦笑いをしながら言い訳をする。

「んなわけがねーだろうが。ちょっとこれから知り合いとお茶しに行くだけだよ」

歳三の言い訳に政宗は険しい表情する。

「ダメですよ父上がそう言う格好する時は絶対に外出させるなって近藤さんから言われてますから」

政宗の言葉に歳三は露骨に嫌な顔する。

「かっちゃんのやつ。余計な事を政宗に言いやがって。いいじゃないか政宗、ちょっと吉原の女と茶するだけだから」

「ダメですよ。こんな事を今もやっていると母上が知ったら悲しみますよ」

「黙ってりゃいいんだよ、黙ってりゃ」

「ダメです」

政宗はすかさず両脇から両腕を通して歳三を抑える。歳三はそれを振り切ろうとジタバタする。二人のやりとりを先に大広間を出ていた近藤と村上が見ていた。村上は二人の仲の良さを近藤に語る。

「あの二人、本当に仲がいいですね」

「あぁ、でも知っていたか村上。昔、トシは政宗の事を息子と認めてなかったんだ」

近藤の発言に驚く村上。

「え、本当ですか?」

「あぁ、本当さ。でも政宗は諦めずに努力してトシの事を認めさせたんだ」

「でも何で歳三さんは政宗君の事を認めなかったんですか?」

「それはトシの過去に起こした行動が原因なんだ」

近藤は村上に歳三の過去を話し始める。


-2-

政宗の父、土方 歳三は武蔵国、多摩郡にある石田村の出身で彼の実家は農家であったが、村の豪農である。歳三は十人兄弟の末っ子で幼少期から美男子であったが、それとは似合わず乱暴で荒々しい性格をしていた為、村の皆からバラガキと言われた。

政宗の母、若林も同じ石田村の出身で村一番と言える程でかぐや姫の如く美しく可愛らしい娘で当時、歳三の屋敷の幼い使用人として働いていた。

この時、歳三はまだ十五歳であったが、幼少期の頃から何処で知ったか女遊びを覚えて村の娘に手を出していた。そして若林がまだ十四歳の時に歳三に目を付けられてしまう。最初は話をしたり一緒に食事をしたりする程度であったが、歳三はついに禁断の一線を超えてしまう。

梅雨の時期が終わり初夏に入ろうとしていた六月後半の夜の事、歳三は若林を用があると言って蔵へと呼び出した。

若林は恐る恐る蔵の扉を開けて中へと入る。

「歳三様、若林ですが。何処に居るんですか?」

周りを見渡しながら歳三を探す若林。それを物陰から見ていた歳三が静かに扉に近づき閉める。若林は歳三の存在に気付き振り返る。

「歳三様、あの・・・何故、扉を閉めるのですか?」

歳三は笑顔で若林に近付き若林の右頬を優しく触る。

「邪魔が入らない為さ。実は俺、前からお前が気になってな」

そう言うと歳三は若林の着ている浴衣の半幅帯に手を掛け結目を解く。すると帯は落ちて若林の浴衣ははだけ衿の隙間から若林の裸が現れる。

若林は嫌な表情で右へ顔を背け左手で衿を合わせ自分の裸を隠す。

「やっぱり、歳三様の狙いは私の体なんですね。噂通り村中の女の子に手を出してこんな事をしていたんですね。最初に貴方様に会った時、その美しいお姿に惚れていましたが、今は悪意しかありません」

若林は涙ながりに話す姿に歳三は無表情になるが、若林の顎を優しく掴み自分の方に向けて笑顔で話す。

「お前のような娘は初めてだよ。俺は好きだぜ。今はどうだ、俺の顔を見て今でも俺に悪意を感じるか」

雲に隠れていた月が顔を出し蔵の窓から月明かりが入り込み歳三の顔を照らす。女性のような美しい肌、布のようなきめ細かい黒髪、そしてまるで宝石でも入っているような一点の曇りがない黒い瞳に若林はさっきまで心に抱いていた歳三に対する悪意が一瞬にして消え、大きな心臓の鼓動と共に激しい恋心が芽生える。

「不思議です。さっきまで悪意しかなかったのに今では貴方に激しく恋をしています。貴方らいい、貴方ならこの身を汚されて構わない。どうぞ、私の体で感じて下さい。歳三様」

そう言うと若林は自ら浴衣を脱ぎ捨て自身の裸を歳三の前に曝け出す。歳三は両手で若林の両肩を優しい掴み、口付けをしながら優しく若林を押し倒す。

こうして歳三と若林は一線を超えその日の一夜を激しく過ごし、一年後に政宗を孕み土方家の使用人を辞めて政宗を出産、彼が大きくなるまでは父親の事は話さなかった。

歳三の過去を知った村上はドン引きする。

「うわぁ、自分の子を孕ました挙句に突き離すなんて最低ですね歳三さん」

近藤は大笑いする。

「あはははははははっ確かに。でもそんなトシでも他人には無い自分だけの魅力であいつは人に好かれるんだよ」

「政宗君はいつ自分が歳三さんの息子だと言ったんですか?」

「幕末の頃だよ。自分がトシの息子だと母親から聞かされて一人、京都に向かって新撰組に入って俺達と再会した時にいきなり言ったんだよ」

「驚きませんでしたか?」

「勿論、驚いたよ。でもあの時のトシは本当に肝を潰した様だったよ」

村上は納得した表情をする。

「それはそうですよね」

二人は政宗と歳三の過去で会話が盛り上がる。

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