第5話魔女症候群

「あ、あのつ、月影さん……」

 どうにかして離れようと僕は試みるが、強烈な腕力で身動きがとれない。

 両手でがっちりと押さえられ、彼女から離れることができなかった。

「どうして、私はこのまま新田くんの匂いをかいでいたいのに……」

 たしかに美女に体を密着されるのはうれしいが、さすがに公衆の面前である。

「な、なあ話があるんだろう」

「そ、そうだったわね」

 僕の言葉で我を取り戻したのだろうか、月影響子は僕の体から離れた。離れたものの、肩がふれあうぐらいの距離にいた。


 僕たちはカフェに入った。

 僕はアイスコーヒーを月影はアイスティを注文した。小さなテーブル席が空いていてのでそこにすわった。アイスティを一口すすると彼女は語りだした。



「私の病名は魔女症候群ウィッチシンドロームというの。どうやら百万人に一人の奇病らしいわ」

 病気というわりに月影響子は健康そのものに見えた。顔色もいい。スタイルも抜群だ。

 なぜだかそのボリュームたっぷりの胸をテーブルに乗せていた。

「そう、この病気はね一種の精神病なの。ある種の意識に支配されてしまうのよ。それは破壊と殺意という意思にね。ずっと心の奥底から声が聞こえてくるの。女の人のね。すべてを殺せ、すべてを破壊しろってね」

 月影の話はあまりに突拍子もない話であった。そしてそれが僕とどういう関係があるというのだろうか。

「私は必死になって治療方法を探したわ。日に日に魔女の意識に支配されそうになりながらね。あれは最悪の日々だったわ。私が私でなくなっていくの。そしてある日私はたどり着いたの。この症状をおさえる物質を。その名もエリクサー」

「エリクサーってあのゲームとかにででくる回復薬のかい」

「そうよ、それ」

 にこりと月影響子は微笑んだ。

 美しい笑顔だ。

 つい見とれてましうじゃないか。

「そのエリクサーはね、ある特定の人間からしか抽出できないの。どうやら人間の体から生成されるみたいなの。私は探したわ。そのエリクサーの保有者を。エリクサー生成可能な能力者を」

 もしかして、それが……。

 僕はアイスコーヒーをごくりと一気に半分ほど飲んだ。

「とても苦労したのよ。探している間にもどんどんと症状は進行していくの。あの魔女の意識に支配される感覚はとんでもない苦痛だったわ。そんなある日、ついに私はみつけたの。厚生省のデータバンクにハッキングしてね」

 ふっと微笑し、月影響子は僕の手首をつかんだ。振りほどこうとしたがこれまたとてつもない腕力で逃げ出すことは不可能だった。

 手首を鼻にあて、匂いをくんくんくんとかぎつづける。

「それがあなたよ、新田くん。あー落ち着くわ。あなたの匂いをかいでるとやっと私の心がとりもどせるの」

 うっとりと頬を赤らめて月影響子は僕の手首の匂いをかぎつづける。

「魔女症候群にかかったものの末路は最悪よ。周囲のものを破壊しつくしてあるものは自死し、あるものは止めにはいったものに殺されるの」

 上目遣いでそう言う、月影響子の秀麗な顔を見て、ぼくはかわいそうにと思った。

「ねえ、お願い……。新田くん、あなたの匂いを毎日かがせてもらえないかしら」

 涙目で月影響子は言った。

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