くじらが鳴いた日

「本日も雲一つない晴天となるでしょう。気温もぐんと上がりますので、熱中症にお気を付けくださいね。以上本日の天気予報でした」


 一日は朝の天気予報のラジオから始まる。

 じめじめとした雨季が明けてからというもの雲一つない空が連日続いている。近年は気候変動が目まぐるしい。昔の歌人が四季を美しく表現していたことばたちも、今ではすっかり意味をなさなくなっているみたいだ。春と秋はそよ風のように頬を撫でるだけで夏と冬が居座り続ける。最高気温を更新するたびに流れていた速報もいつの間にかそれすらなくなってしまった。


 夏休みが終わり、僕たち学生は島唯一の小さな学校へ登校する。人口100人の小さな島国で、僕たちは助け合って生活していた。


「久しぶりの学校だからバスに乗り遅れたよ…」ホームルームに少し遅れてきた少年が不満そうに言う。

「大体通学のバスが一本しかないのが悪いんさ、ずっと思ってたけどよ」

 雨季が明けてからは教室全体にエアコンの冷気が充満する。ひとたび扉を開けると熱気が滑り込んでくるので、必要最低限の開閉で済ませる。

「朝おれラジオ聴き逃したんだけどさ、ココは聴いたか?」少年は僕にラジオの内容を聞いてきた。

「いつも通りの晴天、だって」僕は言う。

「あーあ、おれ雨は嫌いだけどよ。毎日こんないい天気だとそれはそれで面白くないよな、あっついし」

「確かにそうだね。でも今からが夏本番だよ」

「まあそうだよな、あー今日は学校がんばっていったから帰りにネルと三人でアイス食べにいこーぜ」

「それはいいけどヤヤはいつも僕たちの分も半分食べちゃうもの」

 ヤヤは僕を見て顔を赤くした。

「そ、それは味見してるだけさ…わかったよ今日はおれのアイス味見していいから…」

 そういうヤヤを見て僕は笑った。そういうところが好きで僕はヤヤの側にいるのだろう、と窓の外を眺めながら思ったのだった。


夏休み明けの学校はすぐに終わった。明日からの学生生活に憂鬱になりつつも、それが当たり前であった夏休み前を思い出していた。


 僕とヤヤ、そしてネルは家が隣り合う幼馴染だ。ヤヤは食いしん坊でいつも何かを食べている気がする。父親が漁師なのもあり、魚に関しては一番詳しかった。ネルは明るい笑顔の女の子で、僕たち男に負けないくらい強い。強いというのは力ではなく口喧嘩をしたら獏良に勝ち目はない。

「ヤヤ、今日は何のアイスクリームをご馳走してくれるの?」

 校門前で待っていた僕らの元へ、ネルが走ってやってきた。

「またかよ、もうおれお小遣いないんだけどさあ」

「じゃあココは?わたし今月はもうお財布すっからかんだもの」

 ネルはクマの刺繍を施したポーチを逆さまに振った。

「ネルはもうちょっと計画的にお金を使うべきだぞ、そんなんじゃ旦那さんも逃げちゃうかもな!」ヤヤはにやにやと笑って言った。

「うるさいわね!はなよめしゅぎょうしたらヤヤもびっくりするくらい美人で何でもできるおよめさんになるんだから!」

 ネルとヤヤはこんな調子でいつも言い合っている。それはヤヤがひそかにネルのことを気に入っているからなのだと、僕は知っていた。


 結局帰りにアイスを買うことをしなかった。じりじりと肌を焼く日差しに耐えかねて、僕たちは海へ向かった。

「わー…潮風が気持ちいい、海のにおいがする!」ネルはサンダルをぽいと投げると、波打ち際へ走り出した。

「こういうがさつなところ、おれ気にくわねえよ…」

 ヤヤは口をとがらせつつもネルの後に続く。そして僕も。

 僕らの島は澄み切った綺麗な海の上にある。少し潜ると色とりどりの魚が悠々と泳いでいる。美しい珊瑚や海藻と共に。僕らの殆どが漁師となり、豊かな海で漁をする。それ以外の者は島の高台で作物を育てている。季節の移り変わりとともに生活をし、程よい雨と太陽の日差しによって島の生活は保たれていた。

 最近は気温が上がる傾向にあり、海面も上昇している。ただまだ実害はないほどのものだった。


「みろこれ、かなり育った海藻だぞ」

ヤヤは素潜りして海藻を抱えて海から上がってきた。

 ネルと僕はヤヤの元へ駆ける。

「わあこれいったい何なの?」ネルが言う。

「浅瀬に生える海藻だよ、これそのまま食ったらうまいんだ」

 ヤヤはそう言うと波打ち際で軽く深緑の海藻をゆすいだ。

「うそ、まさかそのまま食べるつもり?」ネルは顔をしかめる。

「おう、ココも食べてみろよ。ちょっと弾力があるから噛みちぎったほうがいいかもだけど」

 ヤヤは僕とネルに海藻を少しずつ分けた。そして海藻をくわえて噛みちぎった。海藻はゴムのように伸びて勢いよくちぎれた。

 僕とネルは顔を見合わせて持っていた海藻にかじりつく。そして顔が上向きになるほど伸びる海藻をかみちぎった。

「うまいだろ?」ヤヤはもぐもぐと食べながら言う。

「本当だ、ちょっと固いけど…」僕は必死に噛んだ。

「うん、なんだか…そのままでも甘いような辛いような…」

 ネルは眉間にしわを寄せてうなっている。

「父さんがいつも海で魚持って来たときにおれにもこれを分けてくれてんだ。おやつみたいにいくらでも食べられるし好きなんだ」

「確かに私は食べたことが無かったけれどおいしいかも。家は香辛料の栽培をしているから、こういう海のものはあんまり聞いたことが無かったもの」

 ネルはもくもくと食べ進めている。

「僕の家も果物の栽培をしているからヤヤがちょっと羨ましいな」

 僕が言うとヤヤは嬉しそうに笑った。

「隣なんだしいつでも食べに来てくれていいんだけどな!まあいつも魚料理ばかりだけど」

 その日夕焼けに染まりながら僕らは伸びる影と共に帰路についた。

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作品サンプルまとめ 滝みゅぅ @takim0

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