りんごは木から落ちない

ある日

リンゴが落ちてこなくなった


重力がなくなってしまい

動物も、物も、何もかも

憧れの宙を舞う


まるでようやく足枷が外れて

自由になったみたいに


ーーーーーーーーーーーーーーー

◇ユートピア/p5


もし神様が居て今この世界を見渡すようなことがあれば、きっとひどく悲しむのだろうと思う。信仰心などとうの昔に色褪せてしまった。誰もが神様に頼らずとも、縋らずとも。何の不自由もなく過ごせてしまう時代になったのだから。


 文明がうんと発達したこの時代では、人が一生懸命働く必要はない。大抵の単純な仕事は機械が代わりに作業をする。僕たち人間は機械が判断しきれない緻密な作業と、機械を作動させる前の安全チェック、そして貴重品の回収が主な仕事だ。建物や機械その他のほとんどが人工材料を使っており、今では石材や木材などの自然材料が高価で取引されている。

 今回僕に任されたのは世界で最後にひとつ残っていた教会の解体だった。

 最後の教会。

 今よりずっと昔は人々が神様を信じ、祈りを捧げていたという。未来の願いを託した者や叶わぬことに縋った者も。それが本当に叶ったかどうかは知らないが、嬉しいことがあると神様のおかげだと食べ物を供えて喜んだという。教会というものは、神様と人が交わる場所であったのかもしれない。

 

 僕は黒い小さな鞄に、測量機や機械のリモコンを雑に詰め込んだ。この鞄を持って建物の解体をするのもあとどれくらいなのだろうか。昔の建築物が次々に最新技術を使った風化しない材質に変わっていく中で、この先建物をとり壊すことすら必要なくなるのかもしれない。それまで地球が存在していたら、の話だが。

「先程の教会の件で、少し気がかりなことがあるんだ」

 職場の上司が僕の元へ来て言う。

「気がかり、ですか。何か問題でも」

「ああ。問題と言うべきなのかは難しいところだが、あの教会にどうやら人がいた痕跡があるらしいんだ」

 ふむ、と僕は相槌を打った。

「所有者が居ないし、あの周りに民家もない。遠くからわざわざやってきているか、もしくはそこに住み込んでいるのか…何しろ視察した者が灯りが見えると言っていたものでな」

「灯り?まさかあんな古ぼけた建物に人が出入りしているとは思えないのですが…」

「まだ信仰心を持つ人間が居てもおかしくはない。あそこが最後の教会なら駆け込む者もいるかもしれないな」

 上司はあからさまに面倒そうな顔をした。僕はため息をついた。

「もしかして、面倒な案件だから僕に寄越したんです?」

「ははは、ご名答。お前はこういうややこしい仕事の処理が得意だろう?俺は人の居る建物の解体は専門外なんだ」

上司は笑うと自分の机に戻っていった。僕はそれ以上何も考えないで、職場を後にした。


 教会は民家も他の建物もない僻地に立っていた。昔は辺り一面植物が生い茂っていたが、今ではすっかり乾いたコンクリートの地面に囲まれていた。

 暫く空飛ぶ車を走らせて目的の場所へ辿り着く。朽ち果てた木材が剥がれ落ちそうになっている。かろうじて形を保ってはいたが、崩れるのも時間の問題だろう。それまでに解体したほうが、いい状態で素材を回収できるはずだ。

 木造の両扉は意外にしっかりしていて、力一杯押し開けた。

 中は幾つかの乱雑に並べられたベンチと、壁には色褪せたステンドグラス、そして正面にはあまりにも貧相な女神像と祭壇があった。

 僕は埃っぽい教会内を見回す。祭壇の上に置かれた燭台に、火が灯っている。そして壁に掛けられた燭台にも、ひとつ残らず灯が点けられていた。しかし誰かが居る気配はない。

「どなたかいらっしゃいませんか」

 僕は少し声を張り上げる。小さな建物に聞こえるには十分な大きさだ。

「解体人ですが、いらっしゃるのであればお話をさせてください」

 声はどこからも返ってこなかった。

 いないのであれば、おそらくもうここを後にしたのだろう。まだ朝早いが、礼拝はそれくらいの時間なのかもしれない。

 人がここを出入りしているとなると、調査をして勝手に解体というわけにはいかない。所有者が居ない建物を解体するのに許可なんていらないが、流石に一言掛けておくべきだと思う。

 僕は鞄から機械を取り出し、燭台やステンドグラス、壁などの自然材料の純度を計測する。かなり傷んではいるが純度は高い。おそらく建築されたのは数百年くらい前だろうか。少し歩く度に埃が宙で踊り、床板が唸る。咳き込みながら隅々を見て回る。その間も燭台の灯は静かに揺れ動いていた。


結局数時間待ってはみたものの、誰一人としてやっては来なかった。こんな僻地で当然と言えば当然なのだろうが、どう考えても誰かが灯を点けている事実に変わりはない。他に自然現象で灯が点くことや、作り物の消えない灯かと調べたが、そんなことはなかった。

 無音の場所で神経がすり減り、機械を鞄にしまうと重い足取りで外に出た。

 すっかり日が暮れ、歪んだ三日月が仄かに足元を照らした。


「それはおかしな話だなあ…どうも気味が悪い」

 翌日、事の顛末を上司に話すと青ざめた顔をした。

「もしかして幽霊とかが、教会に憑りついていたり…」

 上司はそう言うと鳥肌が立った腕を、何かから追い払うようにさすった。彼は幽霊やポルターガイストのようなものを酷く怖がる性格なのだ。

「はあ、昔からそうですけど、そういう非科学的なものを信じていますよね。大昔に言われていた血液型の性格分類とか。あれもそうですけど、4つの血液型で性格が決まるなら世界には4種類の性格しかないことになるんですよ?大体あんなのは誰にでも当てはまるようなことしか書いていないんですよ。人は自分に有益だったり少し当てはまるだけで、そうだと思い込んでしまうんですからー」

 僕は上司が呆れた顔で僕を見ていることに気付き、慌てて閉口した。

「すみません、言い過ぎてしまいました。こういう話になるとつい」

「ははは、分かってるよ。何年の付き合いだと思ってるんだ。何というか、お前は非科学的なものを頑なに信じていないよな。それが悪いことではなくてさ。本当に幽霊が居るかいないかは誰にもわからないし、今までのあらゆる科学的に証明されてきたことさえも、時代が進むと違う事実になったりする。所詮俺ら人間が決めた人間のルールであって、それが世界の事実とは限らないってことだよな。だから幽霊を信じる奴もいれば、お前みたいな奴もいていいんだよ」

「世界の真実は誰が知っているんでしょうね」

「そりゃあ神様だろうなあ」

 上司は笑って冗談を言った。何だか上手く話をまとめられてしまった気がする。こういう言い合いをする度に、上司は決まって世界の真理を探究する研究者になれと言うのだが、なれないからこの仕事をしているのにと思ってしまう。この時代にまだ証明されていないことなんてあるのだろうか。科学で証明できないことを幻覚や幻聴だと言いくるめられてしまうこの時代で。

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