第467話 当然そのパターンもあったわけだ

 召喚者は忘れるという事が無い。だがダークネスさんは自分の事はほとんど覚えていなかった。

 当時は演技かと疑った事もあったが、実際に暮らしてみて違う事はすぐに分かったよ。ダークネスさんは、本当に色々と忘れている。不思議だった。

 だけど今分かった。色々と忘れているんじゃない。全部忘れているんだ。

 それでも、事前に対処を決めてあったのだろう。

 大局として何を成すべきなのかだけでなく、細かな様々な状況に出会った時、自分はどうするのかを。

 そして、事前に予定の無い事を俺がしようとした時は放任した。

 微かに俺の残滓を入れただけ。後はプログラム通りに動くような人形。

 そんな状態になっても、戦い続けていたんだな。


「聞いているかもしれないが、我が魂をこの器に入れたのは樋室紗耶華ひむろさやかだ。詳しい話を聞きたければ、彼女の元へ行くが良い。場所は知っているのだろう」


 これは、俺の残滓が言ったのか、それとも事前にこんな事まで決めてあったのか……。

 いや、深くは考えまい。微かだが、俺はまだここに居る。それで良いじゃないか。


「ああ、行ってくるよ」





 ★     △     ★





 樋室ひむろさんの家は前と同じ場所にあった。当たり前か。

 中にいる事は感覚で分かる。となれば、ここは素直にゴミ部屋を迂回しよう。

 玄関から側面に周り、窓をノックする。

 多少怪しいが、警戒されないだろうか?


「誰? 何かあったの?」


 あ、思いっきり警戒している。

 まあこんなふうに訪ねてくるのは、普通は緊急事態だし。

 さて……通じるか?


成瀬敬一なるせけいいちです。この名を聞いていなければ、本当のクロノスと言えばわかるかな?」


「……もしそうなら、そのまま入って」


 意味は――確認する必要も無いな。

 俺は外から部屋の中までのわずかな距離を外して、彼女が横たわるベッドの横に移動した。


 そこに居たのは、当然ながら樋室紗耶華ひむろさやかさんだ。

 様子も部屋の様子も、あの時と変わらない。

 というか、初めてここに来た時も召喚されてから1年程度だ。何か変わっていたら逆に驚く。


 お隣のゴミ部屋と比べ、塵一つ無い整頓された綺麗な部屋。

 ピンクの絨毯に、キューピッドが染められたピンクの壁紙もそのままだ。

 そして樋室ひむろさんもね。

 相変わらず、ちょっとドキッとしてしまう美人。髪は白く、落ち着いた表情でベッドに横たわる姿はどこか深窓の令嬢を思わせる。

 初めて召喚された時の、あたふたしていた彼女とは思えないな。

 あの頃は髪も黒かったし、美人というよりコミカルなイメージの方が強かった。当然だが色々とあったのだろう。


「やっぱり本物なのね。でも不思議ね。まるで本当のクロノスがいるように感じるわ」


「色々と知っているんですね」


「ええ、それを聞きに来たのでしょう?」


 そう言うと、軽く微笑んだ。その笑みは淡く、見た目も相まってそのまま消えてしまいそうな不安を感じてしまったよ。


「ただその前に、ちょっと診せてもらって良いですか? これでも医者なんですよ。研究がメインですけどね」


「……その制服、高校生のよね? コスプレにも見えないけど」


 突っ込みどころはそこかい。

 天然な所はそのままなんだな。


「それに診ても無駄よ。これはスキルの代償。それも使い続けている間だけのね」


 俺の知る限り、彼女のスキルにそういった性質はなかった。

 彼女のスキルは……。


「知っている事を、教えて頂けますか?」


「そのために来たのでしょう? 彼にはもう会った?」


 彼とはダークネスさんなのか、それとも宮神明みやしんめいなのか。

 まあどちらにせよ――、


「ええ……色々あったみたいですね」


「そうね……それにしても先に聞きたいのだけれども、確か情報では新たな召喚は今日よね? まさかいきなり目覚めてここに来たの?」


 そこからか。まあ分からないでもない。


「俺と奴との間で、歴史がるぐるぐると回り続けている事は知っていますか?」


「ええ……その辺りの事は。ずっと歴史を繰り返しているのよね」


「まあそうなんですが、面倒なのは俺自身が繰り返しているわけでも奴が繰り返しているわけでもない。実際には時はずっと流れ続けているって事なんですよね」


「その辺りも聞いたわ。全然理解できなくて、10回くらい聞いて図も書いてもらったわ」


 そういった樋室ひむろさんは、本当に楽しそうに微笑んだ。昔の――だけど今この時の大切な記憶なのだろう。


「そして、今まで奴を倒した事は無い。奈々ななで消し去って来たのでしょう? 次のラーセットを、新たに召喚された俺に託して」


「そう聞いているわね。最後は必ずそうなったと聞いているわ。でも途中は随分違う。あの人クロノスが途中で倒されてしまったり、貴方が命を落としたりね」


「もし本人に聞く機会があったら、一番それを聞きたかったんですよ。俺が死んだらどうしていたんです?」


「貴方の親友に託していたわ」


 その言葉で全身に鳥肌が立つ。


西山龍平にしやまりゅうへい君か水城瑞樹みなしろみずきさん。あの人たちは、貴方のバックアップ。最悪の場合は本当の水城奈々みなしろななさんを使うらしいけど……その辺りは詳しくないの。とにかく誰かに時計の針を刺して、事情を話して地球に送る。そうしてラーセットに召喚されて――そこで何て名乗ったのかは知らないけど、やっぱり貴方を召喚しての繰り返しね。ここまで続いているのだから、一応は成功しているわけね」

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