第451話 逃げ込むとしたらここしかないんだ

 地上に出ると、ようやくラーセットの風見かざみと通信が出来るようになった。


「クロノス様、ちゃんと生きていますか?」


「ああ。だがこちらは逃げられたな。完全に見失った」


「前と同じですか。お疲れ様と言いたいところですが、勝算があって戦ったのでは無いのですか? 倒し損ねて過去に戻って来たそうですが、その辺りの事を戻ったら教えてくださいね」


 言葉の棘がいがぐりの様だ。

 俺がこの時代に残れるかどうかは分からないが、その場合はどうやってなだめるかだな。

 だけどそれを考えるのはまだ先で良い。


「本体との戦いは俺と平八へいはちでやる。そちらはどの位連絡が付いた?」


千鳥ゆうちどりゆうさんのチームとは連絡が付いたわ。だけど全員が戻るには2週間はかかるわね。一部のメンバーで良ければつるぎ君が送れるけど」


 剣鋼つるぎはがねか。味方をセーフゾーンへと送るスキル持ち。

 未来では大穴戦で戦死してしまい、千鳥ちどりチームはそれこそ翼を失ってしまった訳だ。

 だけどこの時代ならまだ生きている。


「分かった。俺の本棚にある”上下水道の仕組下巻”の中に挟んであるメモに極秘のセーフゾーンの座標が書いてある。そこに飛んで貰ってくれ。そこから廃墟へ向かう」


「廃墟?」


「ああ。奴は今、その場所に向かっている。ただ距離を考えれば俺達の方が先につくからな。そこで作戦を説明すると伝えてくれ」


「分かったわ。行けそうならわたしも行くけど、どうなの?」


「そうだな……連絡が付く限りの召喚者を集めてくれ」


「猶予はどのくらいありそうなの?」


「奴は早いとはいえ迷宮ダンジョンを通るからな。2ヵ月を少し切るくらいの時間はあるよ」


「ならこちらはケーシュさんとロフレさんに任せるわ。可能な限りのメンバーに集合をかける」


「よろしく頼む」





 ★     ※     ★





 風見かざみに指示した座標はかつて探究者の村と名乗っていた場所だ。

 万が一の為に、座標を残しておいてよかったよ。

 さすがに時間の猶予があるという事で、千鳥ちどり風見かざみ他、続々とメンバーが集まって来た。


「残念だけど、磯野いそのさんは間に合わないそうよ」


「それは残念だ」


 と言いつつ、磯野いそのの報告書は地図付なので正確だ。間に合わない事はわかっていたんだけどね。

 今回が磯野いそのが奴と出会える最後のチャンスだった。そういった意味では、仲間の仇を取らせてあげられないのが少し残念ではある。

 ただ俺が失敗したら全部ご破算。磯野いそののスキルじゃあいつには勝てないだろうしな。





 ◇     ▼     ◇





 そして予定よりも時間がかかり、2ヵ月半ほど経過してから動きがあった。

 今俺たちがいるのは、探究者の村に作った仮設テント。

 ただテントと言っても、普通の家の敷地程ある巨大サイズ。言うまでもなく迷宮産の頑丈な奴だ。

 ここまでは来ないだろうし無用だとは思うが、カモフラージュの効果もある。


「出始めたそうです。予想通りって事です?」


「ああ、あまり長いから少し心配だったけどね」


 おそらく徘徊するセーフゾーンの主を回避しながら来たのだろう。


「ここで1年とか待機になったらどうしようかと思ったわ」


 言葉に棘はあるが、安心した感じがある。

 やっぱり心配してくれていたのだろう。

 実際、俺も百パーセント分かっていたかと言われたらそんな訳がない。

 個人的にもほっと一息だ。


「今は廃墟の中を隠れるように寄生体が動き回っているそうです。仕掛けるです?」


 正式名はあるのだが長いからな。おのおの言いやすい様に言っているが、ようするに同類とか雑魚とか呼んでいる連中だ。


「それは周囲が安全か確認しているんだよ。しばらくすれば眷属が確認する。それで安全を確認すれば、本体が入って暫く定住するわけだ。仕掛けるのはそれだけだよ」


「いつ分かるです?」


「何となく感じるんだよ。まだ安心せずに動き回っている感じだ」


「それは繋がっているせい? なら近くには来ないんじゃない?」


「まあそんな所だろうな。逆に向こうも何となく俺の動きを感じているだろう。だけど互いに正確に分かるのは生きているかどうかだけだよ。距離なんかは分からないし、俺が止まっているなんていつもの事だから気にもしないだろう」


「ならいいけど」


「それより、あの廃墟は――」


「かつてユーノスと呼ばれていた国さ」


 そう、高校生の頃に一度だけ、坪ヶ崎雅臣つぼがさきまさおみ君の依頼で来たことがある。

 完全に破壊され、復興の兆しは欠片もない。ここは奴によって滅ぼされた国だ。

 当時はなぜあそこまで破壊したのかが謎だった。

 というよりも、連中を見て謎が深まったといった方が良いか。

 何せ奴らは壁を平然と登るし、背後に回って守備隊を攻撃していた。当然、殲滅したら内側から開けるのだろう。

 なら、壊したのは滅ぼした後だ。だけどこの壁、物凄く強固なんだよね。壊すだけでも相当な手間と時間がかかっただろう。

 だけど今考えれば分かる。


 全ての都市にはセーフゾーンがある。当然ここにもな。

 そして、地上近くのセーフゾーンは比較的安全らしい。だからそこを起点に都市が作られるんだ。

 ならここは、奴にとっての最高にして最終シェルターだ。

 滅ぼし、破壊し、誰も寄り付かない。

 また誰かが使い始めたらそうもいかないのだろうが、幸いここは手つかずだ。

 地上に近い事は逆に不安要素でもあるだろうが、あいつも知っているだろう。ここを利用するような人間などいない事を。

 それはやがてダークネスさんたちがここを利用するようになって状況が変わるが、今からずっと未来。それどころか、奴すら知らない世界線の話だ。


 だから今はもうここしかない。奴も何度も短期間のうちに時間遡航を繰り返してボロボロだろう。

 怪物モンスターには襲われ、いつ召喚者や双子が来るか分からない。あいつは俺たちの契約の事は知らないからな。

 そんな中での迷宮ダンジョンでの逃走生活は、さぞ大変だっただろう。

 なら行くところは決まっている。わざわざ作った最も安全な住処。そう、ここしかない。

 いやほんと、予想が外れなくて良かった。

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