第444話 直接戦って勝てるとは思わないからな

 眷族に率いられた雑魚の群れが、各地のバリケードを襲撃しているという報告が絶え間なく入る。

 今までの双子任せのぬるい状況と違い、完全に総力戦だ。

 そんな中、バリケードはあるのに無人の道がただ一本だけある。

 言うまでもなく、俺たちの担当場所だ。


 奴にはちゃんとした知性がある。まあそれにも色々な形がある事を双子から学んだが、奴はしっかりと人間というものを知っている。そして、眷族の動きも把握しているそうだ。

 だからこそ、こう思うだろう。ここを守っていた人間は逃げたか迷宮ダンジョン怪物モンスターにやられたのだろうと。

 なにせ奴にとっては興味がなくとも、そこに置かれている大量の武器を人間がとても大切にしている事を知っているのだ。まさかむざむざ放置しているとは思うまい。

 まあ案外罠だと感じているかもしれないが、そうだという根拠がない。そしてそんな状況なのに、召喚者に雑魚や眷族が撃退されている状態のバリケードには行けない。

 当然ながら、あの道を使って逃げるしかない訳だ。

 1回だけの作戦だが、どのみち時間を戻す奴に何度も同じ手は通用しないからね。問題あるまい。





 △     ☆     △





 クロノスたちが守る予定だったバリケードを突破した眷族は、直ちにその情報を本体へと伝えた。

 この場に留まれば、必ず迷宮ダンジョンの加護に守られた忌々しい殺戮者がやって来る。

 他のルートは全て交戦中だ。

 本体は考えた――とは言っても、人とは根本的に思考体系が違う。

 だが出した結論は、クロノスの予定通りだった。というより、2度の襲撃で双子が来る方向は予想がついたが、どこにクロノスや龍平りゅうへいがいるのか分からないのだから、とにかく進める限り進むしかないのだ。


 その途中、先遣隊の眷族がある場所に到着した。

 そこは超巨大なセーフゾーン。そしてそこを守るのは、体長20メートルにも達する赤い芋虫のような体。そこから生える80対の足。その先端から上に向けて延びるのは、カマキリを思わせる四本の腕を持つ上半身。

 しかし首などは無く、ウミウシのような丸みのある体の先端には、巨大な人間の口が大きく開いている。

 ここ近辺では、最強と呼べるセーフゾーンの主であった。


 もし何もしなければ、いずれは眷族が見つけてゆっくりと始末しただろう。

 だが今は違う。そんな余裕は無い。

 セーフゾーンに入った眷族や同類は、各バリケードの比ではないほどの速度で殲滅される。

 口はあるが食べるためではない。ただ異物を処分する。その目的のために。


 本体はここでようやく気がついた。

 自分を倒すために、ここに誘導されたのだと。

 だが途中に枝道など無かった。当然、クロノスが塞いだ事などなど知り様が無い。

 仕方がない。もはや引き返して別の道を探すしかない。

 眷族たちと思念を通じ、優勢なバリケードを探す。そこへ行くしかない。

 しかし、もう引き返す道は無かった。

 あの殺戮者たちは、どうしてこうも簡単に自分の位置を見つけるのか。

 そこには青い体液を全身に浴びた双子がいた。

 いつもの黒と白のフリルが付いた可愛らしい服も、綺麗に纏め左右で結わえた髪もびしょびしょだ。

 だが体はもちろん、服にも傷一つない。髪にも乱れは見られない。

 それが目の前で一斉に分裂し、次々と強大に育った眷族たちが倒されていく。対抗のしようがない。

 自らが倒されるまで、さほど時間は掛からなかった。





 ◇     □     ◇





 さて、もう双子が本体を捕らえた頃か。

 そろそろ双子の移動速度も分かって来た。本体の位置は磯野いその経由で把握済みだ。


 ここまでは順調そのもの。

 配置も上手く行って、同類や眷属の猛攻を見事に防いでいる。

 これも龍平りゅうへいが本体近くに伏せていたのが大きい。

 さすがに奴も来る方向を学習したせいか、一応は倒すまでの時間が長くなっている。

 それは大量の眷属や同類をそちらに回しているからで、その分だけバリケード組の戦いは予想より順調だ。来る相手がそれ程には強くない事もあって、なんと未だに死者はセロ。

 だけどそれも、今回のトラップに掛かった時点で大きく状況が変わるだろうな――、





 ★     ◇     ★





 ドアノッカーがガンガンと打ち鳴らされる音で目が覚める。今は夜中か。

 これで3回目の戻りだが、この時間……やはり学習しているのか、それとも偶然か。


「用件は分かっている、入れ」


 認識疎外をして、一人だけの寂しいベッドの中から鍵を外す。

 慌てて飛び込んできたのは秘書のテルナスだ。

 いや、もう秘書ではないな。召喚庁で働く現地人のまとめ役だ。

 実際に切り盛りする風見絵里奈かざみえりなが事実上の長官であるなら、彼女は副長官といっても差し支えはない。

 この外見はまだ40歳の頃。つまりはまだ1年は動いていないな。


「緊急事態です。バリケードの2箇所が大軍に襲撃されて! 今風見かざみさんが人員配置を行っていますが、長くはもたないだろうと」


「やられているのは櫛山仲利くしやまなかとし高坂真貴恵こうさかまきえのポイントだな」


「え、ええ、そうです」


 なぜ分かったのかが理解できず、キョトンとした顔をしている。

 とはいえこっちは前の戦いを知っているからな。押されていた所に戦力が集中するのは予測で来ていた事だ。

 だからこそ、対策も当然考えてある。


「了解した。至急平八へいはちに指示を出す。それと教官組の宮本みやもと秋月あきづき櫛山くしやまの所へ。高坂こうさかの地点は元々押される事が前提だ。予定の地点まで下がって迎撃するように伝えてくれ」


「わ、分かりました」


 もし誰かが死んだら、塔が自動的に俺を起こすようになっている。だからまだ召喚者に死者は出ていない。

 だが時間をおけばそうも言っていられないだろう。スキルには制限があるしな。

 だけどこれで少しは時間が稼げるはずだ。


平八へいはち、聞こえるか? さっさと起きろ!」


「どうした。緊急事態か?」


 3回目のコールで、意外とハッキリした声で返事が来た。多分双子に蹴り起こされたのだろう。


「バリケードの2箇所が襲撃された。もうこれが3回目の時間遡行だ。どうやら奴は抵抗が弱かったバリケードに戦力を集中したようでな。磯野いそのも休んでいたから対応が遅れた」


「分かった。すぐに対処する。場所は?」


「頼んだぞ。場所は櫛山くしやま高坂こうさかの2か所だ」


「さすがに2か所同時には無理だぞ」


高坂こうさかにはバリケードを放棄して撤退するように指示済みだ。櫛山くしやまの方は逆に強化したからな。高坂こうさかの方に派遣すればいるはずだ」


「だとさ。それじゃあ頼んだ」


 これほど距離があると双子の声は拾えないが、ここまでの流れを考えれば拒否してはいないだろう。

 連絡後、テルナスの様子と記憶とを整合する。

 思い出すのはこの1年ほどで良い。というか、そんな感じの齢……じゃなくてバリケードがまだあったからだ。

 そうして思い出しながら照らし合わせると……おそらく今は4月くらいか。

 4~5か月は戻った計算になる。また随分と跳んだものだ。

 この様子だと、もうバリケードを使えるのはこれが最後か。

 次からが出番だ。

 俺は覚悟を決めながら次の時間遡行を待った。

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