第300話 いや誰だよお前

 ラーセットの召喚は日本在中の人間に限定されている。なら、どうして世界同時多発死亡事件だったんだ?

 俺が日本で体験した事件は、世界中で大量の不審死が発生した大事件だった。

 将来外国人も召喚したのか? みたいに考えていたが、それにしたって数がおかしい。

 日本人の死者だけでも1千万人以上。今の召喚ペースから考えれば、そんなにたくさんの人間を召喚するなんていつの日の話だ?


 考えられる事は1つ。奴が俺達と同じ様に召喚を行っている。

 今やっているかはまだ分からない。だけど必ず行う。

 実際に皮が剥けて青白くなったら、地球人なのかこの世界の人間かすらも分からない。

 他の世界の人間が混ざっていても分からないだろうが、実は今回は考える必要はないかもしれない。


 召喚には何かのキーアイテムが必要だ。

 そんなに幾つものアイテムを入手したのではない限り……そして世界で死んだ人の数から考えるに、奴が召喚したのは地球からだけだ。

 なにせ召喚アイテムには心当たりがある。あの時計は限定品だが、唯一無二のオーダーメイドではない。

 地球人を召喚できるアイテムを手に入れたのなら、当然それを使い続けるだろう。

 問題は、何処でどうやって手に入れた? そこだろうな。


 そんな事を考えていると、もう目の前に黒竜のあぎとが迫って来ていた。

 うーん、もうちょっと落ち着きというか何と言うか、余裕というものを持って欲しいな。


 顎から上を外し、ついでに胴もバラバラに外す。

 中身を吹き出し粉々に飛び散った黒竜を見ながら、『申し訳ないがまた会おう』なんて考えていた。


 それよりも、まだ予想に過ぎないが、ほぼ確信した。

 あの時の死体の殆どは地球人。そして召喚する知恵を付けた奴は、やがてその召喚先へ行く手段を見つけた。

 俺達とは別の手段。時間のずれはその為だろう。

 やはりその前に倒さなければいけない。

 ただ問題は、なぜアイツは地球に行ったんだろうな。

 あっちの方がいい環境だって、何らかの手段で知ったのだろうか……。





 ❖     ◇     ❖





 帰った俺は、改めて気合を入れ直して職務に邁進まいしんした。

 召喚者達に付け加えたルールは一つ。

 召喚の儀式に使っている時計。それの探索だ。当然、成功者には特別な報酬を約束した。

 ラーセットには悪いが、俺にとっては最重要アイテムだからな。

 まあその位のワガママは赦されるだろう。それだけの貢献はしてきたんだし。





 そして特に大きな成果のないまま5年の月日がたった。

 今日は第10期生の召喚だ。

 第9期生を召喚してから今日までに9回の大変動を体験し、6人が命を落とし、5人が先日この世界から帰還した。

 これで欠員が11人。そのための召喚だが、本当になかなか死ななくなったものだと感心してしまうな。

 やはり数がバリエーションを生み、交流が絆を作る。危険の中でも助け合い、情報を共有する事でこの結果を生んだのだと思うと感動する。


 そして予定通り11人の召喚者がこの世界にやってきた。

 その中の2人を見て、少しドキッとする。見知った人間が2人もいたからだ。

 一人は木谷敬きたにけい。かつての教官組の一人。俺が聞いた話だと、教官組の最古参だという話だった。だけど実際には三浦凪みうらなぎの方が先に召喚され、命を落としている。

 改めて歴史が変わっている事と、召喚されてくる人間にある程度の法則がある事を理解した。

 というかさ――、


「あ、あのう……ここは何処なんでしょうか? あ、いえ、決して文句があるという訳ではなくてですね……」


 いや誰だよお前。

 本人なのは見れば分かる。身長は180センチ程の長身。痩せ型だが、それ以上に手足がすらりと長い。顔もいわゆる美男子とかではないが、全体的に整った感じだ。

 以前に出会った時は恐ろしくふてぶてしく、モデルの様なこの体形から物凄い威圧感を受けたものだ。

 だが何と言うか、今まで言った利点が全部消えてしまうほどにおどおどとした様子である。

 まるで生まれたばかりで上手く立てない小鹿の様だ。


「あ、あの、ここはラーセットでして……」


「い、いえ、僕に構わないでください。あ、あと、その体を近づけないでください」


「い、いえ、先ずはアイテムを」


 ミーネルは引退し、今はシェマンが召喚の儀を取り仕切っている。

 まあ年齢的な事情です。俺的にはまだまだ若いとは思うんだけどね。

 ただそういう事ではなく、召喚は想定以上に体に負担がかかる事が分かった。

 それもあっての事だ。

 だけどまだまだ不慣れな感じは否めない。しかも召喚されたのがあれではなー。

 あのキリッとした木谷きたにはどこへやら。

 というか、たゆんたゆんでバインボインだが、木谷きたにはお気に召さない様だ。


 もう一人もまた見覚えがあった。木谷きたにと同じ教官組だ。

 ただ出会ったのは1度だけ。だから俺との関係は薄い。

 もっとも、場合によっては濃いものとなったろうけどな。

 かつて先輩の救出にロンダピアザに行った時に、地下でフランソワって教官組と一緒にいた男。名を荒木幸次郎あらきこうじろうという。

 身長は見立てて192センチメートル。全身筋肉といった体格で、服は紺のレスラーパンツにブルーのマスク。

 初めて出会った時はマスクは付けていなかったが、中途半端にごっそりと抜けた髪型をしていたな。


 召喚されてきた人間は、自分にとって最も身近な服を着ている。

 学生なら大抵制服だな。風見絵里奈かざみえりなのように、何故か魔法使いの様な三角帽を持ってきた者もいるが。

 要するに、彼にとってはあれば最も身近で慣れ親しんだ衣装という事なのだろう。

 あの恰好でコンビニとかにも行っているのか? いやホントに行っていそうで怖いわ。


 因みに木谷きたにが二次元少女のシルエットがプリントされたTシャツにサマージャケット、それにジーンズのズボン。

 Tシャツにはアイドル何たらとか英語で書いてあるがまあいいや。

 彼らは大学生。身近な衣装もそれぞれ違うって事なんだろう。

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