第271話 これは互いの為になると思う

「ただ現在の所、ラーセットに対して軍事行動を起こす予定がないのは事実です。マージサウルはラーセットがもう抵抗できないと見て早期に動いたようですが、召喚者が健在かつ想定以上と分かった今、こちらの友好国も腰が引けて動けないでしょう」


 確か以前聞いた話だと、南北共にラーセットを狙っていると聞いた。

 だがそれは豊かになったラーセットであり、今のラーセットでは無いという事か。

 それにあの時点では、既に召喚者が大量にいた。

 一人でも及び腰なのに、そんなに大勢いるとなれば簡単には攻めてこないだろう。

 だが何かの隙があれば確実に動く。それは間違いないのだろうな。


「戦争をする気が無いと聞けただけで来た甲斐があったというものだよ」


 何の権力も無い新設の閑職では、飲み屋の与太話と何も変わらないけどな。

 それでも国家の組織である事は事実だ。仮に動かれたとしても、大義はこちらにあるな。

 もっとも、そんなものは勝利してしまえばいかようにもなるわけだが。


「それは良かったです。それでは暫く逗留とうりゅうしていきますか?」


「その申し出はありがたいが、一つお願いしていいかな」


「大金が絡まない事は、大抵聞いてさしあげろと言われていますので」


 そういう余計な事は言わなくていいって。

 ただそうか……なんとなくこの国の協力を得られるヒントが出たな。


「この国の周辺を見て回りたい。場合によっては迷宮ダンジョンにも入るかもしれない。もちろん草木の一本から小石一個すら持ち帰る気はない」


「それはまた……ちょっと証明することが難しい内容では?」


「逆に言えば、迷宮荒らしなど召喚者の力を持ってすればいつでもできる。あえてしない宣言をした事を考慮していただきたい。万が一そちらの探索者と出くわしても、いきなり戦闘にならないようにしたいんだよ」


 ウェーハスは首を傾けて思案している様だが――、


「ではなぜそのような事が必要なんですか?」


「ラーセットを襲った例の怪物モンスターな。あれを放置すると、百年と経たずに数百倍に膨れ上がってこの国を襲う公算が高いからだよ」


 今一つ表情が読めなかったウェーハスの笑顔が、瞬間凍り付いたのを感じた。

 うん、気持ちは分かる。対岸の火事ではあっただろうが、セポナの話では伝説級の怪物モンスターだ。

 黒竜の話だとかつて事故により地上に出て、この星の異物となった。

 以後戻る事も出来ず、この世界を彷徨っているという。

 相当昔の話らしいが、未だに退治されていない。それどころか幾つもの国を滅ぼしている。かなり恐れられている事は間違いない。

 というか、実際放置すると滅ぶんだけどな、この国。


「その情報はどこまで信じてよろしいのでしょうか?」


 今まで余裕のあったウェーハスの声に揺らぎを感じる。それに周囲の職員たちの動揺はさらに顕著だ。

 説明してあげたいが、未来を見て来たとは信じまい。

 だが事実だ。多少誤魔化しつつも、説得するしかないな。


「五分五分といった所だよ。ラーセットが俺を召喚した経緯は聞いているだろう?」


「……え、ええ」


「その時に奴の本体と戦った。正確に言えば、俺の範囲攻撃に巻き込んだんだ。だが倒し損ねた。奴はまだこの世界に存在している。そしてここからは俺の召喚者としての能力に関するので詳しくは言えないが、奴の本体はまだこの近隣一体に潜んでいる。おそらく迷宮ダンジョンだ。だが知っていると思うが、奴は大変動に巻き込まれたら死ぬ」


「いえ、それは初耳です」


 ……黒竜のような存在と会話した奴はいないのか。


「一度迷宮ダンジョンのセーフゾーンから地上に出た奴は、もう迷宮ダンジョンの加護を受けられない。その辺りは人と同じなんだよ。だから今は誰も知らないセーフゾーンにいるだろう。まあ地上に潜んでいる可能性も否定はしないがな」


「地上も……ですか」


「ああ。だが奴の傷は深い。数年程度で姿を現しはしないだろう。というか、俺的にはその程度で出て来てくれた方が有難いんだけどな。倒しやすいし。だが現れるとしたら数十年……案外百年を超すかもしれないが、必ず来る。それもその間に、ラーセットを襲った時とは比較にならない数の手下を従えてね」


「にわかには信じられない様な話ですね」


「全てを信じる必要は無いさ。だからそちらは迷宮ダンジョンで召喚者を見かけても攻撃しない様に伝えればいい。こちらもむやみに攻撃するような真似はしないし、そもそも他国の迷宮ダンジョンを調査するのは極一部の精鋭となるだろう。仕掛けたって、返り討ちになるだけだと思うがね」


「つまりは、我が国の迷宮ダンジョンで例の怪物モンスターの探索をしたい――そういう事ですね」


「そうだ。悪いがそちらの調査能力では限界がある。奴が再び現れるのはここではなくラーセット、あるいは他の国かもしれないが、結局は倒さなければいつかは来る。さっきは五分五分と言ったが、それは最初に襲われる可能性の話でしかない。倒さなければ、結局はいつかは来るんだ」


「その話は、持ち帰ってもよろしいでしょうか?」


「問題無い。どの位で返事を貰えるかな?」


「早急に検討いたしますが、ここでハッキリとした答えは出せません」


 そりゃそうか。


「では決まったら教えてくれ。いい返事を期待しているよ」


 それだけ言うと、俺はラーセットまでの距離を外して直接帰った。

 彼女らには、いきなり消えた様に見えただろう。

 多分だが、俺をもてなす為の支度はしていたんじゃないかな。それを無視してしまった事は、ちょっと失礼だった。

 だけどまあ、こちらの超常的な力を見せた方が話は早かったからな。

 後は良い返事を期待しよう。

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