第231話 これが俺を呼び出したのだろうか
その後もずっと協議と言う名の苦情が続いたが、当然こちらも一歩も引かぬまま話し合いは決裂した。
そりゃそうだろう。要約すると、奴が出してきた条件は、『すぐさま召喚者を元の世界に帰せ』だったからな。
きっぱり『無理だ』と言ってやったところで今回はお開きとなった。
帰る手段がないのは事実なのだし、こればかりは仕方が無い。
ただ使者が帰った後、あいつがいる間に聞けなかった事を聞いてみた。
俺がまだ
「他の国にもかつて召喚者がいたと聞いた。その一人は先程出てきたが、他の国に関してはどうなんだ?」
それに応えたのは、内務庁長官のケール・ライ・ライスだった。
分厚い本のページをめくりながら――、
「かつて異世界から召喚された者は確かにいます。記録にあるだけでも20人はいますが、その後どうなったかは分かりません」
「それはどのくらいの期間でだ?」
「大昔の伝承も含めていますので、数千年ほどでしょうか」
そんな程度しか召喚されていないのに世界の危機認定か。事情はあったのだろうが、その北方に召喚されたやつも結構やらかしたものだな。
ただ、数があまりにもおかしい。
あの日、世界中で同時多発怪死事件が起きた。世界中だ。
だけど、俺が知る限り日本人しか召喚されていない。ひたちさんはハーフだが、ひとまず置いておこう。
俺がラーセットを離れてから、他国の人間を召喚できるようになったのか?
それにしたって、分かっているだけで一億人を超えている。あの後、そんなに召喚したのか?
まあこっちの世界で何年経とうとも、向こうの時間は止まっている。
案外ラーセットという国が将来滅び、召喚の技術が失われるまでにそれ程召喚した可能性は否定できない。
だけどそれは気が遠くなるような時間だ。想像もつかないな。
――もしあのクロノスが俺だったら……いやまあ、今更なのだが、そんな事をするのだろうか?
それとも、その頃にはもう俺は完全に壊れていたのだろうか?
なんて考えても仕方が無い。俺はとっくに死んで、他の誰かが引き継いだだけかもしれないからな。
そう考えられるのも、ここが過去だと確証できたからだ。
未来の可能性も考えていたが、文明レベルは俺が来た時よりも退化しているように感じた。
瓦礫の中を歩いても、あの時に見た怪しい日本的な物もない。
それに召喚者の数がいくら何でもおかしすぎるからな。
どうしてこうなったのかは分からないが、考える時間は十分にあるだろう。
この後、使者たちを接待するための質素な宴が開かれた。
だが国中が喪中の状態だ。煌びやかで華やかとはいかない。単に、命懸けでここまで来た者たちへの礼を尽くすという程度のものだ。
言ってしまえば、温泉旅行の宴会程度だな。
ちなみに俺は軽く顔を出したが、露骨に空気が悪くなったので帰った。
俺がこれから住む場所はミーネルが用意した新しい部屋。大聖堂のビルの、ほぼ最上階だそうだ。
“ほぼ”と言うのは、このビルの上は農耕プラントになっているからだ。
これもセポナが話してくれたな……。
ちなみに隣の部屋にはミーネルが待機しており、その周辺の部屋も少女たちの宿舎となった。御用があれば、どうぞ呼び出してお使いくださいという事だ。俺はどんな風に見られているんだろう……。
まあ、今はそんな気分じゃないから大丈夫。スキルを制御するアイテムもあるし。
ただ俺は今、自分の部屋ではなく懐かしい場所にいた。
“作った”と知らされたからだ。
「何もかも、あの時のままなんだな」
ここは今日からあの日まで、全く変わらずここにあったのだろう。
目の前には、かつて俺が壊した小さな塔と、そこにはまった時計があった。
当然新品だが、俺が初めて見た時と殆ど遜色が無い。あの頃も、よほど大切に手入れされていたのだろう。
元々は先輩の慰霊をするために入手したのだからその点はありがたいが、その後の事を考えると複雑だ。
まあ感傷は今は置いておこう。
限定版ゲームの特典。まさか制作者も、こんな形で使われるとは夢にも思うまい。
今ここでこれを壊せば、全てが終わる。
召喚者は俺一人となって、もう新たな召喚は行われないだろう。
じゃあ俺は、そもそも何で呼び出されたんだ?
正しい答えなんて分からないが、何となく察していた。
現実世界で、俺の左手の甲には消えない痛みがあった。だけど俺は医者だ。様々な可能性を考え、調査もした。
まあ分からなかったし、それは当たり前だ。原因は無かったからな。
だけどこっちの世界に戻って分かった。見ても分かったし、思い出しもした。
俺に左手の甲には、深々と時計の秒針が刺さっていたんだ。あの時にクロノスが刺したやつだ。
だとしたら、俺は毎回必ずこれを無くしていたのだろうか? ただの馬鹿だな。
とにかく、こいつが原因で俺がラーセットの召喚に応じたと考えるとしっくりくる。
しかしそうなると、卵が先か鶏が先かの話になるのだが……。
いや、そんな事はどうでも良いんだ。
問題は、今ここで塔と時計を破壊するか――それだけだ。
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