第168話 必要が無くても見て見ぬふりは出来ない

 さて、右も左も分からない迷宮ダンジョンの中を、俺はひたすら彷徨さまよっていた。

 出るための最短距離なんて考えたら相当なリスクだが、こうして離れるだけであればさほど難しくはない。

 とはいえ、一度入ってしまったら出るのは相当に大変だ。本来の出入り口を使えないのだから尚更である。

 いざとなったら外への穴を開けて出るしかないだろうが、当然そこから怪物モンスターが一緒に出てくる事になる。かなりの迷惑だよな。

 自分の命が賭かっているのに、そんな事を考えるのは愚かだろうか?

 だけど俺は、セポナの故郷であるこの世界をあまり壊したくないと考えて始めていた。


 というより、あれから3日くらいか。通信機の範囲外らしく、もう連絡もとれない。

 みんなは無事だろうか? 瑞樹みずき先輩は素直について来てくれたのだろうか?

 気になってしょうがない。

 というか離れすぎていないか? 一応わざとらしく食事の跡とかも残しているが、見つけてもらえなければ意味は無い。その辺りは追手の召喚者に期待するしかない。

 それにしても……白と影による黒のコントラストがとても美しいダンジョンだが、こうも長い間、白黒の世界を見ていると飽きてくる。しかも――、


 壁や床から湧き出してくるかのように、白と黒のタータンチェック模様をしたデッサン人形みたいな怪物モンスターがぞろぞろと湧き出してくる。

 こいつら食えないくせに数だけは多い。しかもエンカウントもバグっているんじゃないかとひっきりなしだ。

 遭遇の可能性を外せば早いのだが、今は可能な限りスキルは制限したい。止められない、そして俺しかいない今の状態では、消滅に向けて一直線。しかもかつてと違い、スキルが強まったという今は悪化も早い。以前の様に、何か月も一人で彷徨さまよう事は不可能だ。


 ただまあ、強くはない。数が多くて面倒なだけだ。

 取り敢えず全滅はさせたが、さてこれからどうしようか……そんな事を考えていると、遠くで同じように戦っている音が聞こえてきた。


 戦っているのが召喚者でも現地人でも、余計な事に首を突っ込むのは厳禁だ。もうしょっぱなの勇者の件で懲りた。

 だけどもし戦っているのが女性であれば?


『お主は女がいなければ何も出来ない人間だ』


 だからダークネスさんマジでうるさい。

 まあ余計な事を考えたから、同時に自分の心が戒めているのだろう。

 女性は女性でも、あの上で戦ったフランソワとか言う女性だったら最悪なんてものじゃない。

 誘蛾灯に引き寄せられた蛾のように、ジュっと焼かれて消えてしまうだろう。

 そんな事を考えながらも、俺はそちらへと行ってしまった。

 何か根拠があったわけではない。ただもしピンチだったらと考えたら見過ごせなかっただけだ。

 俺の目的は、あくまでこの世界の召喚者みんなが帰る事なんだからな。





 ▼     ▽     ▼





 戦っていたのは、残念ながら男だった。しかも一人だけ。様子からして追手でもないだろう。

 溜息が出る。帰ろうか……。


『男なんて、お主にとっては――』


 はいはい、分かりましたよ。

 それに戦っている相手には見覚えがあった。

 かつて恩があるが、同時に警告もされている。それに苦戦しているという様子もない。タータンチェックの人形パペット100体以上に囲まれているが、単純に数が多くて面倒くさがっているだけの様だ。

 だけど、見て見ぬふりも出来なかった。


 そこまで走り、人形の一体を破壊する。


「助太刀しますよ」


「ああ、すまねえな」


 その相手を見て、加藤甚内かとうじんないは絶句した。

 今更言うまでもない。それはターゲットである成瀬敬一なるせけいいちだったのだから。





 なんでこいつが俺を助けるんだ?

 加藤甚内かとうじんないはかつてないほどに混乱していた。

 これ程混乱したのはいつ以来だろうか?

 この世界に召喚された時だろうか?

 それとも両親が離婚した時だろうか?

 父が再婚した時だろうか?

 義理の妹に愛の告白をされた時だろうか?

 それとも……。


 考えてみれば色々ありすぎて、とりあえず思考を変える。


「お前、自分の立場を分かっているのか? それに警告もしたはずだがな」





 ――やっぱり、あの焼き鳥の袋はこの人だったか。


「分かってはいるけどね。やっぱり恩人が戦っているのを見過ごすことは出来ないんだよ。まだその恩も返していないしな」





 ――やはりあの雨の時、近くに隠れていたか。

 恩と言うのは、美和咲江みわさきえを見逃した事だろう。あれはルールとして決まっている事ではあるが、まあ本人が恩と感じて返したいというのならそれも良いだろう。


 だがそうであれば、次に出会った時が最後だと警告はした。今こいつを後ろから殴り殺しても文句は言えまい。

 だが出来ない。それは仁義に反する。

 べつに苦戦していたわけではないが、こいつが助太刀する事で恩返しになると思っているのなら、先ずはそれをさせてやるべきだ。

 その上で決着を付ければいい。それが正しい人の道ってやつだ。

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