Seg 27 鳴きし虫はかく喧しく -02-

「うわ、血でベトベト。なんか鉄くさいし」

 ぎにくく、もう服の様相を成していないので、思いきって破ってみた。バリバリと音をたてて、はだにくっついていた服ががれる。痛みが稲妻いなずまとなって激しく全身をけめぐった。


「……!」


 悲鳴こそあげなかったが、これは痛い。湯船に入るのが少々こわくなったユウ。


 浴室に入ると、木製の手桶ておけ風呂ふろ椅子いすが一つずつ。

 そして、ユウから見ても決して大きくない浴槽よくそう

 その中に板がいていた。

「え、板? これ、どーすれば……とっちゃっていいのかな?」

「あー、あおわらわ。それは風呂ふろ底床そこゆかじゃから、その上に乗りんさい。でないと、釜底かまぞこで火傷するぞーい」


 湯船のそばにある格子窓こうしまどから、こと葉屋はやの声がする。

 彼女かのじょがいうには、この長州風呂ちょうしゅうぶろは外から火をいて湯をかしているので、湯船の底が熱くなるらしい。火傷をしないため、床板ゆかいたくのだが、ユウは、なべの中で釜茹かまゆでになる自分を想像し、「まさにその通りじゃな」とこと葉屋はやに笑われた。


 薬湯だと言われた乳白色の湯は、かってみると、思ったほど皮膚ひふ刺激しげきがなく、痛みはなかった。


あおわらわよ、湯加減はどうじゃ~?」


 お湯は熱いが、木の格子窓こうしまどから入ってくる風がひんやりと気持ちよく、

「ちょうどいいです~」

 ほわほわと心地ここちよい気分で返事をする。


「……そういやお前さん、しゅつづりの門の試練をやったそうじゃな」


 唐突とうとつたずねられ、ユウはオウム返しに言う。

「しゅつづり?」

「そう。鳥居の門をくぐったろ」


 言われて、あの連なって現れた鳥居を思い出す。


「はい、井上坂いのうえさかさんに追いつこうとしたんですが間に合わなくて……」


 こと葉屋はやが、申し訳なさそうに声をらす。

「……すまんな。しゅつづりの門は、いつもならわしがしゅで言葉をむと出るんじゃ。もともとお前さんには、しゅつづりはせなんだが。

 ……後で井上坂いのうえさかに聞いたが、言織に血がついておったそうじゃな」

「あ……はい。ちょっと、転んで怪我けがしちゃって。たぶんその時の血がついたんだと思います」


「その血に反応しちまったんだな。しかし、転んで言織に血がつくなんざ、初めて聞いたわい。ま、お前さんはわらわじゃからのう」


 ユウはなにも言えず、湯船に身をしずめた。

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