第8話 文化祭 デート 前編

 体育館を背にして先生と一緒に、生徒やお客さんで賑わっているはずの出店へと向かう。木々を揺らす優しい風が、セットを片付け終えて汗ばんだ身体を冷やしてくれて心地良い。先生の髪も風になびいていて涼しげだ。


 十月になり残暑も和らいだといっても動けばすぐに暑くなってしまう。賑わっている場所の熱気はすごいだろうな。

 門から昇降口への道と、校庭に出店は設置されていて、体育館から近い校庭にある出店の方に向かっている。ここからでも美味しそうな匂いしてきて、期待が高まった。


 演劇は体力をとても必要とする。演じる生徒も、道具や衣装を作る裏方も。練習の際もみんなお腹を空かせながら練習していたぐらいだ。本番にもなれば、緊張や不安で気も張り詰めて練習時よりも疲れ、お腹も空く。

 イメージトレーニングのときから何か食べようと決めていたので、出店を出すクラスのメニューを先に調べておいた。


日和ひより先生、私の方で美味しそうなのをいくつか選んでおいてはありますけど、なにか食べたいものはありますか?」

 先に調べてプランに入れているとはいえ、やっぱり一番に優先すべきは先生に楽しんでもらうこと。そのためならばプラン変更も辞さない。日和先生第一だ。

「食べたいものですか? ……特にはないですかね。出店のメニューをあまり見ていなかったのでどんな食べ物があるか知らなくて」

「花ヶ前さんが選んでくださったのでお願いします」

 任せてもらえたことが嬉しくて、自然と顔が綻んだ。


「出汁の風味が強いたこ焼きと、和風ソース焼きそば。それと串に刺した、だし巻き卵とメイド喫茶の抹茶アイス小豆クレープです」

 許可をとるために少し語尾を上げて聞いた。先生は私が決めたメニューで良かったようで頷いて、お腹が空きましたねとお腹をおさえながら出店へと向かう。

 いつもの格好と違い、萌え袖だったりふわふわしていたりで、お腹をおさえて歩く姿は少し幼く感じる。とにかく可愛い。抱きつきたい衝動を抑えて可愛らしい先生の隣を歩く。


 校庭につくと想像していたよりも賑わっていた。これだけ人がいれば先生と一緒に文化祭を回っていても目立たないだろう。

 人混みをかき分けてお目当てのたこ焼きや焼きそばの出店に寄り、買っていく。その間、先生には少し離れたところで待っていてもらった。私を待っている先生の姿に胸が高鳴る。することがなくて地面を見たり、行き交う人を見たりとキョロキョロしている。その行動も可愛らしい。先生を見ていたいけれど、待たせるのは本意じゃない。たこ焼きに焼きそば、だし巻きを買い終え先生に近づく。


 私が近づいたのに気がついて周りを見ていた先生とパチリと目があった。目が合うと思っておらず不意打ちされ、う゛っ! と小声で言いながら足を動かすのを止めてしまう。先生が小走りで駆け寄ってきて、大丈夫ですかと気遣ってくれた。

(可愛い!)

 先生にときめきました、と先生の目を見て言うとニ歩、後退りされてしまい気落ちするがこの後を想像すると自然と復活した。


 後退りされたりと距離はできたけれど、校庭から校舎に移動する。校舎内には買ったものを食べられる空き教室が設けられていて、そこで食べるためだ。他の場所も考えたけれど、あまり居ても違和感のない場所は空き教室だった。正々堂々、先生とご飯が食べられる。




 校舎の中も人が沢山いて、移動するのにも時間がかかった。移動中、先生が生徒に声をかけられることが多く、先生が慕われているのが目に見えてわかり嬉しくなる。

 空き教室につくと想像よりは空いていて、下の階の空き教室を使う人が多いみたいだ。校庭から歩いて一番近い所に設けられた空き教室を覗いたら、人で混み合っていた。


 先生と一緒に席につき、向かい合って座る。それが嬉しくて、だらしないと自覚しながらも頬が緩むのを止められない。

 本当に一緒に文化祭を回れるかすこし不安だった。昨日、それこそ先生と一緒に体育館から出るまで。夏休みでも会えず、学校でもそこまで話せる時間はないのに、現実味がなくて。だから、とても嬉しい。

 袋からたこ焼きや焼きそばを取り出し、食べ始める。どちらも出汁がきいていてとても美味しい。先生も可愛らしい小さな笑顔で美味しいと言っていた。喜んでもらえた様子。


 先生は箸の持ち方が綺麗だ。食べ方も。先生の食べている姿に見惚れて食べるのをやめて、じっと見てしまう。半分に箸で切って食べやすくしたたこ焼きを口元に運ぶのを目で追ってしまい、薄く形のいい唇に目が留まり、心臓が高鳴る。ドキドキと早い鼓動を誤魔化すように私もたこ焼きを口に運んだ。たこ焼きの味が分からなくなった。これはどうしようもないと開き直り、また先生の顔を見ていると口の横に鰹節がついているのに気づく。先生は気づいていないようだ。

「ふふっ、日和先生。口の横に鰹節ついてますよ」

 先生の口の横に手を伸ばし、ついていた鰹節を取って食べた。突然のことで目を見開いて固まっている先生にだし巻き卵を勧めると、えっ、い、いただきますと動揺しながら食べている。


 不意をつけたことに愉悦ゆえつを感じていると、いつの間にか先生はだし巻き卵を食べ終えていた。私も味わいながらも、先生の食べるペースに合わせる。やっぱりドキドキして、味はあまり分からなかった。でも、悪いことには感じない。

 お腹が空いていたためあっという間に食べ終わり、空き教室から移動する。

「日和先生、まだ食べられますか」

 平気だろうけど思っていたよりも重量があった。確認をしたら食べられますよと返ってきたので、そのままメイド喫茶に向かう。


 メイド喫茶を開いている教室の前には人だかりができていて、賑わっていた。接客をしているメイド服を着た生徒達があくせくと動いていた。これだけ人がいれば先生と二人で食べても平気なはず。きっと忙しいあまり記憶に残らないだろう。


 メイド喫茶のメニューが手軽なものが多いため回転率が早く、そこまで待たないでよさそうだ。待っている間の私といえば、廊下の壁に貼ってある可愛いメニュー表を見つめる先生を見つめていた。メニューには私が選んだクレープの他に、パンケーキやパフェが描かれてある。廊下の壁はメニュー表に合わせて飾り付けてあり、メイド服をきた兎や羊の絵も可愛らしい。先生の横顔を通してその壁が見えるため、その空間がとてもふわふわした穏やかな空間に見える。お花が舞っているようにも見えてきた。咄嗟に私は目頭を抑えた。フィルターがかかりすぎてしまう。


 いつの間にか私達の番になっていて、自分が恐ろしくなる。待っている間、先生の横顔しか見ていなかった。もし顔を見続けて穴が空いてしまうなら、先生の顔はとっくに穴だらけだ。

 教室に入ると窓側の席に案内された。やっぱり忙しせいか、案内してくれた生徒は先生に声をかけなかった。


 案内されたときには注文を二人とも決めていた為、クレープと小さなパフェを頼む。さっき食べた量では足らず、別腹も相まって両方頼んでしまった。注文をするときの先生はすこしワクワクしているように見えた。

 注文したパフェとクレープが運ばれ、思わず声が出てしまう。


 パフェは蜂蜜のかかったアイスとレモンで、先生のバレッタの色に似た、淡い黄色でまとまった綺麗なパフェ。クレープは花が描かれたグラスに立たせてあり、ホイップクリームがふんだんに使われている。小豆と抹茶アイスの色合いもよく、パフェとの相性もいい。そして、目の前には先生がいる! パフェとクレープと先生がいる画にとても幸福感を覚えた。


 パフェもクレープも溶けてしまうので、言葉少なにどちらとも食べ始める。先生は先にパフェを食べ始めた。さっきも思ったけれど、先生は好きなものを後に食べるのかもしれない。私も先生と同じようにパフェを口にはこんだ。

 アイスと蜂蜜が溶け合い、甘さも甘すぎずレモンの味と合ってとても美味しい。優しい味だ。


 パフェを半分程食べ、先生の食べている姿をまた見つめる。すると、目がパチリと合った。すぐに逸らされると思った目が逸らされないのに驚き、どうしましたと聞く。

「綺麗に食べるな、と思って」

 優しい笑みで、私が好きな先生の表情の一つでそう言われ顔に熱が集まるのを感じた。先生といえば言い終えてすぐにパフェを食べるのに戻り、言ったことに対してあまり気にしてない様子。私は顔の熱を冷ますために、パフェのアイスを大きく掬い頬張る。熱が冷めるはずもなかった。


 褒められたのはパフェの食べ方だ。他者からしたらどうということじゃないのかもしれない。けれど、すごく嬉しくなった。ドキドキした。先生のちょっとした一言で私は嬉しくなる。簡単な人間だ。それだけ好きだと、何度自覚したかわからない気持ちをまた認めた。


 パフェを食べ終え、クレープを食べ始めた。注文した際に一緒に運ばれたお茶と合わせて楽しむ。さっきのことで未だにバクバクと先生にも聞こえてしまうんじゃないかと思うほど大きな音をさせている心臓のせいで落ち着かず、美味しいはずのクレープの味があまりわからない。今日一日で何度味覚が機能しなくなるんだろう。自分自身がやっぱり怖い。体は正直だ。

 クレープを食べる先生の前で、私はお茶を楽しむことにした。ホイップクリームはすこし溶けてしまうけれど、今は少し落ち着きたい。

 そう思うのとは裏腹に目は先生にいってしまう。やっぱり体は正直だ。


 ホイップクリームがふんだんに使われているクレープを先生は綺麗に食べている。だけど食べ方は綺麗なのにクリームが多いため、口の周りにクリームがついてしまう。さっきと同じように食べてしまおうかと考えていると、クリームがついているのに気づいた先生が自分の親指でとって食べてしまった。落ち着き始めていた心臓の鼓動がまた早まる。


 クリームをとる親指、クリームと相対する唇の赤色、窓の方をみている瞳。

 いつもは顔を真っ赤にしたり、耳を真っ赤にしたりでとても可愛いのに今は格好いい。また一つ、先生の知らない一面を知れた。

(その表情はずるい……)

 心臓の高鳴りに耐えきれなくなって、先生から目を逸し、赤くなった顔を隠すように下を向いた。

(格好いいし、艶があるし、見ていられない……)


 味が分かろうが分かりまいが、もうどうにでもなってしまえと、先生から目を逸らしたままクレープにかぶりついた。きっと口の周りにはクリームが沢山ついてるはずだけど、気にせずかぶりつく。

 今日は心臓が破裂する日かもしれないと本気で思いながらクレープを食べ進める。先生は相変わらず涼しい顔で窓の外を見ながらクレープを半分食べきっていた。顔を赤くするのはいつもは先生なのに……。ちょっと不貞腐れながら先生の食べるペースに合わせて半分食べきる。

 お互い無言のまま食べ、食べ終わる頃には心臓は落ち着いていた。


「パフェもクレープも美味しかったです」

 花ヶ前さんの選択にハズレはないですね、と言われて舞い上がる。先生を第一に考え、先生の笑顔がいかに見られるかを考えたプラン! 情報収集したり、イメージトレーニングした時間はやっぱり無駄じゃなかった。

 先生が表情で、言葉で、楽しんでくれているのを伝えてくれて胸のあたりがポカポカする。


 席から立ち上がり、先に会計を済ませていたため先生は教室を出ていこうとする。その背中を追わず、廊下の壁と合わせて飾り付けられた机に置いてあるスタンプラリーの紙を持ち、紐をつけたスタンプを首から下げている生徒に声をかけ、スタンプを押してもらう。五つある空欄の内の一つが埋まったのを確認して、生徒に会釈してから先生を追いかけた。

 廊下で私が教室から出てくるのを待っていてくれた先生を見つけ、お礼を言う。


「待っていただいてありがとうございます。スタンプを押してもらっていたので時間がかかりました」

 スタンプ……? と首を傾げる先生にスタンプラリーの説明を始めた。

 文化祭の開催期間中、教室や体育館に置いてあるスタンプラリーの紙を持ってスタンプを押してもらい、五つ集めると好きな景品と交換してもらえる、というイベントだ。景品については部活内での創作物で、美術部の小さいサイズのイラストや、裁縫部のミニぬいぐるみなどが景品になっている。先生が気に入るものがあるか分からないけれど、今年の文化祭は今年だけ。できるだけ時間がかからず、そして楽しめそうなものには参加したい。

 先生もどんな景品があるんでしょうねと楽しそうだ。それに同意して、歩き出す。


「次はどこへ?」

「同じ階にある、お化け屋敷です。プランには入れてありますけど、変更したときのプランもあります」

 文化祭といえば喫茶にお化け屋敷だ。定番の出し物。理由はそれだけではない。先生の怖がっている姿が見られたらな、というあわよくばの気持ちも、一割ほど…………七割ほど。無理強いする気はもちろんない。先生がいいですよと許可してくれたら行こうかな、ぐらいだ。


「お化け屋敷ですか。文化祭の定番ですね。花ヶ前さんが良ければ行きたいです」

 断られる前提で提案したため呆気にとられてしまった。

(もしかして、怖いの平気なのかな)

 七割ほどの怖いと怯える先生の姿が見たいという気持ちは置いておこう。先生と一緒に回るだけで楽しい。欲張り過ぎては駄目だ。

「行きましょう。すぐ近くです」




 お化け屋敷の教室に近づいていくと廊下の壁が、おどろおどろしい飾り付けに変わっていく。

 お化け屋敷のテーマは西洋ホラー。グロテスクな表現や驚かしの要素のない飾りも、どこか恐ろしさを感じるよう飾り付けされている。教室のドアに貼られた重たそうな鉄の扉の絵、アンティーク調の小さな机に置かれた小さな人形。教室に入る前から恐怖心を煽られる。少し後ろを歩く先生は、クオリティーが高いですねと怖がっている様子はない。やっぱり怖がる姿は見られなさそうだ。


 お化け屋敷には列ができておらず、すぐに入れた。

 教室内は暗く、西洋の屋敷をイメージした通路が作られてあって重厚な壁の圧迫感が、また恐怖心を思い起こさせる。流れている曲もオルゴールの高い音と低い音が混じった曲。安定しない音で世界観に引きずり込まれる。

 先導して進んでいくと、どこかで軽いものが倒れる音がした。

(もしかして、想像させて怖がらせる感じかな)


 進むごとに呻き声が聞こえてきたり、壁に飾られた燭台に急に明かりが灯ったり。お化けによる直接的な驚かしはないまま進んでいった。

(これはこれで怖いなぁ……先生はどうだろう)


 振り向いて先生の顔を見ると、なにかありましたと穏やかな声が返ってきた。お化け屋敷なためか声を潜めて囁くような声で。それにぐっときながら、何もと返して先を進んだ。

 半分ほど進むと、壁が叩かれたり切られた布が落ちていたり、何かを燃やしたような匂いが漂い始めた。

(さっきまでこんな匂いしなかったのにな……)


 意識を匂いの方へ向けていたとき、横から出てきた甲冑のお化けに驚かされた。甲冑にはところどころ燃えたような跡があり、腹部に大きな穴がいている。匂いのもとも甲冑からのようだ。甲冑のお化けは一歩動いたらそのまま動かなくなり、その前を戸惑いながら通る。

 少し進むと黒色の花弁が降ってきて、黒いヴェールで顔の見えない黒いドレスを着たお化けが目の前を通り過ぎた。そのドレスにも燃えたような跡があり、物語があるようだ。


 内容に関しては西洋ホラーとしか説明がなかったためどんな物語なのか考えながら進もうとすると、先生が花弁の落ちている場所で屈もうとしていた。

「この花弁、造花の黒バラですね」

 先生のほっそりとした指で取った黒バラの花弁も端のほうが燃えていて、ここもなにか繋がっているのかも。きっと解説はないだろうから、物語自体がどんなものか分からないままだろうけど、物語を想像するのも楽しみ方の一つだろう。


 花弁の確認をしてから進むと、黒バラの小さな花束が落ちていた。その花には燃えた跡がなく、花束を持って立ち上がるとこの花も黒バラなんですねと、後ろから覗き込むように先生が花束を見ていた。

 思ったより近くにあった顔に悪戯をしたくなったけれど、こんな暗い教室の中では頬を赤らめた先生の顔がよく見えない。残念な気持ちと一緒に花束を抱えたままでいると、さっき前を通ったドレスのお化けが小さなハンマーを持って佇んでいた。べールでどこを見ているか分からないけれど、なんとなく花束を見ているように思えて抱えていた花束を差し出す。ドレスを着たお化けはハンマーを落とし、ゆっくりと花束を受け取り、去っていく。べールの向こう側の口元が笑っているように見えた。

 お化けが去っていくのを見送った後、なんともなしに先生と目があった。


「喜んでくれたんでしょうか」

「そうだと思います」

 二人とも歩き出し、ゴールへ向かう。ゴールに向かう間、甲冑とドレスのお化けの関係性や花束について先生と考察し合った。花束についてや、何故燃えた跡があったのか。

(お化け屋敷にして正解だった。こんなに話せるなんて)


 話している途中でゴールに着いた。お化け屋敷を出た右手にスタンプの置いてある机があり、スタンプラリーの紙を出してスタンプを押す。二つの欄が埋まったのを先生に見せて、またお化け屋敷の話しをする。


 お化け屋敷にしては、驚かし要素は少なかったけれどお化け屋敷を出た後もこうして楽しめる。

「あ、次はどこへ?」

「一階の教室に行きます。ヨーヨー釣りや射的の出し物をやっているんです」

「ヨーヨー釣りですか、いつ以来でしょう。楽しみです」

 可愛らしい笑みを浮かべる先生と一緒に一階へ向かった。

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