233話 大罪戦争その15

 トトママガン上空戦後、ロジェスが語っていたところによると、メール=ブラウの《信業》は鎖を操ること。それに応用を効かせてことで操っているらしい。


 つまり俺と対峙しているアレヤ部隊長は偽物でも何でもなく本人で、その精神に潜ませていたを発動して支配、背後からの奇襲をしてきたのだ。


「そうまでして俺を殺りたいのか、テメェ……!」


「いいや? 殺す気はなかった。信じてもらえるとは思っていないがな」


 アレヤ部隊長の顔と声で、話す内容はメール=ブラウのものというチグハグさに頭がおかしくなりそうだ。俺の恩人の顔で、そんな嘲り笑いを浮かべるんじゃねえよ下衆野郎!


「ただテメェは切り札になり得るから確保したかった。それだけだ、言う通りに動けば彼女アレヤはすぐにでも解放するさ」


「さもなきゃ一生そのままってか。……後ろの奴らも含めて」


 アレヤ部隊長と同じように、彼女が臨時で指揮している部隊の隊員たちも残らず額に鎖冠が浮いている。怪しむべきだったんだ、全員メール=ブラウの息がかかった兵士だったからアレヤ部隊長を指揮官に据えるなんて異常人事を通した方が都合が良かったんだろう。


 彼ら全員が人質みたいなもんじゃねえか。ふざけた真似しやがって、どういうつもりだ……!


 ロジェスはこうも言っていた。メール=ブラウの《信業》による、人格ある他者の操作は緊急時のみ特別に許されるのだと。使っているのが確認されれば審問は免れないし、場合によっては聖究騎士としての是非を問われるとさえ言っていた。こうして部隊一つをまるまる操り人形にしているのは、彼としても綱渡りなのは間違いない。


 何故そんな手段に訴える。どうしてそこまでする。


 一体何が目的なんだ、メール=ブラウ!


「用があるのは窮極的にはテメェじゃない。さ」


「───は?」


 どうしてそこでアイツの名前が出るんだ。アイツに何の関係がある。


 言わずとも顔にそう書いてあったんだろう。俺はよく考えていることが顔に出るって言われがちだから。まあ無理もない、完全に意表を突かれて誤魔化しも何もできなかったから。


 メール=ブラウの意思を宿したアレヤ部隊長がくつくつと嗤う。


「ニーオリジェラ・シト・ウティナ。《火起葬》のニーオ。あの女、テメェの幼馴染が、今回の件の首謀者だよ」


 どんな剣よりも鋭く、どんな槌よりも重く、その言葉は俺の芯を打ち据えた。


 ───ありえない。


 ───そういうことか。


 納得と不可解、相反する感情が俺の心中で荒れ狂う。思考が追いついてこない。呆然とする俺を、メール=ブラウは嘲弄するように言葉で嬲る。


「おかしいと思ったんだよ、ユヴォーシュ。テメェは知らないだろうが、さっきニーオアイツはテメェがやらかしたら責任取るって誓ったんだぜ。あの女が、傍若無人のニーオリジェラが!」


 今になれば分かる、と彼は続ける。こうして全部ブチ壊しにする算段がもうついていたから、口約束しただけだ、と。俺がやらかすより先に自分でやらかして逃げてしまえば関係ない、なるほどいかにもニーオがしそうな悪だくみ。


「……待てよ」


「《翼禍》の軍勢にしたって、アイツの担当のはずだったんだ。年次信会オースロスト前ののな。裏で話をつけて陽動に使ったってとこだろ」


 オースロストを恙なく開会できるように征討軍と神聖騎士で《魔界》を叩いておくのは恒例だ。俺の両親やニーオの父親もそうして《魔界》へ向かって、戦って死んだ。ニーオはそれすら隠れ蓑にしてこの大騒ぎを引き起こしたってのか?


「……待て」


「だいたいテメェも見たことあるだろ? アイツの火砲、あれが聖都の空に一発たりとも打ち上げられてないのがいい証拠さ。軍勢を相手にするのにアイツほど向いてる《信業遣い》はいない。ディレヒトがそれを理解していない訳はねぇ、命じていない訳はねぇ。にも関わらず《火起葬》が行使されてないってのは、ただのサボタージュなんかじゃ断じてない───」


「───待てつってるだろ! 何だ、じゃあ何でアイツはをしたってんだ!」


 ペラペラと気持ちよくしゃべくっていたメール=ブラウが、俺の叫び声にピタリと固まり首ごとこちらを向く。俺は混乱しきって感情的に叫んだはずなのに、その動作にたじろいでしまう。俺の一瞬の激情では到底びくともしない、怨念めいた闇が滲む声で、


「そこだよ。証拠は揃っているのに、動機がどうしても見えてこない。なあユヴォーシュ、テメェ何か聞いてないのか?」

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