222話 大罪戦争その4

 ───その光は、多くの者に目撃された。




 例えば彼は、それを信庁本殿、大聖堂の屋根の上から目撃していた。


「……あれは、ユヴォーシュの……。ハッ、アイツも来ているのか、奇縁にも程があろうよ!」


 《鎖》のメール=ブラウ。彼もまた、事態の収拾を命ぜられて放たれた猟犬である。事態の中心を制圧するよう言われたンバスクに対し、彼は外縁から調査するよう任じられている。彼の《信業》、鎖を操る術があれば、《翼禍》たちの侵攻を結界で封じ込めることも可能だ。そのための配分は至極適切なものと言えるが、メール=ブラウは本意ではなかった。


 これだけの大騒ぎ、お祭り騒ぎ。その蚊帳の外に追い出されるなど冗談ではない。


「これが言っていただろ? ケルヌンノス」


 異常現象の中心か、あるいは外周か。この状態を維持する楔があるとすれば、そういう意味のある場所であるはずだ。そこを潰せばこの空は元に戻るだろうが、それでは


 この状況を最大限しゃぶり尽くすためにどうすればいいか。このゲームを仕掛けた何者かの勝利条件は何か。それを自分が潰すためにどうすればいいか。


「───なら、ありったけ盛り上げようじゃないか」


 ケルヌンノスユヴォーシュの会話を彼は聞いていない。これが前夜祭に過ぎないとは、まさか夢にも思わないからの札を切ることに躊躇はなかった。






 例えば彼は、それを至聖の塔から見ていた。


 大聖堂に付随する塔のうちの一本。広域観測のために備えられたそこはしかし、本来は攻め込んでくる魔族の軍勢を見下ろすためのもののはずだった。今や《魔界》に最も近い最接近点だ。飛び込んでいったロジェスに万一のことがあったとき、彼のしりぬぐいをできるよう。そして聖都の各所に遣わした神聖騎士たち、聖究騎士たちの行動を最高地点から確認できるよう。


 階段を登っていた足を、つい止めてしまう。


「───あれが、《光背》」


 神聖騎士筆頭、およそ《人界》の全てを統治する男たる彼はすべての報告を受けている。彼がそのように呼ばれていること、極めて防御性能の高い《信業》を行使することも聞き及んでいる。その上で、


「……やはり、


 彼が知る事実すべてを突き合わせると、そう結論付けざるを得ない。


 範囲も排除能力もまるで足りない。あんな目立つだけの発光現象で済ませる理由が分からない。やろうと思えば聖都を覆い尽くし《魔界》を押し返して撃退することすら不可能ではないはずだ。


「彼は何者だ。何故あんな男がいる。何故───大神ヤヌルヴィスは彼を裁かない。まさか……《真なる異端》ではないのか?」


 呟いて分析を整理するのとは別に思考を走らせる。あの光、発生源から考えてンバスクを差し向けた中心地点か。そこにユヴォーシュがいて、《信業》を発動したのはンバスクと会敵したからか。聞いていた性格からそこまで好戦的とは思えなかったから事情はうかがえる。


 少なくともあれが開戦の号砲であろうことは明白で、つまり、


「───神を信じられない男と、神を信じ切った男の対決か」

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