217話 年次信会その4
「話を聞いていなかったのか、ンバスク。あの男については手出し無用だ」
「『俺がやる』ってか? おっかねえなァ」
メール=ブラウは、彼とユヴォーシュが《魔界》インスラの一件で共闘しているのを見ているからつついてみる。庇い立てするのか、それともターゲットを独り占めしたいのか。そこを量っておきたい───と思ったのだが。
「アイツは敵にはならないよ。アタシが保証する」
ニーオリジェラが、
「幼馴染だからな」
爆弾を投下した。
事前にユヴォーシュの素性を調べ上げていたディレヒト、ロジェス、ンバスクは知っているが、他の者は驚天動地だ。知人だから役職を投げたのか、本当に信用できる男なのか、いくら聖究騎士だからと言って越権行為ではないか、不満と疑問が噴出する。それを、
「静まれィ!」
ヴェネロンが大喝する。議場に響き渡る声音に神聖騎士たちは水を打ったように静まり返る。咳ばらいをすると、
「ニーオが保証した以上、この件はニーオの受け持ちだ。そのユヴォーシュが悪事を働けばニーオが始末をつける。それで良かろう」
当然、その罪はニーオの罪としても裁かれる。ユヴォーシュが信庁と敵対すれば彼女も敵対認定され、聖究騎士どころか神聖騎士の任すら解かれるだろう。その上更に罪を重ねていたとしたら───果ては贖うために命すら差し出さねばならない。ヴェネロンがしているのはそういう話だ。
それを、
「───誓えるか?」
「いいぜ。我が友にして奉ずるシナンシスの名のもとに、『ユヴォーシュの罪を我が罪として負う』ことを誓おう」
ひどくあっさりと受け入れ、あまつさえ神誓さえしてみせる。
オースロストの議場に息を呑む音だけが広がった。それは彼女の行動の果断さに驚嘆したからであり、即ち、神聖騎士たちからしてさえ神誓を破れば魂まで砕け散る罪業を受けるものだと認識している裏付けとなる。
決して破れない誓いなのだ。本来は。
だからこそ彼女の誠意を示すもののはずなのだが、どういう訳か、メール=ブラウはそうではないと直観していた。何というか、前提条件や勝利条件からして見誤っているような───
その引っかかりに、追いつくことは出来なかった。
一切の予兆なしに、議場が震撼する。
居並ぶは《人界》の超越者、神聖騎士たちだけあって無様にひっくり返るような者はいない。うちの幾人かは、これが地震ではないとその時点で看破してすらいた。これは地の下よりの揺れではなく、空の上よりの震え。確認すべきは天に在り───そう考え、
ならばそうしようと、一人の男が動いた。
抜き放たれたバスタードソードが議場の天井を切り開く。彼の握る剣、その刃渡りではそんな風に斬れようはずもないのに、彼ならばそのくらいやってのけると有無を言わせず納得させる無双の剣士。
《割断》のロジェス。ロジェス・ナルミエ。
戦勝を司る小神コロージェの契約者。
ただの乱暴者、無法者ではない。ただいざというときに全てを切り捨てて最優先を求められるだけだ。その割り切りこそが彼の最も特筆すべき精神性。敵対するのならば、絶対に忘れてはならない点だ。
彼はオースロストにあっさりと見切りをつけると、宙を駆けて空を見やる。僅かに動いた表情は猛りか歓びか。
「───何事だ、これは?」
宙が蠢いていた。
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