209話 聖都帰郷その5
ディゴール都市政庁に「しばしこの街を離れる」と伝え、不在にするための諸々の手続きやら書類関係やらを手っ取り早く片していき。
そこまで急ぐ旅路じゃないから、のんびり用に食材を買ったり、倉庫からあれこれ道具を引っ張り出して点検したり、都市の牧場に預けていた馬たちを呼び戻したり、馬車を点検したり。
そうして準備ができたら、馬車に乗り込んで出発だ。
「ユヴォーシュ、この馬車、お尻が痛くなります」
「グオノージェンの《信業》製馬車と一緒にするな。これが普通だよ」
「そんなの乗ったんだ。いいなぁ、いーなぁー」
「それはいいから、誰か御者替わってくれ。……おい目を逸らすな」
野営をしながらのんびりと、数日かけて聖都への道を進む。必死に走らせねばならないほどの用事でもなく、誰かに追われたりしているわけでもなく、ただ目的地が設定されているだけの旅というのは久しぶりだ。現金なもので、こうして穏やかな旅をできると思うと、ニーオに言われて墓参りをするのも悪くはないかな、という気分になってくる。裏を返せばそれくらい墓参りに思うところがあったということで、異端であること───神を信じられない身の上に窮屈さを感じていた証拠なのだろう。
「ところで、聖都では宿どうするんだい?」
「もともとユヴォーシュの住んでいた家があるでしょう。そこでいいではないですか。私も見てみたいですし」
「屋敷は売っ払っちまったよ、帰るつもりもなかったしな」
「ええー!」
「いい家だったのに、残念だよねぇ。あの頃はボクも義体がなかったから“居た”感じしないし」
「ズルい、私もユヴォーシュの生家を見てみたかったのに!」
「生家……ってなぁ、別にそんな大層なものじゃないぞ。ディゴールに買った屋敷の方が大きいし、考えてみりゃ一回引っ越した後の家だから生家ですらないし」
「そういう問題ではありません!」
「じゃあどういう……ああ、そういう。期待させてたところ悪いけど、あの屋敷、防犯面はガバガバだったんだよ、古いから。どのみちピアスは外せなかったと思うぜ」
「そういう問題でもないと思うよ、ユーヴィー」
「…………それは、ちょっと期待してましたけどっ」
「してたのかい。庇うんじゃなかった」
道中でもめたりもしたけど、無事に到着した聖都イムマリヤは、
「いやー、遠目にも分かってたけどとんでもない人出だねぇ」
「………………」
「ヒウィラ、口、くち開きっぱなしだ。……考えてみれば、オースロストの時期はお祭り騒ぎなんだったな……。どっちかというと征討軍として攻め入る方がメインイベントだったから失念してた」
《人界》最大の都市、聖都イムマリヤ。それは都市面積的にも人口的にも何ら偽りはなく、二位を大きく引き離しての君臨となる。《人界》を治める信庁の本殿はその中心に聳えているが、確かあの大聖堂も《人界》で最も高い建造物と認定されていたはずだ。
───当然、認定しているのも信庁。その大きさも自らの威信の一助としているから、大聖堂よりも高い建物を造ろうとすれば信庁の有形無形の圧力のもとに叩き潰されるのは間違いない。
「……やれやれ」
祭の喧騒を目の当たりにして信庁の権威問題に思いを馳せるようになったのは《虚空の孔》刑に処されてからこっちの癖みたいなものだな。俺は浮かれているバスティと腰が引けているヒウィラを連れて、久しぶりの帰郷を果たすことにした。
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