190話 大魔王殺その3

 ───祈るように内心へ潜る。


 瞑目すらする。


 己が実力不足を恥じるのは馬鹿馬鹿しい。足りていないならばそんな自省をしている場合ではないし、足りていなかったならば過去の話を蒸し返す必要もない。


 だからこれは、求道の瞑想。


 どうすればか、その追究だ。


 大魔王マイゼス。一対一で戦って、自分よりも強いと感じた久しぶりの好敵手。今は、ユヴォーシュとヒウィラが相手どっているが決定打がない。


 両の手に持つ《遺物》があるからか? ───否。


 《澱の天道》を自由自在に操るからか? ───否。


 恐るべき《遺物》を操る者とは、これまで幾度も戦ってきた。そのすべてを下してきたから分かる、


 ならば何故? ───決まっている、単純に《信業遣い》として上を行かれているからだ。


 怒りは湧かない。それは斬るのに余分だからだ。握る手に無用な力が入れば、太刀筋は狂う。


 感謝。いまロジェスは、大魔王マイゼス=インスラに感謝を覚えている。


 もっと強くなれるきっかけを与えてくれたから。


「何故だ?」


 何故強い。何故《信業遣い》としてより高位なのだ。何故───


 思い返す。今この瞬間、瞑想の世界の中でロジェスは自分を極限まで追い込んでいく。これで掴めなければ死ぬという域にまで自分を強迫した彼の精神は、一種の走馬燈にも等しい圧縮された時間へと入り込んでいた。


 その蜜蝋の如き時間の中で、大魔王マイゼスの一挙手一投足をリフレインする。彼の強さの答えを探す。どこだ、どこだ、どこにある───




 ───呼応せよ悪なる太陽


  ───憎悪の極点


   ───おれが大魔王まで至ったのはこれがあってこそ


    ───おれの真似をしてどうなる


     ───貴様には無理だ


      ───貴様には




 ───


 脳内に《顕雷》が走ったようだ。すべてが繋がりロジェスは呻いた。なるほどこれはヒウィラには無理で、マイゼスには可能だろう。そして、そうか、だからユヴォーシュは───


 すべてに得心がいって、ロジェスは笑い出しそうな気持ちを抑える。逸るな、落ち着け、水面の如くにあれ。動揺は命取りだ。


 斬るべきは余分。純粋な神々への執着以外のすべてを斬り落とす───裏を返せばすべて斬ってしまえばお終いだ。そうなれば彼も聖究騎士ではいられない。それは困る。まだ執着それを捨てる気はない。


 ロジェスはバスタードソードを抜き放つ。大魔王の両手の得物やユヴォーシュの魔剣とは違う、何の仕掛けもない武骨な剣。使い心地が悪くなればすぐ替えるから愛用というほどでもないが、命を託してきた信頼すべき剣だ。だが、それがこんなにも恐ろしく見えたことがあっただろうか。


 ───それも、余分。


「ふ」


 薄く笑いを漏らす。


 彼は理想的な構えを取ると、光に等しからん速さで振り下ろす。会心の一太刀。


 ロジェスは斬った。


 ロジェスを、斬った。

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